松田聖子の映画主題歌「夏服のイヴ」松本隆が描いた歌詞はアダムとイヴの世界  作詞活動50周年 松本隆の歌詞で多くのヒット曲を生み出した松田聖子の楽曲に迫る

松田聖子主演映画「夏服のイヴ」原案・脚本はジェームス三木

1984年7月、当時アイドル好きで映画好きだった自分。しかしながら劇場で観るのはほとんどが洋画。そんな中、梅田劇場に足を運んだのは『刑事物語3 潮騒の詩』『夏服のイヴ』の2本立て。松田聖子主演の映画を劇場に観に行くのは初めて。『野菊の墓』も『プルメリアの伝説』も劇場に観に行っていないのに、何故『夏服のイヴ』? お目当ては『刑事物語3』の東宝シンデレラのデビューを観ることだったりするのですが。

松田聖子は歌手としてはかなり好きな方でした。シングル曲のみならずアルバム曲まで聴いていたのは彼女ぐらい。彼女の演技力は存じ上げていましたので、そんなに期待値は高くなかったのですが、初めてスクリーンで観る松田聖子映画の印象は…「これってアイドル映画なのかな?」。広告には、

ふたりの男性から同時に
求婚された女――
揺れ動く女心の
不可思議さを微妙に描いた
衝撃のラブストーリー。

要約すればそういうことなのでしょうが、原案・脚本担当のジェームス三木氏が描く登場人物は、通常のアイドル映画に出てくるようなキラキラした男女ではなく、至って普通の大人たち。

松田聖子が見つけた“愛”を大切にするための方法

松田聖子演じる牧子は、幼稚園の先生になることを夢見て上京した平凡な娘。 近藤正臣演じる宗方は、妻を亡くし3人の子供がいる貿易商。
羽賀研二演じる秀和は、見た目は良いが胡散臭いフリーライター。

秀和と牧子の恋愛が主軸となるのですが、その描写・台詞に甘さは無く。例えば、牧子をアパートまで送っていった夜部屋に上がり込もうと試みる秀和。「よし、部屋がダメならラブホテルだ。どうしても連れてくぞ。もう我慢の限界だからな」「勿体ぶってカビが生えないようにな」「二十歳過ぎて処女なんて似合わないんだよ。もし体に欠陥があるんだったら医者にでも診てもらった方がいいね」と罵倒。

これに対し牧子は「私は何なの。セックスの対象にされるだけ?」と腹を立てるものの秀和が詫びを入れると、すぐに「バカ」と言って抱き付く。

こんな感じのやり取りで、同棲生活⇒秀和の元カノ(2回堕胎)の出現⇒別れ⇒実は秀和が金持ちの息子だったことが発覚⇒彼の母親と会うことになるが… と話は進みます。

さすがにこのままの展開だと東宝の夏休み映画としては地味と判断されたのか、後半舞台をニュージーランドに移すことで大作感を出しつつ、三角関係劇は更に展開します。

劇場パンフレットには原稿用紙に直筆で書かれた本人からのメッセージ――

「夏服のイヴ」のシナリオを読んですぐに思ったのは。“愛”ってとっても微妙で傷つきやすくて壊れやすくて……だから本当に大切にしなくっちゃいけないってこと。でもそういうところも“愛”の素晴らしさのひとつですよね。 宗方さんと秀和君の間で揺らめく牧子を演じて、わたしなりにそんな“愛”を大切にするための方法を見つけました。それは“素直に愛を見つめる”ということ。

―― この時22歳。“愛”のことを常に考えていたのかもしれません。

主題歌「夏服のイヴ」作曲は日野皓正、松本隆はアダムとイヴの世界を描く

大作感を出すため、3週間のニュージーランドロケに加え、若松宗雄プロデューサーはワールドワイドに勝負できるような洋楽的なサウンドにと、音楽担当に日野皓正氏を起用します。サウンドトラックLPはミュージカルでもないのに2枚組と気合の入った仕上がりに。試写会で本編を見た聖子が若松氏のところに来て「音楽、すばらしかったです!」と言ってくれて嬉しかったと語っています。

同名主題歌「夏服のイヴ」も、作曲は当時頻繁に起用されていた呉田軽穂氏でも細野晴臣氏でもなく日野皓正氏が担当。一方、詞の方はお馴染みの松本隆氏。おそらく「夏服のイヴ」と言うお題+大作感と言う発注だったのか、“風” “色彩” と言った松本隆成分少なめの内容になっているような。

ジェームス三木氏の『夏服のイヴ』脚本が牧子と秀和の物語だったのに対し、松本版「夏服のイヴ」歌詞はアダムとイヴの世界。

 夏服のイヴ あなたとなら
 どこまでも走れるわ
 楽園から追い出された
 恋人たちのように
 倖せにして 世界中から
 うらやまれるほどに抱きしめて

今回詞を改めて見て気付いたのが、2番はサビのみ、3番に至ってはサビが半分しか無い。

 夏服のイヴ 薄いシャツが
 揺れる鼓動伝える
 選んだから悔やまないわ
 もし不幸になっても
 青春の中 振り向いた時
 一番美しい夏にして

 夏服のイヴ あなたとなら
 どこまでも走れるわ
 楽園から追い出された
 恋人たちのように…

大作洋画を思わせる、壮大でありながら哀しい松本隆版「夏服のイヴ」

日野皓正氏はアイドルソングのセオリーなど気にしていなかったのかもしれません。曲自体が短いにも関わらず、タイトルは反復され、間奏のトランペット部分は長い。A面の(最終的には両A面になりましたが)「時間の国のアリス」のように、「鳶色のほうき星」「赤いリボンとビーズの指輪」「シャム猫のぬいぐるみ」といった可愛らしい単語を散りばめるのは難しかったと推測されます。

しかしながら結果的には、松本版「夏服のイヴ」歌詞の方が、ジェームス三木脚本の俗っぽい恋愛物語以上に、壮大で哀しい作品に仕上がったのではないかと感じます。梅田劇場の大スクリーンに映し出されるラストシーン、ニュージーランドの風景に主題歌が重なると、今観てたの大作洋画だったっけ? と錯覚したり。

シングルレコードセールスは前作「Rock’n Rouge」67.4万枚から47.7万枚に、映画の方も前作『プルメリアの伝説』配給収入12億円から8億円に。デビュー5年目。賞レース辞退発言、所属事務所から暖簾分けしてもらいサンレモンを設立、アメリカへの短期留学等、アイドルから大人になることを模索した結果、一定のファン離れが起きたのかもしれません。

ちなみにこのコラムを読んで『夏服のイヴ』を観たいと思った方、残念ながら配信どころかDVD化もされていません。(秀和君がシャバに戻るまでは企画は動かせないのかな?)唯一SHIBUYA TSUTAYAでのVHSレンタルは可能です。ご参考までに。

カタリベ: 高橋みき夫

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