尾道あづみ麦酒(ビール)醸造所 〜 障がい者サポートセンター内に誕生した尾道初のブルワリー

2020年11月6日、尾道市内では初となるビール醸造所「尾道あづみ麦酒(ビール)醸造所」がオープンしました。

「障がい者サポートセンター あおぎり」の施設内にある醸造施設で、当施設利用者の就労支援の一環としてビール醸造がスタート。

ビールへの想いや地域とのつながりについて、尾道あづみ麦酒醸造所の醸造長・田上 誠(たがみ まこと)さんと施設利用者の前田 康行(まえだ やすゆき)さんに話を聞きに行ってきました。

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障がい者サポートセンターに併設!尾道あづみ麦酒醸造所とは

「尾道あづみ麦酒醸造所」は、2020年に誕生したクラフトビール醸造所。以来、尾道産の食材にこだわりながらビール造りが続いています。

最寄り駅は、JR尾道駅から1駅隣の東尾道駅です。駅から徒歩4〜5分の場所にある「障がい者サポートセンター あおぎり」の施設内にあります。

ビールが飲めるバースペースはありませんが、施設では直接クラフトビールを買うことができますよ。

希望があれば醸造所見学も可能だそうです。

障がい者サポートセンター あおぎりでは「働くこと」「日常のこと」の支援を通して、施設利用者が自立しつつ充実した生活を送れるようにサポートを行なっています。

ビール醸造以外の就労支援としては、出張洗車や清掃など。

あおぎりではさらに、尾道の商店街でチョコレート専門店「Coco by 久遠(くおん)」を運営し、チョコレートの製造や販売、店内清掃などの就労機会を生み出しています。

これらはすべて「就労継続支援B型」という福祉サービスの一環。一般就労を目指した知識の向上を図る目的などで行なわれているのです。

そしてその就労支援事業として、あおぎりでは2020年に尾道あづみ麦酒醸造所をオープンしてクラフトビール醸造がスタート

社会福祉法人が酒類製造免許(発泡酒)を取得したのは、広島県内では初めてのことでした。

ビール造りには作業工程が多く分担性も高いことから、全国的にまだ事例は少ないものの、就労支援の作業として少しずつ注目を集めているのだそうです。

ガラス張りで明るい醸造施設!あづみビールは開放的な空間で造られる

あづみビールの醸造施設を中からみるとこんな感じ。

印象的なのは自然光がたっぷり入ってくる開放的で大きな窓です。

ピカピカのタンクが光を反射して、室内灯を使わなくても醸造施設全体が明るい雰囲気でしたが、田上さんいわく「一面が窓なので冬の温度管理がとても大変」なのだそう……。

▼取材中、広島カープのラッピング電車がすぐそばを通るという偶然も!

醸造機器やタンクには数百もの部品が。

ビール造りは洗浄が命とも言われているため、ていねいな掃除が欠かせません。

▼施設利用者の前田さんが洗浄前、タンクから部品を取り外すところ。

「(作業には)だいぶ慣れましたよ」とのことでしたが、洗浄の工程は細かな部品の取り外しも含めてやはり苦労があるとのことでした。

ペールエールにホワイトエール、ハニーレモン。あづみビールのラインナップを紹介

尾道あづみ麦酒醸造所では、どんなクラフトビールを造っているのでしょうか。気になるラインナップを紹介します!

あづみビールの種類

  • 尾道ペールエール(440円)
  • 尾道ホワイトエール(440円)
  • 尾道ハニーレモン(440円)
  • 季節限定ビール(550円)

「ペールエール」「ホワイトエール」「ハニーレモン」の定番3種類に加え、さらに月替りの季節限定ビールの計4種類があづみビールのラインナップです。

季節限定ビールはこれまでに、因島(いんのしま)で採れた八朔(はっさく)を使った「はっさくエール」や、尾道産のいちごとミックスベリーを漬け込んだ「ベリーベリーエール」、尾道産ブラッドオレンジを使った「尾道IPA」などが造られました。

・1瓶あたり330ミリリットル入り
ペールエール:モルト(大麦)の風味やホップの香りをバランス良く感じられる、明るい色が特徴のビール
ホワイトエール:クリーミーな色合いとやわらかい味わいが特徴で、スパイシーな料理に合う銘柄も多い
IPA:India Pale Ale(インディアペールエール)のことで、大量のホップを使うことによる苦味が特徴

取材後に、「尾道ハニーレモン」と季節限定の「ぶどうエール」を購入したので紹介します!

レモンのさわやかな酸味と甘みがクセになる「尾道ハニーレモン」

尾道産のレモンとハチミツが使われた、レモネードのようなやさしい甘みのビール。

アルコール度数が3%と低めなので、普段あまりビールを飲まない人や甘いお酒が好きなかたにも好評なのだそうです。

よく目にするラガーの黄金色というより、レモンとハチミツのような濃いイエローが特徴的。

お好み焼きやスパイスの効いた食べ物のほか、スイーツにも合わせやすいのだそう。かなり幅広いシーンで楽しめるクラフトビールです!

季節限定!スパークリングワインのように楽しめる「ぶどうエール」

2021年9月に発売された季節限定醸造の「ぶどうエール」は、尾道産のぶどうを漬け込んで造られたさわやかなフルーツエール。

ぶどうの香りと酸味が口あたりよく、のどごしにもキレが感じられます。

ビール自体にはほのかに赤みが感じられました。先ほど紹介したハニーレモンとも異なる色合いで、注ぐことで目でも楽しめるのがクラフトビールの面白さ。

この季節だけの特別感がうれしい、プレミアムなクラフトビールでした。

あづみビールはどこで買える?醸造所での販売のほか、お土産店でも

あづみビールは、「イオンスタイル尾道」やJA直売所の「ええじゃん尾道 尾道店」、お土産店「尾道ええもんや」「新尾道駅・ええもんや」などで買うことができます。

また、尾道の商店街にある「蔵鮨(くらずし)」やイタリアンレストラン「港九番地(ハーバーナイン)」など、尾道市内を中心とした飲食店でいただくこともできますよ。

新型コロナウイルス感染症拡大防止対策で、アルコールの提供を休止しているお店もあります。

尾道あづみ麦酒醸造所では「オーガニックな原料を使い、多くのかたと関わりながら、多様な方法で、多様な商品を造る」ことを目指しています。

ビール造りの想いを、醸造長の田上 誠(たがみ まこと)さんと施設利用者の前田 康行(まえだ やすゆき)さんに聞きました。

「尾道あづみ麦酒醸造所」の田上さん、前田さんへインタビュー

左:田上 誠さん 右:前田 康行さん

──まず、田上さんが尾道でビール造りをしようと思ったきっかけを教えてください。

田上(敬称略)──

私は福山市出身なんですが、隣の市である尾道には学校の遠足で訪れたくらいでまったく来たことがなかったんです。

初めて尾道に遊びに来たのは6〜7年前。29歳のときに尾道で初めて入った店が「Beer Bar a clue」(ビアバークルー。商店街にあるビールバー。以降「clue」と表記)でした。

クラフトビールと出会ったのもclueで、それ以来店に通うようになりまして。

clueに通ううちにクラフトビール好きの仲間と出会うことができましたし、私自身いつしか「尾道で働きたい」と思うようになっていましたね。

林さん(clueのマスター)のことは、尾道にクラフトビール文化のベースを敷いてくれた第一人者だと思っています。

──そして実際に尾道でビール造りに携わることになるんですね。

田上──

clueで飲んでいるときに「醸造所ができるらしい」とたまたま耳にしたんです。

「これだ!」と思って自分から手を挙げて、やらせてもらうことになりました。

醸造については広島県内の醸造所で修業したんですが、同じ時期には料理長として飲食店で料理もやっていました。

田上──

32歳くらいのときに仕事を辞めてビールを学び始めました。「勉強の期間」だと思ってやっていたので、この先どうなるのかといった不安は特にありませんでしたね。

朝はビールを造って、昼から夜にかけては料理を作って。

今後はそのときの料理の経験も活かして、応用的にあづみ麦酒醸造所の事業を広げていけたらと思っています。

自分が関わった商品がほかの人に喜ばれる体験は、誰だってうれしいもの

──新たに尾道あづみ麦酒醸造所をスタートさせるまでにどんな苦労がありましたか?

田上──

完全にゼロからのスタートだったので、バケツ1個を自分たちで買うところから始まりました。

使うことになった醸造機器も初めてのものだったので、自分から研修に参加して学んだり調べたりして少しずつ覚えていきましたね。

さらに全国の就労支援を見渡しても、クラフトビール造りはまだそう多くはありません。

施設利用者とどうやって連携していくか。社会や地域との接点を増やすには何が必要なのか。どんな作業がやりがいにつながるのか。

今も一つひとつ自分たちで模索していて、新しいアクションにもどんどんチャレンジしています。

──チャレンジといいますと、たとえばどんなことをされていますか?

田上──

まず、最近では自家製ホップの栽培を始めました。施設の敷地内や市内でホップを栽培してビール造りに使います。

ホップの栽培や収穫ってものすごく手間がかかるんですが、使う原料やビール造りの作業内容にまでこだわっていきたいので。

2021年10月初旬に発売予定の新作は生のホップをイメージしています。今回はホップのイラストを6名の利用者さんに描いてもらい、それを6種類のラベルにすることにしました。

利用者のイラスト、ホップだからといって当たり前にグリーンを使うのではなく、さまざまな色で表現されていたりしてめちゃくちゃかっこいいなと思いました。

このビールは、6種類をセットにした販売も予定しています。生ホップの時期、年1回の季節ビールとして定着していけばいいなと思っています。

──利用者のかたも積極的にビール造りに関わっているんですね。

田上──

就労支援の作業ってこれまで裏方仕事が多いのが現実でした。

でも自分たちが関わってきたものを誰かが手に取ってくれて喜んでもらえるって、シンプルにうれしいことですよね。

クラフトビール造りを通して、普段利用者がどんな作業をしているのかを知ってもらい、地域との交流のきっかけになればと思っています。

造ったビールが愛されることでやりがいにつながっていく

──いつもどれくらいの人がビール造りの作業をされていますか?

田上──

作業には私や職員がついて、いつも利用者5〜6人と一緒に作業しています。

──利用者のかたはビール造りでどんな作業に関わっているのですか?

田上──

ビール造りには細かい作業が多いので、分担して作業を行なうにはかなり適しているんですよね。

たとえばタンクの洗浄や、ビール瓶のラベル貼り、梱包など、連携しながら一つひとつていねいにつくり上げています。

最近では使い終わった瓶を回収して、リユースするという試みも始めました。

専用の薬品を使って1本1本手洗いするので、実は機械で洗浄するよりもきめ細やかに洗えるんですよ。

今後もあづみビールとしては環境に配慮した取り組みを進めていきたいですし、そういった有意義な取り組みに関わることによって、作業をする利用者のやりがいにもつながれば、という思いはあります。

さらに、ビールを売って出た利益は利用者の工賃として還元されます。

就労支援の本質的な目的って、作業に関わっている利用者の工賃が上がることなんですよね。

愛されるビールを造って多くの人に飲んでもらい、やりがいを担保しつつも工賃に還元されるような仕組みとサイクルをこれからも模索していきたいと思います。

工賃:福祉用語。就労者が生産活動を行なったときに支払われるお金のこと

──2020年のスタートからコロナ禍が続いています。どんな影響がありましたか?

田上──

地域との交流を増やすべくさまざまなイベントを予定していましたが、それができなかったというのは大きいですね。

本当はあづみビールを置いてもらっているスーパーマーケットのイベントでチラシを配ったり、醸造所前でビアガーデンのようなイベントを開催したりしたかったんです。

というのも、醸造所はガラス張りでオープンなんですけど入り口は施設なので、なかなか「ビールが買える場所」と認識してもらえない、お客さんが入りづらいといった課題があって。

もっと気軽に買いに来ていただけるように工夫していきたいと思っています。

「尾道はクラフトビールがアツい」と思ってもらえたら

──ビール造りへのこだわりを教えてください。

田上──

尾道産のものにこだわって、ビールが苦手な人からビール好きのかたにまで幅広く楽しんでもらえるようなビールを目指しています

特にフルーツビールにはこだわりがあって、そのフルーツをしっかり感じられるようなものを造っています。

──これまで造ってきたなかで好きなビールや思い入れのあるビールはどれですか?

前田(敬称略)──

一番は「尾道ホワイトエール」。オレンジの味や香りが抜群です。

この前できた「ぶどうエール」もおすすめ。ワインみたいで飲みやすくてとてもおいしい。

田上──

あづみビールの定番をひとつ挙げるなら「尾道ペールエール」かもしれませんが、個人的に思い入れが強いのは「尾道IPA」ですね。

クラフトビールを好きになったきっかけが、clueで飲んだIPAだったんですよ。

IPAを自分で造ったとき、ひとつ目標を達成できた気がしました。

「尾道IPA」は季節限定ビールなので、通年販売はしていません

──ビール造りへの想いや今後の展望を教えてください。

田上──

ビール造りでいえば、「おいしい」と思ってもらえる、ずっと飲んでもらえるビールを造っていきたいです。

「尾道って、クラフトビールがアツいよね」と思ってもらえたら、ものすごくうれしいですね。

おわりに

尾道あづみ麦酒醸造所で印象的だったのは、施設利用者の就労支援について。

自分が携わったビール造りが誰かに喜んでもらえる、自分の描いたイラストがビールのラベルになる……そんな“自分事”の活動を通して、前田さんは作業を楽しんでいたように思えました。

そして筆者は尾道に来てまだ半年ちょっとですが、移住してからというもののクラフトビールに接する機会が格段に増えました。

振り返ってみると、「尾道あづみ麦酒醸造所」の田上さんとも、以前取材した「尾道ブルワリー」の佐々木さんご夫妻とも、初めてお会いしたのはビールバーの「Beer Bar a clue」だったんです。

ほかにも、クラフトビールを通じてこれまで多くの出会いがありました。ビールは確実に、人と人、地域をつないでいる、そう感じます。

これからも尾道のクラフトビールが地域を活気づけてくれることでしょう。

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