「学びたい」ものを、「学びたい」ときに、「学びたい」だけ 誰でも、いくつになっても、学べる東京都立大学のオープンユニバーシティ

人生100年時代となった今、さまざまな意味において人生を豊かにするために、「学ぶ」ことの重要性がさらに増している。東京都立大学では、生涯現役都市の実現に寄与するためオープンユニバーシティを運営。都民や社会人などの学習ニーズに応える生涯学習の拠点を目指して、大学の学術研究の成果を広く社会に還元するための講座を開設している。江戸・東京の歴史をはじめ、健康・経済・サイエンス・文化・語学など、多くの人の知的好奇心にこたえるおよそ360講座が開講、誰でも、いくつになっても「学びたい」ものを、「学びたい」ときに、「学びたい」だけ学べる受講スタイルで、昼間、夜間や土曜日に年間延べ約6,000人が学ぶ。

東京都立大学だからこそ学べるユニークなジャンル「江戸/TOKYO」講座

オープンユニバーシティの幅広い講座の中でも、注目は「東京」を冠する大学ならではのユニークな「江戸/TOKYO」というジャンルの講座だ。その中でも特に講座「落語で歩く江戸・東京」は人気が高い。講師は、落語立川流所属、立川談四楼門下二つ目の立川寸志さん。実は、東京都立大学の卒業生である。学生時代は日本近世史を専攻、落語研究会にも所属していた。寸志さんが講師をつとめる講座は、落語の背景となる江戸時代の生活や文化などについて、切絵図や浮世絵など当時の図版資料の紹介や丁寧な解説で、落語の高座を聴くことができ、わかりやすいとリピーターの受講生も多い。今回は、そんな落語講座について立川寸志さんにお話を伺った。

時代背景もわかるちょっとしたバラエティ番組のような落語講座

最初に講師の依頼があったときには、「うれしかった」と話す寸志さん。

子どものころに読んだ落語本の挿絵に興味をもったのがきっかけで落語にはまっていった。中学生のときにはひとりで寄席に通ったという。転機は44歳、編集者として働いていたが縁あって立川談四楼師匠に弟子入りする。

落語は当然のように趣味だと、大学を卒業するときは特に悩まずに就職した。働いていた編集プロダクション兼小出版社の社長が談四楼師匠と昵懇で、落語が好きならと担当編集になった。その後、会社員として定年も見えてきて今後の人生を考えたときに、将来の自分にまったく興味がおきず、そんな折に談四楼師匠が47歳の弟子を取ったと知って、自分も弟子入りを年齢で断られることはないと落語家への道を踏み出した。

「大学時代に学んだ落語も日本史も、あくまでも趣味だと思っていたので、直接つなげては考えていませんでしたね。でも、講師のお話をいただいたときは面白い作業になるかなと思いました。特に、切絵図が好きだったので、実際に落語の舞台になっているところの切絵図を使って何かできないかと考えました。切絵図でいうこのあたりは、今はこうなっていて、そういう話だったら面白くできそうだな、この話ならこんなふうにできるかなぁっていうのは、わりとパパっと思いつきました。元は編集者なので、いろんな話をうまい具合に並べて面白おかしく聴かせるのは、雑誌の特集を作るのと似ていて、慣れているかもしれません。教養番組とまではいかないまでも、ちょっとしたバラエティをみるぐらいな感じで楽しんでいただければと思っています。」

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期ごとに変わるテーマ、江戸とTOKYOをつなぐ落語

各期4回各回とも落語を一席~二席入れ、その落語を軸に話を展開する。古典落語の総数は、おおよそ500席程度だという。その中の自身の持ちネタからシリーズのテーマに合わせて各回話す噺を決定して内容を構成し、資料に当たったり現在のその土地をたずねてあるいたりして当日話せるネタを拾い上げていく。夏期講座のテーマ「食」では、まず江戸の名物であるうなぎの話が思い浮かんだ。

「例えば、うなぎの話なら、平賀源内が、『本日土用の丑の日』と紙に書いて貼ったら、客が押し寄せたみたいな話がありますが、一方で神田和泉町にあった春木屋というお店も土用の丑の日の元祖はうちですと当時の広告で言っている。しかし、この春木屋というお店の始まりがいつまでさかのぼることができるかがわからないし、源内と春木屋はどうやら時代もあわないので、源内が春木屋にアドバイスしたとも言えない。だから春木屋が始めたことかもしれないという説もあるんですよ、といったようにお話すると、聴いている人は、あーそういうこともあるんだ、となるんですよね。

みなさんもなんとなくちょっと知っているようなことの半歩つっこんだところが僕の伝えたいところなんです。正直いえば、ちょっと探せばすぐ出てくる情報エピソードでもあったりするんですけど、それを落語と一緒に合わせて、お話してお伝えする。またあっちにある史実とこっちにある逸話を並べたり比べたり突き合せたりすると、違った角度で見えてくるものがある。そうすると、あーそういうことね、あーなるほどね、と、ちょっと得したような気になったり、ちょっと楽しくなったりする。ちょっと豆知識増えたかな、それくらいを持って帰っていただけたらいいですね」

落語は、口伝えの古典芸能であるとともに大衆芸能でもある。その時代その時代の観客に訴えかけるように、笑ってもらえるようにアジャストされてできている。今の落語は武士が出てくる噺以外は、大体明治末から大正初期が背景だが、当時は、まだ江戸時代を知っているおじいさんやおばあさんがいたり和装で畳や板張りの家での暮らしがほとんどだったりと、社会全体が江戸にわかりやすくつながっていたので、現代において演じる場合でも、江戸から続いた社会の噺として受容されている、と寸志さんは言う。

落語そのものを歴史的資料として扱うのには慎重でなければならないそうだ。寸志さんは、「落語家の言ってることなんで」「落語の中ではこういわれています」と伝えている。それでも「落語はやっぱり江戸時代を知る良いヒントにはなりますから」と話す。

「落語の中には、『道中付け』といって、歩いていくルートを言い立てるものがあります。

『黄金餅』という落語では、『下谷の山崎町を出まして、あれから上野の山へぶつかります。山下をぐるっと回って、不忍池ぇ右にみながら、三橋わたって下谷の広小路にでる・・』といったように。実際、私も上野駅の東側から麻布の奥の方に至るそのルートを切絵図から現代の地図に落とし込んで二度ほど歩いたことがあるんですよ。そうすると、ルートの多少の揺れもあるし、もちろんまわりの風景などは大いに変わっているとは思いますけど、距離はそんなに変わらない。当時の人も、ずいぶん夜に、遠いところまで歩てきたんだな、そういう実感がわくんですよね。

だから、切絵図をみたら、ぜひ受講生の方にもその町名のあたりを歩きまわってもらいたい。落語はズバリ、イコール江戸ではないですが、落語を通して現代から遡って昔の東京から江戸の風景へと想像をふくらませてもらいたいです。今、目の前にある東京に江戸の世界がつながってるんだなぁと実感してもらえると嬉しいです。そこが、この東京都立大学の講座ならではだと思います」

学ぶことは楽しい。この講座を通して私自身が学んでいます

この講座で話しをするために、今まで開いてなかった本を開いたり、その土地をたずねたりして調べていくと発見もあり、学ぶことはやはり楽しい。この講座を通して、落語に対して認識が深まったり、高座で話す内容に返ってくるものもあったりと、日々の仕事にもプラスになっているという。

「例えば、落語で言われている『俸手振り』、『ごぼう』を売るときの売り声が、落語では『ん』をいれて『ごんぼう』というふうに売るという噺の枕みたいなのがあるんですよ。ところが、いろいろ調べていると『ごんぼう』といっているのは上方だけだったらしく、江戸では、やはり『ごぼう』と売っていたという話があって、そういうのにあたると、ハッとしますね。さきほどもお話したように、落語は口伝えの芸能ですから、基本は教わったものをそのままやる、けれど、こうして調べていくと話していたことが、実は事実とは違ったんだということがわかる、それはそれで勉強になります。

実際に現地を歩いてみて、噺にでてくる二つの町名の距離がどうにも近すぎて噺が成立しないんじゃないかと思うみたいなこともあります。ただ、それも、いい発見で、もう僕自身の楽しみになっています。学ぶということは、すごく楽しい。

今後、私自身が学びたいと思っているのは、もう少し古文書の勉強をしなおして、崩し字をさっと読めるようになりたいんです。今は一字一字、崩し字辞典と照合しながら読んでいるので、そういうのがさらさらっと読めるようになれたらいいなと思いますね。」

東京都立大学オープンユニバーシティでは、2020年度は、新型コロナウイルス感染症の影響で、春夏の講座はすべて休講となってしまったが、以降オンラインを活用した講座を増やし、2021年度の春期からは対面講座の再開も試みている。また、オンライン講座ならではの特性を活かし「距離を越えた」オンラインスペシャル講座も企画している。

「学びたいという欲求を満たしてくれる」「文科系だけでなく理科系も充実している」「専門的な知識がオープンに得られて嬉しい」など、受講した方々の声からも、学ぶことの楽しさが伝わってくる。今後もオンライン講座と対面講座とそれぞれの特性を活かしながら、受講生の知的好奇心に応える魅力的な講座を提供していく。

東京都立大学オープンユニバーシティ

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