【新型コロナ】在宅医訴え「医師会に入会してない医療機関にワクチンが供給されていない」

 9都道府県に出されている緊急事態宣言が6月20日まで延長されることが決定された。28日の会見で菅首相は「これからの3週間は感染防止とワクチン接種の二正面作戦」でいくと宣言し、ワクチン接種加速化に全力を尽くすと方針を示したが、ワクチン接種の現場からは、その妨げになりかねない実情が明らかにされている。

関東の在宅医「こんなことで苦悩はしたくない」

 自身のSNSでその実情を報告したのは、医療法人社団悠翔会理事長・診療部長の医師、佐々木淳氏。南関東における在宅医療の先駆者として知られ、現在では日本有数の在宅診療ネットワークを構築。海外でも在宅医療に取り組むなど世界的にも注目されるフロントランナーの一人だ。もちろん、医療法人の経営者としてだけではなく今も、在宅医として現場に向き合っている。

 その佐々木氏が28日に自身のSNSで発信した内容は、冷静な口調ながらも驚くべき内容を含んでいた。「自治体ごとのローカルルールは医療介護業界では珍しくありませんが、新型コロナワクチンの接種体制について、以下のようなケースで本当に困っています」とし、以下の3つの事実を報告したのだ。

●接種センターでの対応のみで、在宅でのワクチン接種という選択肢が準備されていない

●かかりつけ医が接種できるが、医療機関が立地する自治体に住民票のない人(例えば隣接する市区町村に住んでいる人)は接種できない

●かかりつけ医が接種できるが、医師会に入会していない医療機関にはワクチンが提供されない

 在宅医療は言うまでもなく患者の自宅に医師が訪問診療することを指すが、それはすなわち移動や外出が困難な患者を診ているということでもある。佐々木氏が最初と2番目に指摘した事実は、高齢の患者、あるいは弱者が優先されるべきであるのに取り残されているということを意味している。

 また同氏は、動けない患者のケアのために、医療関係者だけでなく介護従事者などの多くの関連事業者が出入りしており、在宅患者は感染リスクに晒されていると指摘。「実際、感染事例も少なくない」と報告し「なぜこの人たちに優先接種の恩恵が届かない仕組みが許容されるのでしょうか」「なぜ行政区域で制限し、わざわざワクチン難民を生み出すようなルールをつくるのでしょうか」と切実な口調で改善を訴えた。

 また最後の3番目の指摘は、同氏のこの発信を見た医療関係者からも驚きの反応が出る内容だった。地域医師会の会員でなければ、そもそもワクチン自体が提供されないというのだ。

 佐々木氏は「地区医師会が地域住民の健康を守るために日々幅広い領域で尽力されていることは十分に理解しています。その実績と経験からも、地区医師会が主体になって地域住民へのワクチン接種を進めていくことは合理的」としながらも、非医師会員にワクチンを供給しないのは患者にとって大きな不利益であり、「これは『医道の高揚、医学及び医術の発達並びに公衆衛生の向上を図り、社会福祉を増進すること』という医師会の理念とは相反すると思います」と強く批判した。同氏によると、非医師会員が診ている患者に対し、医師会員が代わりに接種できる仕組みもないという。

 同氏は「私たちの法人は『患者ニーズを最優先』をもっとも大切な価値観とし、そのために地域(=自治体や地域医師会)と歩調を合わせてきたが、ワクチン接種に関してはそこに疑念を生じうる事例を複数経験している」とし、患者のために地域の関係者と協働してきた行動指針を変更するか悩んでいるという。

 なぜ悩むのかといえば、氏によれば「スタンドプレーと批判される」おそれがあるからだというのだ。「こんなことで苦悩はしたくない」と苦しい胸の内を吐露し、「しかるべき立場の方々からの強力で実効力のあるイニシアチブに期待します」と自らの発信を結んだ。

 菅首相は28日の会見後、公式Twitterアカウントから「ワクチン接種の加速化」という、これまでにない新たな挑戦に、内閣の総力をあげて、やり抜きます。私たちの力を結集すれば、必ず、ウイルスに打ち勝つことができます。私自身がその先頭に立ち、この戦いに立ち向かい続けます。皆様のご協力を心よりお願いいたします」と発信している。しかし、現場では協力したくてもできない、見えない壁に苦しむ医療者が存在することが明らかになった。佐々木氏の発信を見た関係者の中には、河野太郎ワクチン担当大臣のTwitterへ報告したとする医療関係者も現れており、政府が問題を認識し対応することを願うばかりだ。

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