汐谷文康, 笠間淳, 加藤英美里, 阿部里果 etc出演。『三つの愛と厄災(パンデミック)』生きる姿、愛の形。

深作健太の構成・演出による朗読劇シリーズ。声のプロフェッショナルが奏でる日本文学『三つの愛と厄災(パンデミック)』が紀伊国屋ホールで上演中。

タイトルは『三つの愛と厄災(パンデミック)』、まさに、”今”、昨年の2020年から始まった新型コロナウイルス蔓延により、あらゆる状況が変わってしまった。ここで取り上げられる作品は菊池寛の『マスク』、堀辰雄の『風立ちぬ』、太宰治の『パンドラの匣』、坂口安吾の『夜長姫と耳男』。菊池寛の作品のバックボーンはスペイン風邪、第一次世界大戦中の1918年に始まったこのパンデミック、全世界で5億人が感染したと言われており、1億人以上が死亡したとされている。日本におけるスペインかぜの1回目の流行は1918年8月下旬から9月上旬より始まり,10月上旬には全国に蔓延。作家の菊池寛は恰幅が良く、丈夫そうに見えたが、実は体が弱かった。彼はうがいやマスクで感染予防を徹底。その様子はコロナ禍の現在と全く変わらない。しかもおよそ100年前のことだ。堀辰雄の『風立ちぬ』は彼の実体験に基づいた物語で結核に冒された婚約者に付き添い、サナトリウムへ。太宰治の『パンドラの匣』も結核が登場、「健康道場」という結核療養所が舞台、そこで繰り広げられる恋愛模様が描かれている。最後の坂口安吾の『夜長姫と耳男』、物語に疱瘡が出てくるが、それによって多数の死者が出る。

13日夜の回、キャストは汐谷文康、笠間淳、加藤英美里、阿部里果。
声優4人、白い衣装で登場する。最初の物語は『マスク』、主人公が医師から診察を受ける。最初脈がないと言われる(笑)、それから、医師から、今、流行っている病にかかって熱でも出ようものなら助からない、とも言われる。誰だってそんなことを言われたら焦る。主人公は見た目は健康そうだが、多分、内臓に疾患を抱えている模様、ガーゼを何重にもしたがっちりとしたマスク、うがい。基本的な対策はやれるだけのことはする。そうこうしているうちに、街中ではマスクを着用する人が少なくなってくる。ある暖かい日、黒いマスクをつけた人物を見かけるが…。現代と全く同じような様相、彼の気持ち、多分、今はほとんどの日本人が、いや世界中の全ての人々が共感するであろう。黒マスクの男を不快に思った主人公、なぜなら自分はウイルスに怯えていたことを思い出させるから。この『マスク』は、朗読劇全体の”入り口”のような役割を果たす。そしてタイトルにもある”三つの愛”。

堀辰雄の『風立ちぬ』、婚約者とともにサナトリウムに行く主人公、当時、大変恐れられていた結核、命を脅かす病。かつてサナトリウムは大気安静療法が結核治療の主流を占めていたため,空気のよい高原や山間,海浜などに設けられた。ここに出てくるサナトリウムも同じ、空気の良い場所に。細かい描写で結核にかかった婚約者が弱っていくのが手にとるようにわかる。レントゲン検査の結果は思わしくない。激しい咳、喀血、しかし、二人は共にいた。婚約者は病に臥せっているにもかかわらず、相手を思いやり、弱々しい声で「髪に…雪がついているの」と。愛に満ちた時間にはタイムリミットがあり、それは静かにやってくる。物語の最後、主人公が咳をする、暗示。淡々とした描写、ひたひたと近づく死の足音。堀辰雄自身の結核の発病は19歳の時、自ら病みつつ、より重症の婚約者に付き添って1935年に信州のサナトリウムに入り、その年の冬に婚約者が死去。「風たちぬ、いざ生きめやも」で締めくくる。”生きめやも”、生きることを試みる、死の影を感じつつ、の言葉。
ここで解説が入る。結核の治療に役立つペニシリンが日本で普及したのは戦後。だが、現代でも結核で亡くなる人はいる、未だに克服できないウイルスである。

次の話は太宰治の『パンドラの匣』、同じく結核療養所を舞台とした物語だが、こちらは少々、趣が異なる。中学卒業と同時に結核を患った主人公、「健康道場」という名前の療養所に入り、「君」に手紙を書くスタイルで進行する。太宰治といえば『人間失格』などの小説をイメージするが、この『パンドラの匣』は一言で言ってしまえば青春ものだ。

最後は『夜長姫と耳男』、坂口安吾といえば『桜の下の森の満開の下』が有名だが、こちらも名作。ヒロインがかなり個性的というか無邪気で残酷、そんな姫に気に入られた耳男、そして耳男もまた…。村では病が流行しはじめて多数の死者が出る。また、しばらくして今度は別の病が流行る。それを見ていた夜長姫はテンションアップ。お日様が羨ましいという。「こんな風に人が死んでゆくのをずっと見ていらっしゃるのねェ」。夜長姫と耳男の運命は?ここでも疫病が出てくるが、これを背景として二人の究極の愛の形がつづられる。

作品と作品の間に解説、キャストは立ち位置を変えて朗読、最初はビニルの幕が舞台後ろにあり、そこから声優陣が登場するが、このビニル、昨今、あちこちで見かける飛沫防止のビニルシートやアクリル板を彷彿とさせる。いくつものキャラクターを4人の声優が演じ分けて朗読、ここはさすが声優だけあって皆、達者。声と効果音、時折音楽、それだけのシンプルな構成。エピローグでは坂口安吾が太宰治への追悼文が紹介される。生きること、勝ち負けはない。それは全てに通じる。3つの異なる愛、背景にパンデミック。タイムリーな朗読劇、もしコロナ禍でなければ、違った景色が見えたかもしれないが、この、いつ再び感染症が蔓延するかわからない時期に、この3つの物語。生きることは疲れる、生きていれば必ず死がやってくる、生と死、そして愛。最後に聞こえるのは都会の雑踏、サイレンの音が響く。ふと現実に引き戻される瞬間。今、この瞬間を生きること、勝ち負けはない。人類はウイルスに勝てないが、それでも生きていく。そんなことを考えさせられる朗読劇であった。

<概要>
キャスト
[10月12日 19:00]
私 ほか:竹内栄治
ひばり ほか:福島潤
夜長姫 ほか:吉岡茉祐
耳男 ほか:工藤晴香
[10月13日 19:00]
私 ほか:汐谷文康
ひばり ほか:笠間淳
夜長姫 ほか:加藤英美里
耳男 ほか:阿部里果
[10月14日 19:00]
私 ほか:重松千晴
ひばり ほか:山中真尋
夜長姫 ほか:茜屋日海夏
耳男 ほか:上田瞳
[10月15日 19:00]
私 ほか:中島ヨシキ
ひばり ほか:笠間淳
夜長姫 ほか:阿澄佳奈
耳男 ほか:大空直美
[10月16日 13:00]
私 ほか:神尾晋一郎
ひばり ほか:石谷春貴
夜長姫 ほか:夏川椎菜
耳男 ほか:諏訪彩花
[10月16日 19:00]
私 ほか:神尾晋一郎
ひばり ほか:石谷春貴
夜長姫 ほか:山崎はるか
耳男 ほか:夏川椎菜
[10月17日 12:30]
私 ほか:中澤まさとも
ひばり ほか:市川太一
夜長姫 ほか:夏川椎菜
耳男 ほか:行成とあ
[10月17日 18:00]
私 ほか:阿座上洋平
ひばり ほか:中澤まさとも
夜長姫 ほか:鶴野有紗
耳男 ほか:夏川椎菜

日程・会場:2021年10月12日〜10月17日 紀伊国屋ホール
構成・演出:深作健太
美術・舞台監督:深瀬元喜
照明:倉本泰史
音響:長野朋美
衣裳:伊藤正美 上杉麻美
演出助手:荒井遼
主催・企画・制作
株式会社MAパブリッシング/株式会社東京音協/株式会社ステラキャスティング

公式HP:https://nbun.rodokugeki.jp

撮影 阿部章仁

© 株式会社テイメント