浜田省吾「J.BOY」収録「遠くへ」学園紛争の中で愛をはぐくむ男女の物語  35年前の今日 ー 1986年9月4日、浜田省吾のアルバム「J.BOY」リリース

浜田省吾10枚目のオリジナルアルバム「J.BOY」

1986年9月4日浜田省吾10枚目のオリジナルアルバム『J.BOY』がリリースされました。当時僕が住んでいた札幌でも反響は大きく、大々的なプロモーションを行ってたレコード店に多くのファンが訪れ、リリースされたばかりのCDを手にする場面を目にしました。まだCDプレーヤーを持ってなかった僕は、『J.BOY』の発売と同時にプレーヤーを購入しました。

『J.BOY』リリース前の浜田省吾は、一部に熱狂的ファンはいるものの、ライブのチケットは比較的入手しやすいアーティストでした。しかし『J.BOY』リリース後は状況が変わります。数年後に行われたアリーナ会場のライブは、発売日の予約電話がつながらず、ようやく入手できた席は2階席の後方と、チケット入手が困難なアーティストになりました。

『J.BOY』は人気漫画のセリフにも影響を与えます。少年ジャンプで連載中だった『キャプテン翼』は、大空翼を擁する日本ジュニア代表が、イタリア、フランス、アルゼンチンなど強豪ジュニア代表を破り優勝するのですが、「J-BOY'sサッカー」というセリフが何度か登場します。きっと作家の高橋陽一さんは『J.BOY』を聴いていたのでしょうね。

さて、「A NEW STYLE WAR」「BIG BOY BLUES」とメッセージ色の強い曲から始まる『J.BOY』ですが、大人になった主人公が過去を振り返る曲も含まれています。「想い出のファイヤー・ストーム」「19のままさ」「路地裏の少年」など、誰もが持つ切ない想い出や、若き日の脆く危うい恋を振り返る、ちょっぴりセンチメンタルなアルバムでもあるのです。

このように多岐にわたる曲が収録された『J.BOY』ですが、今回はその中の1曲、「遠くへ - 1973年・春・20才」(以下「遠くへ」)を取り上げてみようと思います。

「遠くへ - 1973年・春・20才」に盛り込まれた時代背景

「遠くへ」は大学に合格した主人公が、キャンパスで見かけた一人の女性に恋をする、ごくありふれたストーリーですが、この曲には特別な時代背景が盛り込まれています。

 やっと試験に受かったと
 喜び勇んで歩く並木道
 肩にセーターと
 おろしたてのバスケット・シューズ
 髪をひるがえし駆け上がる校舎

 初めてあの娘に出会った朝は
 僕は20才で まだキャンパスも春
 赤いヘルメットの奥の瞳に
 見透されたようで 何とか照れ笑い

「遠くへ」は主人公が大学合格後に彼女と出会うシーンから始まります。歌詞の「赤いヘルメット」に違和感を持ったものの、浜田省吾は広島出身なので広島カープファンの赤ヘルを思い浮かべました。そして主人公と赤いヘルメットの彼女が恋に落ちるシーンが展開されます。

 ポケットの中 僅かなバイト料
 最終電車を待つプラット・ホームから
 あの娘に電話
 「やあ僕さ 元気かい」
 「今から出て来ないかどこかで飲もうぜ」

 駅前通りの馴染みの店で
 グラスを重ねて そして初めての夜
 その日 あの娘の恋が終ったとは
 知らない僕もひとり寂しかったし

勇気を出して彼女を呼び出した日、彼女の恋が終わったことを知ります。寂しい心を抱えた男女が恋に落ちるのは必然的だった、そんなストーリーを自分の青春時代と重ねた人もきっと多かったと思います。

失恋の歌? いや、学園紛争の中で静かに愛をはぐくむ男女の物語

ところが曲の後半はいきなり物語の展開が変わります。

 紺と銀色の楯の前で
 空を仰いで祈り続けた
 “神よ 僕らに力を貸して
 でなけりゃ今にも倒れてしまいそう”

 振り向くと 遠くにあの娘の眼差し
 笑っているのか 泣き出しそうなのか
 違う 違う こんな風に僕は
 打ちのめされる為に
 生きてきた訳じゃない

「遠くへ」は失恋の歌だと思っていました。

「紺と銀の盾」
「神よ!僕らに力を貸して」
「笑っているのか泣き出しそうなのか」
「打ちのめされる為に生きてきた訳じゃない」
―― これらは浜田省吾独特の言い回しと思ってましたが、たまたま放映してたテレビのドキュメンタリー番組を見て、曲の意味と時代背景を理解しました。

番組の映像は大学封鎖反対のデモを行う学生たちと、機動隊が激しく争う姿が描かれていました。一糸乱れぬ機動隊の銀色の盾、それを突破しようと衝突する学生たち。混乱の中で機動隊員の警杖に打ちのめされる学生、紛争後の道路には無残に割れた赤いヘルメット。そう「遠くへ -1973・春・20才-」は学園紛争の中で静かに愛をはぐくむ男女の物語だったのです。

自由な日々に感謝しながら聴きたい「遠くへ」

 “星がひとつ空から降りて来て
 あなたの道を照らすのよ”と
 話してくれた きっとそうだね
 いつまでたっても 石ころじゃないさ

 遠くへ
 遠くへと願った日々
 真直ぐに見ておくれ
 僕は泣いてる 君のために

曲はここで終わり、物語の続きは聴く人にゆだねられます。

僕が学生時代を過ごした70年後半~80年前半は学園紛争など過去の話。しかし、そのわずか10年前は多くの学生が紛争に巻き込まれ、血を流した時代でした。楽しいキャンパスライフどころか、理想を求める戦いに身を置き、それでも懸命に恋人と寄り添う切ないストーリーに胸が詰まりました。

21世紀の日本は平和です。コロナ禍でさまざまな制限はあるものの、若者の情熱はスポーツや音楽、はたまたアイドルの追っかけなど楽しいことに注げます。学園紛争の意義はわかりませんが、若者が情熱を戦いに向けてた時代があったのも事実。自由な日々に感謝しながら「遠くへ」、そしてアルバム 『J.BOY』をもう一度聴いてみようと思います。

カタリベ: 工藤 大登

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