五輪や国体の種目でもある飛び込み競技ができなくなる―。山形県の小中高生が参加するクラブが昨年、存続の危機に直面した。練習場所となっていた県内唯一の飛び込み競技用プールが老朽化し、管理する米沢市が廃止方針を打ち出したためだ。利用者らの署名活動で存続が決まったが、人口減少で税収が先細りとなる自治体には改修費や維持費が重い負担となる。利用者が少ないマイナー競技施設への公的支援を巡る問題を浮き彫りにした形だ。(共同通信=阪口真平)
▽ノースプラッシュ
宙を高く舞い上がり、水しぶきが立たないように入水する。今年6月下旬、西日に照らされた市営プールで、地元の「米沢ダイビングクラブ」のメンバーが練習していた。所属するのは小学生5人、中学生2人、高校生2人の計9人と少人数だが、全国大会で毎年入賞者を出す強豪クラブだ。
水深5メートルのプールは5種類の飛び込み台を備える。高飛び込み用は10メートル、7・5メートル、5メートルの3種類、板飛び込み用は3メートル、1メートルの2種類があり、全ての公式種目に対応している。
平日の練習は放課後の午後5時に始まり、終了は水面が見えなくなる日没間際まで。シーズンが始まったばかりの6月の屋外プールで強い風にさらされる姿は、見ているだけで寒そうだが、時間が惜しいとばかりにメンバーが次々と水中に吸い込まれていった。
1992年の国体会場として整備された市営プールは25メートル、50メートル、飛び込み用、幼児用の4施設がそろい、年間1万2千人が訪れる。このうち飛び込みプールの利用者は延べ400人ほど。ほとんどは地元クラブのメンバーだ。
飛び込みプールの廃止案を米沢市が公表したのは昨年9月。90年の完成から30年以上が経過し、10年以内の大規模改修が必要となったためだ。
公共施設の見直し計画の中で、市が試算した改修費は市営プール全体で約4億9千万円。このうち飛び込みプールが約1億1600万円を占めた。国の補助を利用しても、改修費の半分は市負担となる。スポーツ課の松元隆課長補佐は「利用者が限られる飛び込みプールは廃止を考えざるを得なかった」と説明する。
▽1万5千筆の署名
クラブ保護者会会長の小関紀子さん(46)は飛び込みプールの廃止方針を聞いて「突然の話でびっくりした。学校の部活を選ばず、仲間も少ない中で、飛び込みを小さな頃から続けてきて、本当に競技が好きな子どもたちばかりだ。市から事前の打診はなく、子どもたちが置き去りだった」と振り返る。
保護者会などは存続を訴える署名活動を始め、3カ月あまりで1万5千筆以上を集めた。子どもたちの同級生らが協力してくれたほか、インターネットを通じた呼び掛けに全国の競技関係者らが応じた。
大規模な施設が必要となる飛び込み競技だが、日本水泳連盟の登録競技者は全国でわずか200人ほど。公的支援なしに少人数のクラブだけで練習環境を整えるのは不可能だ。小関さんは「競技人口が少ないマイナースポーツは費用対効果を言われると肩身が狭い。『明日はわが身』との声が届いており、その気持ちが署名になったのではないか」と話す。
この動きを受けて、市は見直し計画を再検討。山形県が「県内唯一の施設」を対象とする補助金として約1940万円を出すこととなり、今年2月に飛び込みプールの存続が決まった。東京五輪が開催される年に、五輪種目の飛び込みができなくなる事態はひとまず回避された。
「署名は本当にありがたかった」と語るのは、クラブの高校3年戸田萌々香さん(17)。全国大会でたびたび入賞する実力の持ち主だ。「署名をしてくださった方々に恩返しできる成績を出したい」と意気込む。
屋外にあるプールでの練習は6月中旬~8月末に限られる。それ以外の期間は近くのクラブハウスでトランポリンを使って空中での回転技を磨いたり、入水姿勢を体に覚え込ませたりして、シーズンに備える。
全国レベルの実力を持つ戸田さんでもオフシーズンに練習を重ねた技をプールで出すのは難しい。「プールで何度も飛ぶ練習が本当に大事だ」と力を込める。
高校2年の小関樹さん(17)は、保護者会長の長男で、全国大会でも入賞経験がある。飛び込みを始めたきっかけは、先にクラブに入った姉の影響だった。姉や上級生が繰り出す技に憧れて練習を続けた。樹さんは「チームスポーツは得意ではないので、個人で技を磨く飛び込みが自分に合っていた」という。
▽財政苦とスポーツ文化のはざまで
当面の存続が決まった飛び込みプールだが、市の財政は苦しい。県の補助金を受けても、改修費の市負担は市営プール全体で2億円を超える。水深のある飛び込みプールは使う水の量も多く、1シーズンの運営費は約400万円が必要となる。
市の財政苦には、人口減少が大きな影を落とす。市営プールができた90年から人口は1万3千人以上減り、昨年10月に8万1326人。市は今後も人口減が続くとみており、スポーツ課の松元氏は「市としても、廃止案提示は苦渋の決断だった。県には改修費補助の拡充と維持費への補助をお願いしたい」と訴えた。
クラブで子どもたちを指導する藤原浩代表(53)も知恵を絞る。「公的な支援なしでは続けられないが、競技者側も環境の改善に関わらなければならない」。新たなメンバーを増やすための体験会だけでなく、競技以外で飛び込みプールの利用者を増やす方法を模索している。
これまで市側に伝えたのは、スキューバダイビングの講習やオフシーズンの釣り堀など。フリースタイルスキーのモーグルやスノーボードのハーフパイプなどの選手が、プールを利用して空中の回転技を練習する「ウオータージャンプ台」を設置するアイデアもある。
筑波大の高橋義雄准教授(スポーツマネジメント)は「少子高齢化で予算に余裕がなくなった自治体が、支出を整理するのは当然の考えだ」と市の姿勢に一定の理解を示す。飛び込みプールに関しては「夜間にライトアップしたプールサイドでレストランを営業し、その収益をプールの維持費に充てたらどうか」と提案する。
高橋氏は「飛び込みのような五輪種目でも、マーケットメカニズムで回る種目は少ない」と指摘。「行政の支援がなければ存続できない競技は多く、スポーツ文化を維持するための財政支出に、住民の理解を得る努力が不可欠だ」とも強調し、各種の競技団体と連携し学校教育の中でスポーツの普及に努めたり、市民がマイナースポーツを応援できる仕組みを作ったりする必要があると訴えた。