松田聖子「ピンクのモーツァルト」松本隆が仕込んだ謎めいた言葉たち  作詞活動50周年 松本隆の歌詞で多くのヒット曲を生み出した松田聖子の楽曲に迫る

謎めいたヒット曲、松田聖子「ピンクのモーツァルト」

「ピンクのモーツァルト」はつくづく謎めいた曲である。

まず、海が舞台の歌で、ピンク色がテーマカラーであることはかなり珍しい。砂の白さにも、空の青、海の青にも染まらずピンクが漂っている不思議さ。

それから、夏のアイドルの曲であるのにスカッとした爽やかさとは一線を画した “危うい浮遊感” があること。

何より「ピンクのモーツァルト」とは一体何なのだろうか。

松本隆はこの風変わりな歌詞を “何でも1位にしてしまう松田聖子への挑戦” として書いた… と伝わっている。結局「ピンクのモーツァルト」はオリコンで週間1位を記録し、聖子はこの挑戦に見事に勝利するわけである。

このエピソードから感じられるのは、圧倒的な “余裕” である。確実に大衆の心を打つ歌詞を書いてしまう作詞家・松本隆と、曲をヒットさせない方が難しいアイドル松田聖子。この二人だからこそ出来た、あえてヒット曲のセオリーに沿わないという冒険だ。

天才ピッチャー松本隆が投げた魔球に、松田聖子はホームランで応えた。その球の見たことがない軌跡が「ピンクのモーツァルト」である。

松本隆が仕込んだ“謎めいた言葉”が放つ煌めき

風変わり、魔球、と書き連ねたが、この曲の特異さは、アイドルポップスとして人の心を打つ魅力となっている。松本隆が仕込んだいくつかの “謎めいた言葉” がスパイスになり、この曲にしかない煌めきを放っているのだ。

ひとつ目のスパイスは “9月”。
―― 発売は1984年の8月1日だし、歌い出しは、

 水晶の熱い砂 爪先立って

… だから、太陽がジリジリと砂を灼く夏の盛りの筈だが、主人公の目線は今、この時の夏ではなく、その先の9月を見据えている。

 ピンクのモーツァルト ねえもうじきね
 ビッグ・ウェーブが砕けたら
 華やかな九月

 ピンクのモーツァルト ねぇ待っててね
 心の弦が弾けたら
 華やかな九月

… 9月に何があるのだろうか?

そして、ふたつ目のスパイスは「去年のように 声上げてはしゃげない」ことである。 ―― その前の年、聖子ちゃんは何をしていたのだろう。

テーマカラーに注目、双璧を成すのは「蒼いフォトグラフ」?

1983年に発表されたシングルで「ピンクのモーツァルト」と双璧を成すのは、やはりブルーがテーマカラーの「蒼いフォトグラフ」だろう。

 今一瞬あなたが好きよ
 明日になればわからないわ

 写真はセピア色に 褪せる日が来ても
 輝いた季節 忘れないでね
 蒼いフォトグラフ

… という歌詞から分かるように、青色に象徴される爽やかさと、「今、ここ」に徹底的に目をむける視点が「ピンクのモーツァルト」とは対照的である。

なぜ、主人公は「声あげてはしゃげない」 ほど張りつめているのだろう。

歌の特異性と魅力をこの上ないくらい表す「ピンクのモーツァルト」

私は、実は「ピンクのモーツァルト」は「蒼いフォトグラフ」で好きになった彼との初めての体験を描いていると思うのだ。そう考えてみると、この曲はセクシーな暗示に満ちている。二人の関係が変わって、華やかな9月がやってくるということだ。

山口百恵以来、性体験がテーマになっているアイドルソングは数多く存在した。鼻白んでしまうほど、直接的な言葉で綴られていたそれらは “青い性路線” と呼ばれていた。

この場合の “青” は、まだ年若い少女の未熟さやいたいけさを感じさせるのに対して、「ピンクのモーツァルト」の “ピンク” は、性の主体が自分にある、まさに “華やかな淑女” である。

 GAMEならルール決めましょ
 傷ついても傷つけても
 うらみっこなしよ

という歌詞に象徴されるように、ここにも余裕を感じる。

直接的な言葉を使わず、主人公と彼の関係が深まっていきうことを、「さざ波のシンフォニー」「心の弦が弾けたら」をはじめ、潮の満ち引きや楽器の音色に託した歌詞は、なんと高貴なのだろう。

しかも、ピンクは一歩間違えるともっとあけすけにセクシーになってしまう色なのに、この歌のピンクはまるでウィーンから届いたお菓子の缶のような上品な美しさである。

細い波の上に乗るように、張りつめた綱の上を渡るように、言葉を紡いでいく松本隆。

「超絶技巧」という言葉が思い浮かぶ。そして、最大の謎である「ピンクのモーツァルト」という言葉から、楽聖モーツァルトの天才性を連想する。

世界で、おそらく松本隆しか用いなかったであろう謎めいたキーワード「ピンクのモーツァルト」は、この歌の特異性と魅力をこの上ないくらい表している言葉だと思うのだ。

カタリベ: 郷ルネ

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