文理融合から知の統合へ 世界水準の研究大学を目指して

「実践性」「先進性」「開放性」「国際性」の4つの精神を大学憲章とし、独自の歩みを続ける横浜国立大学。長年、標語に掲げるInitiative for Global Arts & Scienceは、近年キーワードとされるSTEAM教育にも通じる。みなと横浜を一望する高台に展開する東京ドーム10 ~11個分ともいわれるキャンパスは、三ツ沢公園と一体となり広大なグリーンベルトを形成し、横浜市にも貴重な環境を提供している。この春、≪文理融合≫を掲げて改革をリードしてきた前学長を引き継いだのが梅原出先生。いままで進めてきた教育と研究の両方の改革をさらに進化させ、≪知の統合≫として学生目線の改革を目指す。また今春の個別試験中止を「苦渋の選択だった」と振り返る新学長に、ポストコロナへ向けてのさらなる改革、受験生へのメッセージ等をお聞きした。

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大学とは

コロナ禍で再認識されたこと、「大学とはコミュニティー」

2020年度は、手探りで始めたオンライン授業等、激動の一年だった。しかも、学生に不自由を強いるだけでなく、前例のない個別試験の中止等で受験生・保護者、高校関係者にも影響を与えるなど、心の晴れる日はなかった。また、これほど「大学とは?」と考えさせられたこともなかったと思う。

キャンパスのメインストリートに学生が一人もいない日が何カ月も続いたことには心が痛み、大学人になって30年、初めてある種の寂寥感も感じた。これまで当たり前とされてきた大学のコミュニティーを機能させられないもどかしさもあった。大学とは、教育・研究を通じたコミュニティーであることをあらためて痛感した。

→独自の教育改革を加速

独自の教育改革を加速

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現行の大学入試制度の中では、首都圏に位置し、かつ後期日程の定員を多く維持している大学としては、入学した学生にいかに学ぶ意欲を与えるか、言いかえればいかに教育力を高めるかは長年の課題だ。本学では前期日程、後期日程それぞれによる入学者について、入試の成績と在学時の成績の相関を調べてきた。ここで明らかなのは、入学後、どれだけしっかり勉強するかが卒業時の成績を左右するということだ。地頭が良かったり基礎学力がしっかり身についた学生が多いのだから、当然と言えば当然だが。そこでキャリア教育の導入も含め、10年ぐらい前から教育改革を加速してきた【下コラム参照】。今や、企業からも高い評価を得ているから(※1)、冷静に出口まで見通せば、けして最難関校にひけを取らないとの自負がある。

入学後の科目も工夫している。私の専門は物理だが、多くの学生にとっては、社会に出て何の役に立つのかが見えにくい学問かもしれない。手に取るようにわかる機械系などとは好対照だ。そこで1年のうちから、『物理科学と先端技術』などと銘打って、企業から技術者を外部講師として招き、物理を学んでおくと企業に入ってからどれだけ役に立つかを講義してもらっている。もはや、物理に入ったから物理しかしないのではすまされない時代でもある。また、神奈川県とタイアップし、全学部を対象とした半期で15回、県の職員による『神奈川のみらい」も開講している。

PBL(Project based learning:課題解決型学習などと訳される)など、調べて発表する授業も増やしている。どれも学科単位による地道な取組だが、こうした努力が徐々に実りつつある。

新たに二つの方針を加え、知の統合を進めたい

学長就任時に新たに立てた方針は二つ。一つは《小さな大学》としての強みを発揮すること。5学部6大学院体制で10,000人の学生を抱えながらなぜ?と思われるかもしれないが、本学は教職系、工業系、商業系の3つの専門学校が戦後まとまってできた大学で※2、文学・医学などはカバーしていない。つまり大規模総合大学とは違うという意味だ。そこで、自前でないものは外に求める、つまり他大学との連携に徹していくべきだと考えている。「オープンサイエンス」「オープンイノベーション」※3がキーワードとされる今は、その絶好のチャンスではないか。特に力を入れているのが医工連携。理工学部では「副専攻プログラム(医工学)」も設ける。今の医療は産業界の提供する機械なしでは成り立たない。まさに100年の伝統を有する本学の工業系の出番ではないかと思っている。

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第2の方針は、地域との連携の強化。横浜市、神奈川県にある本学だが、今後はそれを強みとする意識をより強化していきたい。地方国立大学(東京からの距離感でそう呼ぶとして)の多くは、法人化(※4)以降、生き残りをかけ地域との連携強化に涙ぐましい努力をしてきた。本学の場合は、首都圏にあって地方をイメージしにくい分、これまで以上にその意識を高め、さらに取組を強化していかなければならない。神奈川県は長洲一二知事以来、科学技術政策においては、KSP(サイエンスパーク)、やKISTEC(神奈川県立産業技術総合研究所)等の開設など、先進的な取組をしてきているから連携のメリットは大きい。神奈川ローカルの連携は世界へつながる可能性を秘めている。

一方で神奈川県は、横浜、川崎、相模原という3つの政令都市とともに、三浦半島や県西には過疎と高齢化に悩む地域もかかえる。スケールが大きく、直面する課題も様々で、ある意味で日本の縮図とも言える。地域のこのような課題先進性ともいうべき特性に、本学の教育・研究をいかにコミットしていくか。それをつきつめていくことは、日本、世界にコミットしていくことにつながるはずだ。

→入試について

入試について

先ごろ、10年近くに及んだ大学入試改革論議は、そこで示された改革案を各大学が個別試験の中で実現することと結論付けられたようだ。もちろん入試改革が止まったわけではない。ただ現段階では、個別試験が重要であるということ以外にコメントはできない。選抜方法の多様化については、たとえば教員志望者が受験する教育学部では、教員になりたいという意欲も含めて総合的に評価するのはいいと思う。一方、理工系では、たとえば一般的に数学のできない物理学者はいないように、学部によって必要な学力を担保しそれを測る入試を考えていきたい。

また、本学の学生が首都圏にある私立大学の学生と比較して大人しいことを捉えて、理系でもアピール能力、コミュニケーション能力を入試で問うようにしてはどうかというような意見も学内にあるが、コミュニケーション能力は学会での発表の機会を増やすなど、大学へ入ってからでも鍛えることができる。入試方法は、あくまで育てたい学生像から考えるべきだし、入試だけではなく、入学以降の教育改革にも引き続き力を入れていきたい。

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受験生へのメッセージ

知の統合と世界水準の研究大学を目指しているから、しっかり学問、研究に打ち込みたいという人に目指してほしい。環境は抜群。新たに本学の名称の付いた駅(※5)もできて東京へも直結するようになり、首都圏生活に触れることもできる。

私自身の受験時代を振り返ると、浪人時代も含め様々な思い出はあるが、やはり大事なのは大学へ入ってからだとつくづく思っている。大学でできることは勉強だけではない。入ってから楽しく大学生活を送れるように、けして受験をゴールとは思わないことだ。

高校、大学時代を通じて勧めたいのは読書。乱読でいい。私は学校の勉強では、数学・物理は好きだったが本ばかり読んでいた。しかしそれが今、大いに役立っている。

※5 羽沢横浜国大駅:2019年11月30日開業。相鉄、JR直通線の共同使用駅。

先進的な文理融合を図る大学院『先進実践学環』は、「応用AI」「社会データサイエンス」「リスク共生学」「国際ガバナンス」「成熟社会」「人間力創生」「横浜アーバニスト」の7つのユニークな研究テーマを設け、文系の学生は理系を、理系の学生は文系を学べるというように、これまで縦割りの多かった大学院に横串を刺す。「もちろん他大学にも『学部・研究科等の組織の枠を越えた学部プログラム』はあるが、学年定員42名と規模が大きい」と梅原学長。学部教育でも経済・経営の専門性と高度なデータ処理・統計分析を修得した人材を育てるDSEP(DataScience教育プログラム)、法学を中心に経済、経営、データ分析などを幅広く学ぶLBEEP(Lawcal Business Economics教育プログラム)が今春からスタートし、経済学と経営学の両方の専門性と英語による実践的コミュニケーション能力を育成するGBEEP(Global Businessand Economics 教育プログラム)なども以前から開講している。ただ、「いずれにおいても専門性は担保したい。そうでないと大学で学ぶ意味がない」と梅原学長。

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横浜国立大学学長

梅原 出先生

P r o f i l e

1987年3月富山大学理学部 卒業、1989年3月同大学院理学研究科修士課程 修了。1992年3月筑波大学大学院工学研究科博士課程 修了。1992年4月横浜国立大学工学部 教務職員、1994年4月同 助手、2000年7月同助教授、2009年10月横浜国立大学大学院工学研究院教授、2019年4月横浜国立大学 理事(研究・評価担当)・副学長、2020年4月同(研究・財務・情報・評価担当)・副学長。2021年4月より現職。専門は固体物性物理学‐超伝導、磁性。桃山学院高等学校出身。

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