平和、私たちの世代は「対話」で 元陸上選手の為末大さん  被爆76年インタ ビュー

 五輪に3度出場した元陸上選手の為末大さん(43)は、広島市出身の被爆3世だ。1月に発効した核兵器禁止条約への参加に消極的な日本政府の姿勢について「今の現実路線から、核なき世界へ国際世論をリードする方向にかじを切ってもいいのではないか」と問い掛ける。為末さんの思いとは。(共同通信=渡辺清香)

インタビューに答える元陸上選手の為末大さん

 ▽感想文でチャレンジ

 ―父方の祖母が被爆者だった。体験を聞いたことは。

 広島出身なので特に珍しいことだと思っていませんでした。祖母は右腕にケロイドがあり、生涯半袖は着ませんでしたが、原爆の時に何があったかを話すことはなく「大変だった」とか「ひどかった」とかぐらいですね。

 ―学校で平和教育を受ける機会が多かったと思うが。

 広島の平和教育って、答えが決まっているんですよね。「戦争は良くない」「繰り返さない」と言うけれど、「じゃあ具体的にどうやって?」という議論がない。原爆が落とされて多くの人間が亡くなったけど、原爆を落とした側も人間。人間とはいかなる存在なのか。なぜ原爆は落とされたのか。どうすれば使用されなかったのか。そんな疑問や自分の考えを感想文に書いて教師にチャレンジしていました。生徒に考えさせることが重要だと今も思っています。

 ―世界のアスリートと交流する中で、戦争や平和について考える機会はあったか。

 五輪で選手村に入ると、北朝鮮や韓国の選手とざっくばらんに話します。日中韓の陸上の試合でも、選手同士はすごく仲が良いんですけど、ある一線を越えた先にどうしても合意できない歴史認識がある。そんな経験をするんですよね。スポーツでは解決できませんが、話のきっかけにはなります。

 卓球の名選手だった荻村伊智朗さん(故人)が「ピンポン外交」で国民感情を和らげ、米中関係正常化につなげたように、平和とまではいかなくても、各国の関係が悪くなった時、スポーツが何らかのクッションになり得るのではないかと思います。

 ▽対話のベースに

 ―平和のために、スポーツを通じて取り組んでいることはあるか。

 アジアを中心にランニングの指導に行ったり、日本に選手を招いて合同合宿をしたりしています。国籍とは別のアイデンティティーや共通の話題で人間関係が深まり、仲間だと感じたり、親しみを持ったりすることを繰り返していくと、何かあった時に対話のベースになるんじゃないかと考えています。

 ―なぜ対話が重要なのか。

 広島に原爆を投下した米軍のB29爆撃機「エノラ・ゲイ」のパイロットと被爆者でも原爆に対する認識は違います。折り合うことは難しいでしょう。でも、この人とはもう話ができないと思った瞬間から、断絶が始まってしまう。だから、何かしら話すきっかけがあることは大事なことだと思います。話しても分からないことはあるけれど、話をしている間は最悪の事態にはならないんじゃないでしょうか。

インタビューに答える元陸上選手の為末大さん

 ―今年1月に、核兵器禁止条約が発効した。条約参加に消極的な日本の立場をどう見るか。

 理想と現実の間ですよね。日本ほどこの条約を推し進めるのに適した国はないけれど、核保有国の同盟国として組み込まれているので、安全保障を考えると支持することができない状況だと思います。

 相手が何をしてくるか分からないから防衛を厚くするというのが安全保障の考え方ですが、これから日本は信用社会を主張すべきではないでしょうか。日本が被爆について発信するメッセージは強い。今の現実路線から、核なき世界へ国際世論をリードする方向にかじを切ってもいいのではないかと思います。

 ▽「二枚舌」と言われても

 ―日本政府は核兵器禁止条約に参加せず「核保有国と非核保有国の橋渡し役になる」と言っているが。

 核兵器禁止条約によって各国が話し合い、プレッシャーをかけたり譲歩したりできる枠組みができたのは重要なことです。僕が欧州の国々が優れていると思うのは、今で言えば、環境やエネルギー問題など地球規模の課題を掲げ、そこに世界を巻き込んでいくところです。日本も、今は条約への署名や批准に消極的な立場だけれど、国際世論に対し、核廃絶は優先すべき課題だと宣言することが大事だと思います。

 日本が将来、経済大国でなくなり、少子高齢化で国力も下がった時、世界の中でどんなポジションを取るのか。世界平和に対するメッセージを発信していくことは理想のようですが、「二枚舌」と言われても、もっと発信した方がいいと思います。

 ―唯一の被爆国だからこそ、取れるポジションかもしれない。

 当たり前ですが、原爆を体験した世代はものすごく衝撃を受けたので、核を許せない、絶対に譲れないという立場を取りますよね。でも私たちの世代は、それを踏まえつつ、妥協ではないですが、どういうことができるだろうかと考えていく必要があります。現実に平和を推し進めていくために、「訴える」から「話す」方向に。もちろん、体験者たちが訴えてきたから話す土壌ができているわけですけど、これからは対話に入っていくことが重要ではないでしょうか。

 

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 ためすえ・だい 1978年広島市生まれ。陸上男子400メートル障害で2001年と05年の世界選手権で銅メダル。五輪は3大会出場。

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