大揺れの五輪 海外選手団、本当に来るの? キャンセル続出、困惑するホストタウン

国立競技場前の五輪マーク=2月18日、東京都新宿区

 開会式まで残り2カ月となった東京五輪が大揺れに揺れている。新型コロナウイルス第4波の拡大とともに国内では反対世論が高まり、海外メディアは「最悪のタイミング」と痛烈に批判する。その余波を受け、海外選手団が日本各地で予定していた事前合宿はキャンセルが続出。「開催するのかしないのか、はっきりしてくれ」。翻弄(ほんろう)される自治体側からは悲痛な叫びが上がっている。(共同通信=山本大樹)

 ▽開催中止に35万人賛同

 「最近の世論調査では6割近くが五輪中止を求めている。世界的にも(コロナの)感染は全く収束していない。東京都は主催都市として国際オリンピック委員会(IOC)に中止を働きかけるべきだ」。都庁で14日に開かれた記者会見。元日弁連会長の宇都宮健児氏はマスク越しに強い口調でこう訴えた。

五輪中止を求める署名活動について記者会見する宇都宮健児氏=5月14日、東京都庁

 宇都宮氏が署名サイト「Change.org」で呼び掛けた開催中止を求める運動はツイッターなどのSNSで一気に拡散し、わずか10日間で賛同者は35万人を超えた。呼び掛け内容は英語、フランス語、ドイツ語にも翻訳され、海外メディアからも注目を浴びた。

 特に欧米のメディアからは厳しい批判の声が相次ぐ。英紙ガーディアン(電子版)は4月12日の論説記事で「日本とIOCはこの大会が本当に正当化できるのか、自らに問い掛けなければならない」と主張。米有力紙のワシントン・ポスト(電子版)は5月5日のコラムで、IOCのバッハ会長を「ぼったくり男爵」とやゆし、「(IOC委員は)開催国を食い物にする悪癖がある」とこき下ろした。ニューヨーク・タイムズも11日、東京五輪が新型コロナの大規模拡大を招き「大災害になる恐れがある」との寄稿を掲載した。

国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長

 ▽中止相次ぐ「世界に誇れる取り組み」

 実際、東京五輪に出場する選手団からも懸念の声が上がっている。千葉県は12日、7月上旬~8月上旬に県内で予定されていた米国陸上チームの事前合宿を中止すると発表した。県によると、同国の陸上競技連盟から「新型コロナの世界的流行が続き、選手の安全面に懸念が生じている」として中止の申し入れがあったという。

 千葉県のように交流事業や事前合宿で各国の選手団を受け入れるのが「ホストタウン」と呼ばれる自治体だ。4月末時点で528の自治体が登録しており、事務局を務める内閣官房は「日本と世界各国・地域の方々が交流する、大会史上初の世界に誇れる取り組みだ」とアピールする。だが開催が近づくにつれ、中止に追い込まれる事例が急増。丸川珠代五輪相は14日の記者会見で、これまでに45の自治体が交流事業や事前合宿の実施を断念したと明らかにした。

 ▽施設改修に5億円も受け入れ断念

 とりわけ厳しい立場に追い込まれているのが、緊急事態宣言が発令された地域の自治体だ。たとえば12日に過去最多となる679人の新規感染者を確認した愛知県。同県豊橋市はドイツのテコンドーチームの合宿を予定していたが、13日になってドイツ側から「コロナの感染状況に鑑みると実施できない」と中止の申し入れがあった。市がホストタウンに登録したのは2016年6月。5年間かけて準備してきた担当部署の職員は「市民に海外の一流選手を身近に感じてもらいたかった」とため息をつく。

 福岡県では、緊急事態宣言の対象となった12日に、カザフスタンのオリンピック委員会から「事前合宿を辞退する」との連絡が入った。選手団の受け入れ先になっていた久留米市の担当者は「日本国内の感染状況を踏まえての判断でしょう。事前合宿をせずに直接、東京の選手村に入った方が感染リスクは抑えられる」と相手側の判断に理解を示す。今後はウェブサイト上で、カザフスタンの選手紹介などの情報発信に力を入れるという。

 メキシコオリンピック委員会と事前合宿の協定を結んでいる広島県は、同国から最大26競技のチームを受け入れる予定だ。スポーツ推進課の責任者は「選手団は人数をしぼって来日すると聞いている。今のところ計画通りに実施できるのではないか」と話す。むしろ懸念されるのは県内の感染状況。「選手はワクチンを打ってから来日すると聞いているが、県内では感染者の増加が続いている。万が一にも選手にうつさないようにしなければ」と気をもむ。

2018年の広島県合宿で地元の子どもたちとハイタッチを交わすメキシコの選手ら=2018年6月、広島県提供

 感染拡大の余波は、地方の小さな町にも及ぶ。島根県東部の山あいに位置する奥出雲町は、3年前からホッケー・インド代表チームの合宿誘致に取り組んできた。約5億5千万円の費用を投入して町内のホッケー場の人工芝を張り替え、フェンスも整備したが、今年3月に合宿の受け入れを断念した。

 最大の理由は選手団の感染対策だ。内閣官房は昨年11月、各自治体に通知した文書で「貸し切りバス、ハイヤーなど専用車両での移動」「宿泊施設を棟ごと選手の貸し切りとする」といった感染対策の徹底を要請した。人手や費用の負担を考えると、人口1万2千人の奥出雲町で実施するのは困難だった。担当する町教育委員会教育魅力課の永瀬克己課長は「町内の高校ホッケー部は全国レベルで活躍しており、五輪選手との交流も楽しみにしていたのに」と肩を落とす。

インド選手団の受け入れ断念に関する島根県奥出雲町長のコメント文

 ▽外部遮断の「バブル方式」、はじけたら…

 そもそも選手団の感染対策はどうなっているのか。IOCや大会組織委員会は4月に公表した規則集「プレーブック」の第2版で、各国選手団には滞在期間中、毎日検査を実施すると定めている。行動範囲も宿泊先や練習場、競技場に限定すると明記した。選手らを泡で包むように外部から遮断することから、「バブル」方式と呼ばれる手法だ。

 だが現場の準備は全く追い付いていない。来日した選手団は飛行機を降りてすぐ、感染していないかどうかを確かめるため検疫検査場を通る。当然、一般人とは別のスペースで手続きするのかと思いきや「選手団と一般旅客をどう分けるのか、具体的な対応は決まっていない」(関西空港の検疫担当者)。検疫所を所管する厚生労働省の担当部署は14日の取材に「動線の分離や隔離といった対応が必要になると思うが、まだ検討段階だ」と回答した。

 検疫の後に控える入国審査手続きは出入国在留管理庁の所管だ。こちらも「今のところ通常の感染対策を予定している。一般の入国者と選手団の列を分けることは計画していない」(大阪出入国在留管理局関西空港支局)という。

新型コロナウイルスの感染拡大について注意喚起するモニター=4月26日、大阪市

 「バブル」がはじけ、選手団で感染者が出た場合に対応を求められるのはその地域の自治体だ。ある都道府県の幹部は「五輪選手団だからといって、特別なホスピタリティを提供する余裕はない。検査体制の整備も検討が始まったばかり。準備不足でとばっちりを受けるのはいつも自治体や医療機関だ」といら立ちをぶちまけた。

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