寺尾聰「ルビーの指環」聴き手の際限なき想像に耐える松本隆の歌詞強度!  2021年7月14日 松本隆トリビュートアルバム「風街に連れてって!」リリース!

寺尾聰「ルビーの指環」は “風街”の物語

「ルビーの指環」は “風街” の物語だったのだと最近気がついた。

 くもり硝子の向こうは風の街

… という、あまりにも有名な歌い出しと、“作詞:松本隆” と言うクレジットを何度も目にしていたのに、不思議とこの曲と “風街” は結びつかなかったのだ。

“風街” とは、言わずとしれた松本隆の代名詞。東京・青山に生まれた真のシティボーイである松本隆が青春時代を過ごした原風景である。街の名前で言うと青山、渋谷、麻布のあたり。「ルビーの指環」は青山界隈を舞台にした物語だったのかもしれない。が、少し意外な気がする。私は、二人が別れ話をした街は新宿だと固く思い込んでいた。

舞台は新宿? 歌詞で読み解く「ルビーの指環」

新宿をイメージしたのは、歌い手の寺尾聰の存在感による所が大きいだろう。俳優でもあった寺尾は『大都会』『大都会 PART III』や『太陽にほえろ!PART2』など、渋谷や新宿を舞台にした刑事ドラマに数多く出演しているのだ。私はリアルタイム世代ではないので、上記のドラマを実際に観ていたわけではないが、テレビの歌謡曲特集で真っ黒なティアドロップ型のサングラスを見て、わけもわからず『西部警察』という言葉を思い浮かべたりしていた。(もちろん『西部警察』にも出演している)。

そんな寺尾聰という存在が、「ルビーの指環」の舞台を新宿にしていたのだ。だから、冷めた紅茶を挟んだテーブルで別れ話をするのも、オフィス街の少しうらぶれた喫茶店を想像していた。くもり硝子の窓が入っているくらいだから、打ち合わせや商談、または張り込みに最適な類の店だと思っていたのだ。たとえるなら「談話室滝沢」のような…。

彼女が日暮れの人波にまぎれるのは、新宿の雑踏以外にありえないと思っていた。主人公の男性の職業は刑事だと思われる(ドラマのイメージに引っ張られすぎている?)。しかし、彼にルビーのリングを返そうとするのは、どんな女性なのだろうか……? そこのところが疑問だったのである。

二年も同じコートを着る女性像とは

彼女の人物像を想像してみよう。「そうね 誕生石ならルビーなの」なんて可愛くねだれるくらいだから、高価なプレゼントを貰うのに慣れている女性であろう。多分、お洒落にも気を使ういい女だ。しかし、こんな女性が二年も同じコートを着続けるだろうか? 二年前と同じコートを着て新宿の雑踏の中を歩いているいい女……。あまり考えにくい。

今でこそ、この不景気の中、私も二年前のコートを平気で着ているが、歌の世界は “なんとなくクリスタル” だった1981年である。ルビーのリングを所望する女性は、二年前のコートは着ないと思うのだ。

 そして二年の月日が流れ去り
 街でベージュのコートを見かけると
 指にルビーのリングを探すのさ

… と彼は言うけれど。そこに気が回らない人だから、結局別れることになってしまったのね―― そういう歌だと思っていた。しかしいい女が談話室滝沢(のような店)で別れ話をするのも違和感が残る。

風街を背景にすることで見えた風景と女性像

このようにして、名曲「ルビーの指環」の中で、彼女の人物像だけが謎の部分として残っていたのだ。しかし、歌の舞台が “風街” だと仮定すると、全く違った背景が浮かび、彼女がどんな女性なのかはっきり想像できたのである。

「くもり硝子」は、恐らくステンドグラスだ。二人が別れ話をしていたのは洒落た喫茶店。窓の外に広がっている風街。主人公の職業は刑事ではないだろう。(私立探偵の可能性はあるが)ティアドロップ型の黒いサングラスも、刑事ではなく横文字の職業に似合うアイテムのようだ。

見えてきた。彼女が着ていた「ベージュのコート」は…… 間違いなくバーバリーのトレンチコートだ。それなら、二年後も着ている可能性がかなり高い。品質の良い気に入った服を長く着る、小林麻美のような “いい女” 像が見えてきた。

彼女は細い背中を丸めてリングを外し、青山の街角に消えていくのだろう。

松本隆の歌詞の強さ、物語の背景を想像させる訴求力

ここまで妄想してみたが「ルビーの指環」という楽曲は、このように物語の背景を想像させる訴求力がある。

物語には時代の空気が鮮やかに現れている。70年代から80年代の橋渡しをする曲… とも言えるかもしれない。ヒップな街は新宿から渋谷へ。刑事ドラマからトレンディドラマへ…。

「ルビーの指環」といえば、ザ・ベストテンで12週連続で1位という記録を打ち立てた大ヒット曲である。この曲がこれほどまでに広く人の心を捉えた理由は、松本隆の歌詞がこのように際限のない想像に耐える強度を持っていたことにあるのかもしれない。

カタリベ: 郷ルネ

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