【追う!マイ・カナガワ】「警察の巡回連絡」…突然の来訪、踏み込んだ質問に「不安です」 狙いや実情を取材してみた

 「個人情報の保護に必死な時代に、突然玄関に訪ねてきて、踏み込んだことを聞いてくるので不安です」。川崎市内の40代主婦から、「追う! マイ・カナガワ」取材班に心配そうな声が届いた。新手のセールスではない。全国で実施されている警察の「巡回連絡」のことだが、昨今のさまざまな犯罪を考えると確かに怖い─。

◆「個人情報保護の時代に…最善の方法?」

 マンション住まいという女性は「地域の警察が、かなり細かな家族構成や個人情報を聞いて回っている様子」と困惑している。実際に対応したのは在宅していた夫で、子どもの学校名なども答えたという。

 オートロックのマンションではないため、直接玄関を訪れ、「近くの派出所から来たことと、所属を証明するようなものを見せられた。夫は本物の警察と信じて回答した」と状況を説明する。

 近所の立ち話では、こんなことも耳にした。「大学生のお子さんがいる家庭では身長や体格、大学名を聞かれたそうです」。そこまで聞かれると、身構えてしまう気持ちも分かる。

 女性は「地域の安全を守ることには極力協力したい」としつつも、懸念を隠せない。「何のために国勢調査をやったり、マイナンバーカードを作ったりしているのか。警察を装った詐欺や強盗被害に遭う可能性もあり、今の時代にこの方法は最善なのでしょうか。突然玄関に訪ねてこられるのは、恐怖心さえ覚えます」

 女性に代わって警察に疑問をぶつけた。

◆1950年から実施「巡回連絡カード」作成

 警察による巡回連絡とは何なのか。警察庁によると、1950年ごろから全国で行われているという。

 その内容を県警本部の地域指導課に詳しく聞くと、交番や駐在所の警察官が地域の家庭などを訪問し、防犯の連絡や情報提供をする活動だという。

 訪問の中で力を入れているのが、本人の携帯電話番号や家族の氏名、生年月日、実家などの緊急連絡先を記入してもらう「巡回連絡カード」の作成だ。

 集めたカードは交番や駐在所で保管しており、災害や事件事故、迷子や高齢者保護などの非常時のほか、空き巣被害などに遭った際の連絡にも使われている。

 記入は任意で、強制ではないが、同課は「緊急時、夜間や休日で行政窓口につながらない場合もあるため、警察として情報を持っておきたい」と説明する。

 とはいえ、このご時世。いきなり玄関のチャイムがなり、警察を名乗る人に個人情報を教えるのはやはり怖い気もする。住民の反応について現場の警察官に聞こうと、横浜駅周辺やみなとみらい21地区などを管轄する戸部署に向かった。

◆マンションではベテラン警官も苦戦

 「巡回連絡はなかなか難しいですよ。警察の不祥事などもあってか昔よりクレームも増えている。警察官のコミュニケーション能力が問われます」。27年目のベテランの男性警察官が実態を教えてくれた。

 一戸建ての場合は直接訪問することが容易だが、管内に多いオートロックの高層マンションなどでは、共用エントランスを通過し、そのまま各世帯を回ると嫌がられる場合もある。「1人はエントランスでインターホンを押し、もう1人が無線を受けて玄関を回る」といった工夫も凝らしながら各世帯を回っている。

 巡回連絡カードは捜査にも使うのだろうか。「情報はデータベース化されておらず、膨大な量のカードを1枚1枚確認するのは時間もかかる。基本的に使いません」。実際に使われたケースとしては、東日本大震災での行方不明者の捜索や、単身者が亡くなったときの親族への連絡などがあるという。

 投稿者の女性の話では、子どもの身長や体格、大学名などを聞かれた人もいるようだった。地域指導課ではそういうことは聞いていないとしていたが、ベテラン署員は「普段はあまり聞かないが、もしかしたら…」と考え、一つの可能性を挙げた。

 「高校2年や大学3年くらいのお子さんがいると、警察官になりませんかと勧誘することもある。自分もパンフレットを渡して採用試験を受けてもらった子もいる。警察官は身長制限もあるので、聞くこともあるかもしれない」

◆偽物の見分け方「制服着用と警察手帳」

 偽警察官の見分け方も聞いた。「私服刑事が巡回連絡することは基本的にないので、制服を着ていることと、警察手帳で確認してもらうのが一番」

 投稿者の女性は、「事前に告知し、住民にだけ分かるように回覧板などで周知してほしい」とも要望していた。これには「逆にマンションの管理組合などから、何月に来てほしいなどと要望してもらうと、こちらとしてはありがたい」ということだった。

 県警地域指導課によると、昨年度までに約357万世帯に巡回連絡を行ったというが、県内には約426万世帯ある。単身者や共稼ぎが増えて留守宅も多く、“コンプリート”するのはかなり困難だろう。

 同課は「巡回連絡はカード集めだけではなく、地域の安全を守るための活動。積極的に利用して困っていることなど何でも言ってほしい」と呼び掛けた。

◆巡回連絡「具体的に活用例の説明を」

 長年続く巡回連絡の必要性を、県警OBにも聞いた。元県警刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平さん(59)は「巡回連絡が役立ったケースはたくさんある」とし、空き巣や火災発生時の被害がマンション隣室などに及んでいた際の連絡に生かせたと振り返る。

 7月に静岡県熱海市で発生した大規模土石流も例に挙げ、「熱海には別荘として家を持っている人もいて、住民票が別の場所というケースもあるが、巡回連絡で緊急連絡先を聞き取っておけば安否確認ができる」と話す。その上で、「情報が生かされた経験があれば住民にも理解してもらいやすい。警察が活用例を具体的に説明することが大切」と指摘した。

◆取材班から

 過去には警察取材も担当していた取材班の記者も、巡回連絡カードの活用例などは詳しく知らなかった。個人情報が悪用される事件は多く、社会的な不信感の高まりも理解できるが、行方不明者の捜索など命に関わる現場で活用できるなら、必要性を感じる人も多いのでは。住民との信頼関係を築く上でも、警察官の丁寧な説明が欠かせない。

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