松原みきのデビュー作『POCKET PARK』は、今、世界から注目を集める日本独自のAOR

『POCKET PARK』('80)/松原みき

11月17日、林 哲司が作曲編曲した松原みきの全楽曲を一枚にまとめたコンピレーションアルバム『松原みき meets 林哲司』がリリースされた。翌週24日にはデビューシングル「真夜中のドア~stay with me」(7インチ)と、デビューアルバム『POCKET PARK』もカラー盤として復刻。インドネシアの歌手、Rainychによってカバーされた「真夜中のドア~」が世界的に広まったことで、日本のシティポップスの先駆け的存在として、国内でも松原みきに対する再評価が高まっている。2004年に44歳の若さで急逝してからおよそ18年。当コラムでも彼女の魅力を『POCKET PARK』から探ってみたい。

奇跡的リバイバルヒット

2020年、インドネシアの歌手、Rainychがカバーしたことで世界的ヒットとなった松原みきのデビュー曲「真夜中のドア〜Stay With Me」。世界のApple Music のJ-POPランキングにおいて12カ国で1位を獲得し、合計47カ国でトップ10入りを果たした。それ以前にRainychがカバーしたDoja Catの「Say So」が世界的に注目を集めており、彼女のYouTuberとしての人気がある程度確立されていたこととはいえ、発売から40年以上経ってのリバイバルヒットは極めて稀有なことであり、ほとんど奇跡的な出来事だったと言ってよかろう。「真夜中のドア〜」はリリースされた1979年に[オリコン最高28位に入り、オリコン調べ10万4千枚、キャニオンレコード発表30万枚のセールスを記録]したというから、結構ヒットしたナンバーではある。さらには、松原みきの楽曲は、4thシングル「あいつのブラウンシューズ」(1980年)や5th「ニートな午後3時」(1981年)もわりとヒットした記憶があるので(「ニートな午後3時」は資生堂のキャンペーンソングとしてCMに起用されていた)、まったく無名のシンガーの楽曲にスポットが当たったというわけではないけれど、そうは言っても「上を向いて歩こう」のような世界的な知名度があったわけではないのは当然として、松原みきもその後、継続的にメインストリームを賑わせたシンガーではなかったので、2020年のリバイバルはどう考えても奇跡的な巡り合わせではあっただろう。

個人的なエピソードがどれほどの裏付けになるか分からないが、松原みきでちょっと思い出したことがあるので、以下に軽く書かせてもらう。それは筆者の学生時代。たぶん1986年か1987年で、「真夜中のドア〜」のリリースからは7、8年経った頃のことだったと思う。バイト先の有線から同曲が流れた。何気なく鼻歌を合わせながら作業していると、バイト先の正社員のおじさん(と言っても今思えば30代だっただろう)が“若いのに、そんな懐かしい歌、よく知ってるなぁ”と感心したように話しかけてきた。自分は松原みきがアシスタントをやっていたラジオ番組『MBSヤングタウン』をよく聴いていたこともあって、「真夜中のドア〜」もよく聴いたし、だからこそ空で歌詞が口ずさめたのだが、“懐かしい歌”と言われたのは意外だったような記憶がある。そのおじさんはかつて歌手を目指していて、夢破れてそこで働いているということを店長からそれとなく聞いていた。彼曰く、松原みきとはかつて一緒にヴォーカルレッスンを受けていたということだった。そこでいろいろとエピソードを話してくれたような気もするが、さすがにその辺は忘れた。

でも、彼が松原みきのことを親し気に“みきちゃん、みきちゃん”と呼んでいたのだけは妙に覚えているし、筆者が「真夜中のドア〜」を知っていたことを我がことのように喜んでいたことも記憶に残っている。彼にとって一緒にレッスンを受けた松原みきは共に夢を追いかけた戦友、あるいは可愛い後輩だったのだろう。もしかすると自分の夢を託すようなことがあったのかもしれない。今になってはそんなふうにも思う。バイト先のおじさんが本当に松原みきの先輩や同僚だったかも定かではないし、与太話であった可能性も十分にある。だけど、その1986年か1987年頃、リリースから7、8年経った時点では、少なくとも彼にとって「真夜中のドア〜」は“懐かしい歌”という認識ではあった。

Wikipediaで彼女のプロフィールを見てみると、ちょうどその頃にはオリジナル音源のリリースがほとんどなかったようで、彼女の名前がそれほど表舞台に出なくなっていたから余計に“懐メロ”的な印象を強くしたのかもしれない。取るに足らない個人的な思い出話で失礼した。こうはっきり言ってしまうのも申し訳ない話ではあるが、「真夜中のドア〜」はヒットした楽曲であることは間違いないけれども、いつの世のヒット曲もそうであったように、多くの人たちの記憶の中からは、そののちに出現した数々のヒット曲によって上書きされていった。そんな楽曲ではあったように思う。

名うてのミュージシャンがバックアップ

ただ、今回、「真夜中のドア〜」を含むアルバム『POCKET PARK』を聴いてみて、これがかなりの力作であり、アルバム自体、なかなかの佳作であることははっきりと理解した。オープニングはM1「真夜中のドア〜」が飾っている。シングルと異なるバージョンとのことで、イントロでコーラスが前に出ているようではあるが、印象はそう大きく変わらない。ちゃんとした…というと語弊があるが、かなりしっかりとしたAORだ。ハイハットの刻み。キラキラしたエレピ。ギターのカッティング。うねるベースライン。イントロから耳に飛び込んでくる躍動感のあるサウンドが、最後まで途切れることなく続いていく。間奏ではサックスが、アウトロではギターが踊っている。クレジットを見ると、松原正樹(Gu)、後藤次利(Ba)、林 立夫(Dr)、Jake H. Concepcion(Sax)ら、錚々たる名前が名を連ねている。元PARACHUTE、元ティン・パン・アレーを含む、日本のロックシーン、フュージョンシーンを代表する名うてのミュージシャンが彼女のバックを支えていたのだ。今となっては(個人的には…と前置きするが)歌のメロディーに若干のいなたさを感じなくもないし、ストリングスが少しばかりしつこい気がしないでもないけれど、バンドサウンドはそれを補って余りあるほどに洗練されているのは当然とも言える。

言うまでもなく、歌の主旋律は秀逸。とりわけ展開がお見事であると思う。いわゆるJ-POP構造で、落ち着いたAメロから始まり、Bメロで徐々に盛り上がっていきつつ、サビで突き抜ける。突き抜けると言っても、スパッとどこまでも昇っていくような感じではなく、抑制の効いた感じが大人っぽさを与えているように感じる。これはどなたかも指摘されていたことだけれども、サビの《Stay With Me》が英語であることも効いている。否応にも歌にキャッチーさを与えているし、それが結果的にRainychのカバーにつながったのではないかと想像することもできるだろう。また、歌メロ以外にも、例えば、1番と2番とのブリッジで奏でられるメロディーであったり、前述した間奏でのサックスやアウトロでのギター、さらには随所で聴こえてくるコーラスが、いずれもしっかりとメロディアスなため、歌は2番までで2番のサビは2回廻しとシンプルな構成ながら、聴き手を飽きさせない作りになっていることも見逃せない(聴き逃せない)。その辺も「真夜中のドア〜」がワールドワイドに注目を集めるポイントだったかもしれない。

あと、これは筆者が2000年代以降のいわゆるコンテンポラリーR&B;の歌唱に慣れすぎたからかもしれないのだが、彼女の歌い方に変な癖がないことにも好感を持った。アウトロ近くに少しアドリブっぽい箇所があるが、フェイクとかはほとんどない。歌はうまいし、圧しも効いている。若干、滑舌が悪い感じがしなくもないが、それは個性の範疇だろう。無個性とは言わないけれど、(これもまた失礼な言い方になってしまうかもしれないが)余人をもって代えがたい歌声ではない気はする。でも、そこがいいのだと思う。このメロディーとサウンドで、仮に歌声がとてもソウルフルで迫力のあるものだったとしたら、「真夜中のドア〜」の世界観はこうなってはいなかったはず。シングルがリリースされた時、松原みきは20歳だったと考えると、このくらいの温度が丁度いいように思う。そして、その彼女の歌唱もまた、「真夜中のドア〜」を世界的に広めることになった要因ではないかと想像する。

独自のAORサウンドを展開

いつの頃からかシングル曲はアルバム2曲目という不文律があるけど、この頃はそうじゃなかったのね…とも思ったりするが、それはさておき──M1「真夜中のドア〜」から始まる『POCKET PARK』は、いい意味でそのオープニングのイメージから大きくは変わらない。とても良質なAORアルバムである。どの曲も日本っぽさを残しつつ、名うての演奏陣の確かな演奏をもとに大人の鑑賞に堪えうるポップスに仕上げてある印象だ。細かく見てみると、当時はニューミュージックと呼ばれていたこともうなずけるというか、アレンジ面で意欲的な部分もあって、そこが興味深くもある。例えば、M2~M4でのラテン要素。M2「It's So Creamy」ではサンバ(Bメロのリズムはモロにそれ)、M3「Cryin'」は全体にカリプソっぽいし、M4「That's All」はボサノヴァタッチ。この3曲とも演奏は、かつて大橋純子のバックバンドを務めていた“美乃家セントラル・ステイション”のメンバーが担当しており、その辺での個性が出た結果なのかもしれない。いずれもタイプは異なるものの、スウィートさであったり艶めかしさであったり、AORの都会っぽさだけでなく、体温のようなものを注入している感じがある。

また、M5「His Woman」とM9「Trouble Maker」はAORはAORでもロック成分強め。M5は芳野藤丸の作曲編曲で、そうくれば演奏はもちろんSHŌGUNだ。基本的にはポップなナンバーではあるが、ディスコティックなリズム、芳野藤丸らしいギターに加えて、ブラスとストリングスが豪華に配されていて、何とも景気のいい感じ。サビメロがM1以上にいなたいというか、和風、昭和歌謡っぽい印象でもあって、他にはない独特な空気感がある。M9は完全にハードロック。フロアタムを多用していると思われるドラミングからちょっとグラムロックっぽい匂いもする。厚め(熱め?)のギターサウンドに関係してか、サビでは他の曲では見せない圧しが強めのヴォーカリゼーションを見せているのも注目ポイントだろうか。彼女の歌い方には変な癖がないと前述したが、決して無個性ではないことはこの辺が証明していると思う。

M10「Mind Game」やM11「偽りのない日々」がユーミンライクと言おうか、親しみやすメロディーで締め括っているのも面白いところだが、個人的に最も面白く聴いたのはM6「Manhattan Wind」。“Manhattan”をタイトルに持ってきた辺り、如何にAORを意識していたかがうかがえるところだが、そのサウンドは本作中、最も挑戦的ではないかと思う代物だ。エモーショナルなブラスセクションが彩るファンク~ソウル系ナンバー。まずサビの転調が相当興味深い。こればかりは聴いていただくしかないかと思うが、“おっ!?”と思うほどキーが上がっている。併せて、コード感も面白い。誤解を恐れずに言えば、ちょっと妙な感じすらある。ちょっと暗めだったり、そうかと思えばアッパーだったり、類型的ではない響きが歌メロに付随している。歌もサビ後半ではややセクシーな表情を見せるなど、ひと口にAORと言っても、さまざまなアプローチがあることを改めて知るところであった。この辺りは、まさにニューミュージックと言えるのではないかと思う。Rainychのカバーで「真夜中のドア〜」を知った人も多いだろうし、そこから翻ってオリジナルを聴いたというリスナーも少なくないと思うが、少しでも興味を持った人はアルバム『POCKET PARK』も是非、聴いてみてほしい。「真夜中のドア〜」がリリースから40年以上経ってもその輝きを失わなかった理由は本作にも遺されていると思う。

TEXT:帆苅智之

アルバム『POCKET PARK』

1980年発表作品

<収録曲>
1.真夜中のドア〜Stay With Me
2.It's So Creamy
3.Cryin'
4.That's All
5.His Woman
6.Manhattan Wind
7.愛はエネルギー
8.そうして私が
9.Trouble Maker
10.Mind Game
11.偽りのない日々

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