“官官接待”は裏金を隠すためのウソだった! 公文書の記載を疑った「北海道庁公費乱用」報道 北海道新聞(1995年〜) [ 調査報道アーカイブス No.39 ]

◆開示請求ブームと「官官接待」

今回の調査報道アーカイブスは、北海道新聞記者時代に取材班の一員として筆者(高田)が直接関わった「北海道庁不正経理問題」を取り上げたい。

「官官接待」という言葉が日本で広がったのは、1995年だった。阪神・淡路大震災があり、地下鉄サリン事件も発生するなど、騒然とした年のことだ。「官官接待」とは、主に地方の役人が税金を使って中央省庁の役人を接待する習わしを指す。中央省庁は地方への予算配分の権限を持っているため、少しでもいい条件を引き出したり、とっておきの情報を吹き込んだりするために夜の宴席が使われるのだとされた。

この年、「官官接待」は年末恒例の「ユーキャン 新語・流行語大賞」のトップ10にも入っている。

この年、メディアに初めて大々的に登場した語が「官官接待」。地方の役人が、補助金の決定権を持っている中央の役人を供応するということなのだが、その“いじましさ”に庶民は絶句した。裏金、“食料費”という名目での“横領”など、役人の腐敗は止まるところがない。

選ばれた理由はそう説明され、「改めて市民サイドの行政監察の重要性を示してくれた」として、全国市民オンブズマン連絡会議の代表が賞を受けることになった。

当時、国の情報公開法はまだできていなかったが、それに先行する形で都道府県は相次いで情報公開条例を制定した。その制度を使って、地元の弁護士や市民が役所の内部資料を開示請求し、税金の無駄使いに目を光らせていくー。そんな流れが各地に生まれた。「オンブズマン」組織があちこちで誕生したのもこの頃だ。開示請求とそれを駆使した行政監視が一種ブームになり、そうした熱気に突き動かされるようにしてメディアも情報公開条例を使った取材に乗り出していく。「官官接待」はその格好のテーマだった。

「中央から地元に事業を呼び込んでくるためとはいえ、役人が役人を税金で接待してよいのか?」「中央省庁の情報を取るにしても、高級な店やホテルの飲食店ばかり使う必要はない」「地域が豊かになるためなら、官官接待ぐらいOKだ」ー。さまざまな意見を巻き込みながら、報道は続いた。筆者も途中から取材チームに入るよう言われ、「官官接待は是か非か」という報道の只中に放り込まれた。

その頃は福岡県や愛知県など全国各地でも同様の報道が行われていた。


◆霞が関の官僚を本当に酒席でもてなしているのか?

ところが、である。

官官接待キャンペーンがピークを過ぎた頃にチームに加わった筆者は、ほどなくして、全く別のことに気づいた。そもそも「官官接待」は、本当にこんなにも存在しているのか、という大疑問である。そう考えたのは、何のことはない、官官接待そのものの「量の多さ」に度肝を抜かれたからだ。

開示請求された書類を見ると、月に何度も、年度末はほぼ毎日、各部署ですさまじい官官接待が行わていた。「農水省」「建設省」などの霞が関官僚を接待し、ススキノの高級店やトップクラスのホテルで飲食を繰り返すのだ。支出内訳の記載を見ると、酒の量も半端ではない。夜だけでは飽き足らないのか、昼間のランチ接待攻勢もある。しかし、当然のことながら、人間の腹には限度がある。書類通りの宴会が本当に毎晩行われていたら、ほぼ全員、二日酔いだろう。昼間の仕事では役に立つまい。在籍の長い職員なら肝臓や腎臓も悪くしそうだ。それほどまでに、すさまじいのである。

そもそも、年度末はただでさえ忙しい。道庁職員は連日残業している。ススキノで中央省庁の官僚と飲み食いする余裕があるようには見えない。それに、霞が関の官僚にしても2月、3月は忙しい。通常国会の対応もある。そんな時期にわざわざ、東京から札幌に出向いて宴席に顔を出すだろうか?

そんな疑問を消せぬまま取材を続けていたら、やがて気づいた。実際の「官官接待」が含まれているにしても、「官官接待」関連の会計書類に記載された内容は、大半が虚偽ではないか、と。本当はこんなにも数多くの接待などやっていないのではないか、と。

◆公金マネーロンダリングの隠れ蓑 “書類上だけの官官接待”

開示された書類には、飲食店側の請求書もあった。店名は黒く塗り潰されているが、ホテルや高級店はオリジナルの請求書を使っており、店やホテルはほどなく特定できた。請求書の番号を読み解くと、エラーコード(簿外処理に用いる記号)も使われている。やがて「実際に宴会は開かれていません」「道庁の求めに応じて架空の請求書を発行していた」と取材に証言する飲食店やホテルが続出した。何のことはない、多くの「官官接待」はなかったのである。

やがて構図は見えた。

道庁は親しいホテルや飲食店に金額だけを指定した虚偽請求書の発行を依頼し、店側が応じる。すると、その金額が道庁から振り込まれてくる。その時点では何の飲食も提供していなから店側は預り金や簿外で処理する。そこに道庁職員がやってきて、タダのみ・タダ食いの原資として使うのだ。また店側にプールされた巨額の税金は、巨額のキャッシュで道庁にバックされることもあった。ホテルは利用券にして戻し、道庁はそれを金券ショップで現金化するなどした。すさまじい公金のマネーロンダリングである。こうして、道庁の裏には巨額の裏金がプールされた。その一部は、中央政界や霞が関に“上納”されていたという複数の証言もあった。

裏金作りには何が必要だったか。「予算の現金化」である。それを支えたのが「中央省庁の役人を接待した」という架空のストーリーだったのだ。

実際に行われた「官官接待」もゼロではなかったが、問題はやがて、カラ出張・カラ会食・カラ会議などの「カラ〜」に姿を変えていく。カラ修繕、カラ工事、カラ超勤、カラ雇用……もう何でもありだった。筆者たちの取材チームはひたすら、開示された公文書とにらめっこし、丹念に関係者の取材を重ねた。取材結果はやがて、以下のような見出しの記事となって北海道新聞紙上で実を結んだ。いずれも1996年春のことである。

飲食店でも食糧費不正 店主証言「架空請求書を作成」(4月18日朝刊)
堀知事、カラ会食疑惑 ホテルに記載なし「請求書は架空」(4月22日朝刊)
「請求書書き換え」「会食はなかった」店側から証言ボロボロ(4月23日朝刊)

◆公文書 黒塗りの下にはウソが書いてある

半年以上に及んだ「北海道庁不正経理」取材の結果、北海道は最終的に、不正経理の総額は74億円超だったと認定した。ただし、この調査報道の要諦はそこにはなかったと感じている。では、ポイントは何だったか。それは、支出関連の公文書に記されていた内容の多くが、そもそも虚偽だったことを暴いた点にある。都合の悪いことを隠すために、架空のストーリーを会計書類に記載しているのだ。開示請求で出てくる文書は肝心な箇所が黒く塗り潰されているが、地道な取材で黒塗りの下に何が書かれているかを掴んだとしても、それが虚偽なのだ。

一連の取材が「官官接待」レベルにとどまっていたら、裏金づくりを隠すための架空のストーリーにそのまま乗っかり、「官官接待は是か非か」だけを論じていたかもしれない。その怖さを思い知らされた半年間でもあった。

1996年当時の北海道新聞。「会食はなかった」という何本ものスクープ記事

■参考URL
単行本「醜い官僚たち 「官官接待」の闇」(毎日新聞社会部)
単行本「社会を変えた情報公開 ドキュメント・市民オンブズマン」(杉本裕明)
朝日新聞×HTB 道庁でカラ出張やカラ接待などで裏金を捻出する公費不正支出が発覚(YouTube動画)

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