熱い心で走り続けた伝説の調査報道ジャーナリスト「バーグマン物語」

◆映画「インサイダー」のモデルになったTVプロデューサー

米国に「伝説の調査報道ジャーナリスト」と呼ばれるテレビマンがいる。ローウェル・バーグマン。米の三大テレビネットワークの1つ、CBSの調査報道番組「60ミニッツ」のプロデューサー・記者であり、数々のスクープを飛ばしてきた。かつて日本でもヒットしたハリウッド映画『インサイダー』のモデルになった人物だ。実話を元にした『インサイダー』では、主人公のテレビ・プロデューサーをアル・パチーノが演じている。

映画の舞台は1990年代の米国だ。バーグマンはある時、タバコ会社の内部資料を入手する。健康に害があることを示す科学的データだった。すぐさま本格取材に乗りだしたバーグマンは、タバコ会社B&Wの元副社長ワイガンドと連絡を取り、番組に出演するよう説得を始めた。

ワイガンドは技術部門の責任者であり、「タバコは有害」を知る得る立場にあった。しかし、B&Wと守秘義務契約を結んでいるワイガンドは、良心の呵責に揺れながらも、簡単にその求めに応じない。真実を語るべきか、どうすればいいか……

ワイガンドは悩んだ末、バーグマンの求めに応じ、テレビカメラの前で「タバコは有害」「タバコ会社はそれを隠している」という趣旨の重大な証言をしていく。ほかの取材も終わり、あとは放送を待つばかりとなった頃、あろうことか、CBSの上層部から「ワイガンドのインタビューをカットしろ」との指示が入る。なぜだ? バーグマンが見たのは、タバコ産業と密接な関係にあるCBS上層部の姿だったー。

そんな局面に立たされたバーグマンは、何を考えたのか?

調査報道とジャーナリズムの火を消さないために、どう行動したのか?

それを映画にしたのが『インサイダー』であり、映画でも語られなかった真実を描いたのが、サブスクのスローニュースで連載された「バーグマン物語 伝説の調査報道ジャーナリストの真実」だ。この連載は、米国西海岸に住むフロントラインプレス所属のジャーナリスト大矢英代さんが取材・執筆した。

ローウェル・バーグマン氏(撮影:大矢英代)

◆森の中に住むバーグマンを訪ね、語らった

バーグマンは現在76歳となり、カリフォリニア北部の森の中で一軒家に住んでいる。ヤギなどの動物を飼い、一見、悠々自適の老後に映るがそうではない。今も全米各地の調査報道ジャーナリストたちから助言を求められたり、情報提供を受けたりと日々忙しい。回顧録の執筆にも熱が入っている。

大矢さんはそのバーグマンを訪ね、膝を突き合わせ、テレビ界に入る前の時代を出発点として彼の人生を丹念に聞き取った。連載では「ウォーターゲート事件」や「ペンタゴン・ペーパーズ報道」といった、調査報道の黎明期を背景にしながら、バーグマンの取材を振り返っていく。

そして、テレビにとって(もちろん新聞も)スポンサーという存在が時に、いかにして巨大な報道の障壁になるのか、社内の壁を越えることがいかに難しいことか、読者は思い知らされる。連載後半にはギリシャの哲学者プラトンが著した「洞窟の比喩」の話も出てくる。その結末と報道の行く末を重ね合わせたとき、読者は戦慄を覚えるだろう。

しかし、同時に多くの読者は、バーグマンのジャーナリストとしての生き方に感銘を受けるはずだ。何よりも彼は熱い。熱い上に冷静で、どこか困難を楽しんでいるようにも見える。テレビ局を去った後は、カリフォリニア大学バークレー校でジャーナリズムを教え、多くの後進を育成した。大矢さんも同校で学んだ1人だ。

◆取材する全ての人々へのラブレター

「バーグマン物語 伝説の調査報道ジャーナリストの真実」を書いた大矢さんは、記事の公開後、「この連載は取材現場で行き詰まったり、悩みながら走っていたりする、すべての記者へのラブレターのつもりで書きました」と筆者(高田)に語った。沖縄のテレビ局に勤めていた時代の彼女自身がまさに日々、迷いと煩悶の中にいて、何をどう伝えるべきかを考え続けていたからだという。職場にはひと時代前の古臭い慣習もあり、理不尽と思えるやりとりもたくさんあったという。

それでも、大矢さんはジャーナリストの仕事そのものを捨て去ろうと思ったことは一度もなかったという。どんな形であっても、「取材」から離れるつもりはない。

それはなぜ?

その答えも含めて、全ての取材者、ニュースに関心を持つ多くの人々を揺さぶる“熱き心”がこの連載には詰まっている。

(フロントラインプレス・高田昌幸)

■参考URL
「バーグマン物語 伝説の調査報道ジャーナリストの真実」(スローニュース)
映画「インサイダー」
大矢英代さん(フロントラインプレスHP)

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