「日本の幸福」企業社会の歪みをいち早く“告発” 「妻たちの思秋期」 斎藤茂男氏(1982年〜) [ 調査報道アーカイブス No.12 ]

モーレツ、イケイケ、ジャパン・アズ・ナンバーワン、24時間働けますか……。まばゆいばかりの“繁栄”へ向けて、日本がその最後を登りきろうとしていた1980年代前半のことだ。全国の地方紙に「日本の幸福」という長期連載ルポルタージュが掲載された。当時は当たり前だった経済発展、企業の繁栄。その歪みに目を向け、これでいいのかと読み手に考えさせる重厚な内容だ。

共同通信の配信記事である。手掛けたのは、社会部記者兼編集委員だった斎藤茂男氏(故人)を代表とするチームだった。一連のルポは後に、斎藤氏を筆者として株式会社共同通信社から4冊出版されている。

「妻たちの思秋期」(1982年12月)
「燃えて尽きたし…」(1984年6月)
「生命かがやく日のために」(1985年9月)
「飽食窮民」(1991年7月)

どんな内容なのか。例えば、「妻たちの思秋期」。この主人公は、アルコール依存症になった妻たちだ。台所や居間で昼間から酒を飲む。やめようと思ってもやめられない。そうしたキッチンドランカーの姿が、これでもか、と描かれる。うつになる妻もいる。夫は仕事で忙しい。残業に次ぐ残業、夜遅くまでの取引先の接待、満員電車での遠距離通勤。真夜中に帰宅し、朝早く出ていく。社内競争から脱落しないように神経を張り詰める。たまに家にいても、いつもクタクタの夫には家庭を振り向く余裕はない。そうした挙げ句、妻たちは酒に手を伸ばすのだ。

「妻たちの思秋期」は直接的には“妻たち”をルポしているが、実際のテーマは長時間労働の問題点であり、過労死もいとわない企業文化であり、経済成長至上主義の歪みだった。この連載は「サラリーマンとはどういう存在か」を社会問題として捉えた、初めての本格的な記事群だったのではないか。妻たちを通じて、経済発展の負の部分を徹底的に問うたのである。

日頃の記者活動ではなかなか取材対象とならない、人々の日常。そもそもニュースの主語として登場しない市井の人々。斎藤氏は徹底してそこに目を向け、観察し、時代の底に横たわる“本質的なもの”をえぐり出そうとした。1980年代までの「企業社会ニッポン」を映し出す出色のルポであり、調査報道だと言える。もちろん、そこで提示された問題点、視点は先駆的であり、現代にも通じる。

(フロントラインプレス・高田昌幸)

■参考URL
単行本「妻たちの思秋期」(著:斎藤茂男/出版:共同通信社)
単行本「燃えて尽きたし…」(著:斎藤茂男/出版:共同通信社)

© FRONTLINE PRESS合同会社