「バイデン大統領なら奇跡を起こす」  メキシコ国境地帯、まるで難民キャンプ

 米国への入国を目指す中米諸国の人々が米メキシコ国境に押し寄せ、バイデン米政権が頭を抱えている。「バイデン大統領なら助けてくれる」。移民に厳しいトランプ政権が終わり、米国が移民をもっと受け入れてくれるという期待が高まったことが背景だ。米国境管理当局は殺到する人々への対応に苦慮。不法越境者も急増し、米野党共和党は「国境を危機に陥れた」と政権を攻撃する。批判が高まれば深刻なダメージとなりかねず、バイデン氏は試練に直面している。(共同通信=大倉喬之)

国境検問所前の広場=3月、メキシコ・ティフアナ(共同)

 ▽ひしめくテント

 米ロサンゼルスから鉄道とトロリーを乗り継ぎ、サンディエゴの南端サンイシドロまで4時間余り。そこから歩いて国境を渡り、メキシコ北西部の町、ティフアナを訪れた。
 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、両国は陸路での不要不急の入国を認めない措置を取るが、越境の必要性を認められた人々の往来は今もせわしなく続く。国境検問所で入国審査を受け通路を通り抜けた先には、青や黒のシートで覆われた数百のテントが広場を埋め尽くす難民キャンプのような光景が広がっていた。

 もともとタクシーや送迎車の乗降場だったこの広場がテントであふれるようになったのは、バイデン氏が勝利した米大統領選が行われた昨年11月以降のこと。メキシコ南部やグアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラスなど中米諸国から米国を目指す移民千数百人が生活しているとされる。

 ▽命懸け

 「ギャングが息子を仲間に引き入れようとし、金銭も要求されていた。彼らは殺すことをいとわない。とても恐ろしく、故郷を離れることを決意した」
 14歳、10歳、0歳の3人の子どもとテントで生活を続けるエルサルバドル出身のサラ・カランサさん(34)は、ギャングがはびこる劣悪な治安状況に身の危険を感じ、故郷を逃れた。ヒッチハイクをするなどしてメキシコ国内を北上し、昨年秋にティフアナに到着。食料や衣類を提供してくれる支援者の助けを借りながら、米国入国が認められる機会を待っている。

メキシコ・ティフアナの国境検問所前に並ぶテントの前で、故郷を後にした経緯を語るエルサルバドル出身のサラ・カランサさん=3月(共同)

 「願いが聞き入れてもらえるまでここにとどまる」と話すカランサさんは、バイデン政権の寛容な移民政策に期待を寄せる。「トランプ前大統領はまったく移民を助けてくれなかった。バイデン氏には、仕事も人生の機会も得られない貧しい国から来た私たちの状況を理解し、多くの移民を助けてほしい」
 ティフアナには、住む場所がない移民を支援する非営利団体の保護施設も点在している。「父は犯罪組織に殺された。故郷で生きていくのは難しい」。国境検問所から程近い施設で暮らすメキシコ南部ゲレロ州出身のノエミ・リバスさん(21)は、生まれたばかりの長男を抱きながらやるせなさを口にした。 

メキシコ北西部ティフアナの保護施設で、米国を目指す思いを語るノエミ・リバスさん=3月(共同)

 夫(30)、長女(3)と歩いて米側へ越境したのは3月前半のある日、未明のこと。既に陣痛が始まっており、米当局に拘束された後、移送先の病院で長男を出産した。米国は国内で生まれた子どもに自動的に国籍を与える出生地主義を取る。身の危険を伴う行動とは分かっていたが「子どもにより良い人生を送ってほしい」との思いで国境越えを試みたという。
 この保護施設では約100人が暮らしており、テニスコートほどの広さの敷地に数十のテントが所狭しと並ぶ。波板の屋根が張られた「屋内」でシャワーなどの施設も備わっている分、国境検問所前の広場と比べて生活環境は整っていると言えるが、それでも長い期間ここで暮らし続けるのが容易でないことは想像に難くない。
 リバスさんは出産後、病院に2日間滞在してからメキシコに強制送還された。英語は解さず、米国に親戚も知人もいない。それでも、長男の出生証明を取得して米国への入国が認められる日を待ち望む。故郷にはもう戻りたくないという。

 ▽一気に倍増

 メキシコ国境の「壁」建設に力を入れるなど、移民に対する強硬姿勢が際立ったトランプ氏に代わり、寛容な政策を掲げるバイデン氏が米大統領に就いたことで、経済が低迷し治安も悪い中米諸国の人々の期待は一気に高まった。米税関・国境警備局によると、3月のメキシコ国境からの不法越境者は約17万2千人と2000年4月以来の多さを記録し、今年1月の約7万8千人から倍以上に跳ね上がった。4月は3月をさらに上回る約17万8千人に達した。
 不法越境者の増加に伴い、米側の施設が逼迫(ひっぱく)している。米メディアによると、南部テキサス州の収容施設では一時、入所者が収容定員の4倍の約4100人に上り、親を伴わない未成年者が約3400人を占めた。サンディエゴでは市中心部にあるコンベンションセンターを開放して未成年者を受け入れるなど、米当局は対応に追われている。
 トランプ氏の影響力が依然として強い米共和党は「バイデン政権が国境を危機に陥れた」と非難。子どもがすし詰めになった収容施設の内部映像が公開されて批判を招き、不法越境者問題が政権の「アキレス腱(けん)」になるとの見方が広がる。

メキシコ北西部ティフアナにある国境検問所近くで、隙間なく並ぶ数百のテント=3月(共同)

 ▽「奇跡」

 事態を深刻に受け止めたバイデン氏はハリス副大統領を対応の責任者に指名した。ハリス氏は父がジャマイカ出身、母がインド出身。移民から共感が得られる人事だ。
 ハリス氏は5月7日、メキシコのロペスオブラドール大統領とオンラインで会談し、グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラスの3カ国の雇用や災害対応の改善に取り組むことで一致した。だが、移民問題の解決には貧困解消や治安改善など中米諸国に対する長期的な支援や関与が不可欠で、ハリス氏が短期間のうちに目立った成果を挙げられるかどうかは未知数だ。
 「米国を目指す人々の間にはバイデン氏が奇跡を起こしてくれると期待し、楽観的な空気が広がっている」。ティフアナで移民らの支援活動を続ける非営利団体のパット・マーフィー神父はこう指摘。米国を目指す人の波は今後さらに広がり、深刻な危機に直面する恐れがあると強調した。

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