薬師丸ひろ子「古今集」ミステリアスな映画女優が演じ分けた9作のショートムービー  薬師丸ひろ子 歌手活動40周年

薬師丸ひろ子のファーストアルバム「古今集」

1984年2月当時、『古今集』という言葉でまず頭に浮かぶのは、平安時代に当時の天皇や上皇の命により編纂された「古今和歌集」だった。少なくとも1984年2月、高校の卒業式を控えて未だ進路が決まらない受験生の私にとってはそうだった。のちに “五九豪雪” とも言われる、雪の多い冬だったことを今でも思い出す。

薬師丸ひろ子さんのファーストアルバムは、そんな、古典や日本史の教科書に出てきそうな古風な言葉をタイトルにまとって、1984年のバレンタインデーに発売された。

アルバムジャケットの薬師丸ひろ子さんは、映画女優らしい佇まいを見せる。帽子をかぶりヴァーミリオンレッドの鮮やかなハイネックのワンピース姿。決してにっこりと微笑むのではなく、憂いのある表情でこちらを見つめる。

作詞・作曲竹内まりや「元気を出して」

アルバムの最初に配された「元気を出して」。作詞・作曲は竹内まりやさん、編曲は椎名和夫さん。

「元気を出して」は、竹内まりやさんのセルフカヴァーで知った人も多いだろう。私もそのひとりだ。1987年発売の『REQUEST』で聴いたのが最初だった。竹内まりやさんのカヴァーを先に聴いていたため、薬師丸ひろ子さんのオリジナルはよりピュアに、素直に聴こえた。19歳の少女でありながら不思議な、達観したような落ち着きがある。

“プレ・イントロ” といっても良い、不穏でいて繊細なアコースティックギターによる4小節は、ジャケットで憂いのある表情を見せるヒロインが映画に登場するシーンに相応しい、美しい情景を演出する。ここから落ち着いた中に煌きのあるシンセサイザーを中心とした4小節のイントロに続く。イントロの終わりにストリングスが幕を開け、ヒロインたる薬師丸ひろ子さんが登場する。ハイトーンのすっきりした声質は唯一無二だ。声を洋服に喩えるとするなら、まりやさんの声はまろやかな暖色系のセーター、ひろ子さんは薄いアイボリーのタフタブラウス、という印象を持っている。

カラオケや弾き語りで歌ってみると、決して簡単ではないメロディなのだが、彼女が歌っていると何となく簡単そうに聴こえるのが不思議だ。さすが高校時代に合唱部で活躍していただけのことはある。

味わい深さを出した椎名和夫のアレンジ

歌詞のモチーフが、失恋した友人を優しく励ます内容であることに加えて、「元気を出して」にやさしさ、素直さ、親しみやすさ…そういったキーワードが似合うのにはメロディにも起因がある。歌い出しの8小節がペンタトニック(ファとシのない四七抜き音階)であることは、曲のキャラクターを作る重要なファクターのひとつだ。

 涙など見せない強気なあなたを  そんなに悲しませたひとは誰なの?

詞でいうと上記にあたる歌い出しのメロディが、歌の中で間奏も含めて何回も登場する。途中転調し、最初のメロディに戻り、別のメロディを経てまた戻る。この繰り返しが安心感を生む。そして最後は「La-La-La」の大団円で終わる。ひとつの曲に山あり谷あり、かなりの起伏を持たせているのだが、それが平凡な歌に終わらない理由だろう。

歌の最後のLa-La-Laは、まりやさんのセルフカヴァーで山下達郎さんと薬師丸ひろ子さんによるコーラスが絶品ということで有名だが、ひろ子さんのオリジナルでも全般にコーラスが入っている。同じ東芝EMI所属だったオフコースの作品等でもみられる追っかけの効いたコーラスだ。山下達郎さんのバンドでも活躍した椎名和夫さんの編曲で、こちらも味わい深い。

作家の個性が立つ名曲たち

さて、アルバム『古今集』はオリジナルでは9曲が収められた。9曲のソングライター陣は5組に分けられる。

■ 元気を出して   作詞・作曲:竹内まりや / 編曲:椎名和夫 ■ つぶやきの音符   作詞:来生えつこ / 作曲:南佳孝 / 編曲:井上鑑 ■ トライアングル   作詞・作曲:竹内まりや / 編曲:椎名和夫 ■ カーメルの画廊にて   作詞:湯川れい子 / 作曲:大野克夫 編曲:鷺巣詩郎 ■ 眠りの坂道   作詞:来生えつこ / 作曲:南佳孝 編曲:井上鑑 ■ 白い散歩道   作詞・作曲:大貫妙子 / 編曲:清水信之 ■ ジャンヌ ダルクになれそう   作詞:阿木燿子 / 作曲・編曲:井上鑑 ■ 月のオペラ   作詞・作曲:大貫妙子 / 編曲:清水信之 ■ アドレサンス(十代後期)   作詞:阿木燿子 / 作曲・編曲:井上鑑

「元気を出して」「トライアングル」の2曲を提供した竹内まりやさんを含め、作家の個性が立つ、いずれ劣らぬ名曲揃いである。

憂いが美しい、来生えつこさん / 南佳孝さんの作品、躍動感と伸びやかさが若々しさを引き立てる、阿木曜子さん / 井上鑑さんの作品。アルバムの中では珍しい、陽光の注ぐ「カーメルの画廊にて」もひろ子さんの旅物語を思わせる。わたしのお気に入りは、ファンタジックな絵本を思わせる、大貫妙子さんと清水信之さんによる「白い散歩道」。ぽわんとした、北欧あたりの映像が浮かんでくる。

アルバムの最後は「アドレサンス(十代後期)」。Adolescence、思春期、青年期―― 19歳にしては大人っぽいフランスの香水、ナルシス・ノワール(黒水仙)の香りをまとい、蝶のようにひらひらと舞っていくさまを、のびやかなメロディに乗せて歌い上げるひろ子さん。素敵な大人の女性になっていきそうな予感を残して幕を閉じる。

『古今集』というクラシカルなタイトルからは想像できない世界が待っていた。それは、ヴァーミリオンレッドのドレスをまとったミステリアスな映画女優が演じ分ける、9作のショートムービーのオムニバスだった。

カタリベ: 彩

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