【旧大口病院点滴殺人】犯行の実相 患者急変、落ちぬ点滴「泡立っている…」

 初公判時と同じグレーのスカートスーツ姿の元看護師久保木愛弓被告(34)は、判決が下される横浜地裁101号法廷に入廷、パイプ椅子に腰を下ろすと誰かを探すように傍聴席を見わたした。

 裁判長に促されて証言台の前に進むと、会釈をしてから深く腰掛け、まっすぐ裁判長を見つめた。

 判決の言い渡しが続く。裁判長が「死刑選択を躊躇(ちゅうちょ)せざるを得ない」と前置きすると、廷内の空気が張り詰めた。

 「無期懲役を科し、生涯をかけて自身の犯した罪の重さと向き合わせることにより…」。被告はじっと正面を向いて聞いていた。

 裁判長は被告に語りかけた。「各犯行について慎重に慎重を重ねて検討しました。苦しく厳しい評議でしたが無期懲役としました。生涯をかけて償ってほしいと思っています」

 初公判同様、厚い雲が覆い、大粒の雨がたたきつけた横浜地裁だが、言い渡しを終えると雨はやみ、雲の切れ間から陽光が注いでいた。

◆その日、何が起きたのか

 2016年9月20日未明。横浜は前日の夕刻から小雨が降り続いていた。

 消灯後、静まりかえる旧大口病院(横浜市神奈川区)の4階で患者の急変を知らせるアラームが響いた。夜勤の当直だった中村香苗看護師(仮名)は、ナースステーションのモニターに表示された名前を確認し、8人部屋の406号室に急いだ。男性=当時(88)=がいる部屋だ。

 「声をかけても反応がなく、今にも亡くなりそうでした」

 中村看護師は男性を個室に移すため、天井からつるされた点滴を外した。ベッドの上に置く。もう一人の夜勤当直だった近藤瑞恵看護師(仮名)と一緒にベッドごと廊下に出した。

 無色透明の点滴「ラクテックG輸液」がベッドの上で揺れていた。

 点滴の異変に気付いたのは、個室に移動させた直後のことだった。天井のフックにかけようと手に取ると、袋の上半分にシャボン玉のような大きな泡が充満していた。急変時には滴下速度を上げることになっているが、全く液が落ちてこない。落ちてきたのは泡状の液体だった。

 「点滴が泡立っている…」

(公判廷供述など訴訟関係資料のほか、訴訟関係者、捜査関係者、医療関係者らへの取材を基に構成しています)

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