「教員の適格性に欠ける」部の総監督解雇 誕生日に合わせ部員から現金 剣道強豪校

剣道強豪校の帝京第五高=愛媛県大洲市

 全国大会で優勝経験のある帝京第五高(愛媛県大洲市)の剣道部で、総監督を務めていた男性(62)が自身の誕生日に合わせ、部員が集めた現金を受け取っていた。運営法人は「教員の適格性に欠ける」と判断し、4月に解雇。学校側は取材に強制ではなかったとしていたが、調査した第三者委員会は強制性を認めた。

 金額は1人当たり5千円で、高校生にとって大金だ。子どもに現金を渡した保護者は、子どもから「払わなかったら自分が孤立する。それが怖い」と言われたと明かす。強豪校の指導者が持つ権限を背景にした、いびつな構図が浮かび上がる。(共同通信=市川真也)

 ▽社会的儀礼の範囲超える

 共同通信は副校長でもあった元総監督が部員から現金を受領したとの情報を得て2019年11月、本人を取材。「受け取ったことは一度もないのか」との質問に、元総監督は「はい」と答えた。だが、その後は取材に応じず20年1月、当時の校長が一転して元総監督が金品を受け取った年があったと認めた。一方で校長は元総監督の説明として「強制ではなく、断ったこともあった。受領した場合は竹刀を買うなど、それ以上のお返しをした」と強調した。

 共同通信は、元総監督の言い分がまとめられた学校の内部資料を関係者から入手した。取材に対し受領を認めなかった理由について「生徒たちと学校を守るため」と記され、「(部員からの現金に関し)『強制・強要』は一切なかったと断言できる」としていた。

 運営法人は疑惑が報じられたことを受け20年3月、大学教授らによる第三者委を設けた。約1年の調査を経て、今年3月に報告書が提出された。

帝京第五高の運営法人が元総監督の解雇を発表した文書

 法人によると、第三者委は19年の還暦祝いや定年退職祝いとして、キャプテンが部員から集めた14万5千円を元総監督が受け取っていたと認めた。卒業生らを対象としたアンケートから「少なくとも09~14年度は集金が習慣化していた」とし、集金は部員全員が対象だったため強制性があったと判断した。

 元総監督は解雇され、法人は「金額が社会的儀礼の範囲を超えており、教育上ゆゆしき問題」とのコメントを出した。

 ▽いじめ恐れ、逆らえなかったはず

 取材に応じたある元部員の母親は、第三者委が集金を認めた年度以外でも、子どもから「先生のために5千円いる」と言われ、渡したことがあると証言した。

 「大金だし、部員みんなから集めるのは絶対におかしいと思った。何に使うのか聞くように言ったが『先輩にそんなことは聞けない』と返され、結局渡してしまった。おかしいと思う気持ちと、受け入れなければという気持ちが半々だった」と語った。

 領収書はなく、使途は分からないまま。後にキャプテンを通じ、元総監督に現金が渡っていたことが分かった。「拒否すれば(部内で)相手にされなくなったり、いじめに遭ったりするから逆らえなかったと思う。絶対に」。当時のわが子の気持ちを推し量った。

 第三者委が認定した年度以外で、集金に応じたという元部員の父親は「払わなければ試合に出られなくなると周囲から聞いた。大半の部員や保護者は従順で、自分も払うのは当然だと思っていた」と振り返る。元総監督が解雇されたと報道された後、子どもは「もう思い出したくない」と口にしたという。

 違和感を抱きつつ支払った別の保護者は「強豪校では普通だと周りの保護者が言うので、子どものことを考え、自分が我慢すべきだと思ってしまった」と話した。

 ▽ハラスメントの構造

 愛媛大大学院の白松賢教授(教育社会学)は「(集金が)習慣であればキャプテンが『私の代は集めません』とは言い出しづらい。大学への推薦など、影響力のある立場の総監督に嫌われたくないという気持ちから、仕方なく払った人もいたのではないか」と指摘する。「総監督という部活動における権力者と部員では立場に違いがある。伝統として総監督に現金を渡すということになっていて、一律に集金されていたとすれば部員に選択の余地はなく、パワーハラスメントの構造だ」と、権力を背景とした構図があると分析する。

愛媛大大学院の白松賢教授=2021年8月

 「高い倫理観が求められる教育者として受領を断るべきだった。家庭の経済レベルで払える子と払えない子が出てくると、差別にもつながりかねない」と語った。

 第三者委の調査では現役部員の保護者会、後援会、OB・OG会など、剣道部を支援する4団体の会費・分担金の支払いに応じない卒業生や保護者に、元総監督らが督促の連絡をしたことも判明した。「上からの圧力がすごく、ちょっとでも支払いが遅れるといじめられる」と取材に答えた保護者もいた。

 調査では、元総監督に対し、保護者会が交付していた「活動補助金」、後援会が出していた「監督激励金」について、領収書が確認できないなど不明朗な会計処理も確認された。

 白松教授は「強豪校の部活動は監督の権限が強く、学校のチェックが必要だ。現金の取り扱いには注意し、領収書などで使途を明確に説明できるようにしなければならない。特に私立ではこうした問題が隠れがちだ。学校内に相談できる場を設けるだけではなく、学校外部にある行政の人権相談窓口などを周知し、生徒や保護者が訴えやすい環境をつくる必要がある」と述べた。

 ▽取材後記

 一般常識から外れた集金が長年続いたにもかかわらず、問題が表面化しなかったのは異様だ。取材で「剣道部員がお金を集められている」という話が複数確認できたが、元総監督は当初、真っ向から否定した。当時の校長は第三者委の調査が入る前「あくまでも子どもたちの誠意だから」とし、集金は強制ではなかったとの認識を示していた。「身内」をかばおうとする学校の姿勢に大きな疑問を感じた。第三者委が介入して強制だったと認定されたが、元総監督への直接取材から解雇に至るまで1年5カ月もの時間がかかった。

 周囲の保護者らが集金を止められなかった事実も重い。子どもらが「自分だけ払わなかったら孤立する」と感じたのと同じく、同調圧力にあらがえなかったのだろうか。パワーハラスメント的な行為を容認したり、見て見ぬふりをしたりすれば、子どもらもその態度を学んでしまう。「立場が上の人間は何をしてもいい」といったゆがんだ価値観が植え付けられ、人格形成に影響を与えることになりかねない。教育現場で教員や保護者に求められる姿勢、役割の重大さを実感した。

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