「ビジネスと人権」政府初調査 上場企業5割強が人権デューディリジェンスを実施

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経済産業省はこのほど、上場企業のサプライチェーンにおける人権の取り組み状況についてアンケート結果を発表した。日本企業における「ビジネスと人権」への対応を政府として把握するための初めての調査で、回答企業の約7割が「人権方針」を策定するなど人権尊重の考えを明文化し、5割強が人権デューディリジェンスを実施しているという。一方で3割が「知らない」と回答し、人権デューディリジェンスを実施していない企業の理由としては3割強が「実施方法が分からない」、3割弱が「十分な人員・予算を確保できない」と答えるなど、ビジネスと人権についてまだまだ企業の認識と対策が十分でない実態が浮かび上がった。(サステナブル・ブランド ジャパン=廣末智子)

上場企業2786社のうち760社が回答 57%が製造業

調査は経産省と外務省との連名で、2021年8月末時点での東証一部・二部上場企業等2786社を対象に、同年9月3日〜10月14日に実施。760社から回答があった。回答企業の業種は製造業が57%と最も多く、商業(12%)、金融・保険(11%)、建設(6%)、サービス(6%)などとなっている。

なお回答率が2786社中760社と、27%の低率だったことについて、経済担当省の担当者は、「人権やSDGsに対する調査の回答率は一般に2〜3割程度であり、ドイツの同様の調査でも20%だったことから、必ずしも低いとは言えない」とする見方を示している。

69%が人権尊重を明文化 うち65%が国連の「指導原則」に準拠

出典:経済産業省

回答企業のうち「人権方針」を策定している、もしくは企業方針や経営理念、経営戦略などの中に人権尊重に関する考えを明文化しているのは69%の523社。このうち方針の策定にあたって国際的な基準に準拠しているのは65%で、準拠している基準は国連「ビジネスと人権に関する指導原則」が69%と最も多かった。

2011年に制定された国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」は、サプライチェーン上で発生する人権に関する負の影響・リスクを特定・評価し、予防や軽減、救済を行うプロセスである「人権デューディリジェンス」を実施することを求めている。現在、中国・新疆ウイグル自治区における人権侵害問題なども念頭にEUでバリューチェーンにおける人権と環境に対するデューディリジェンスの義務化が進んでおり、日本企業にとってもこの問題に対処しないでいることは経営リスクにもつながる恐れが強まっている。

しかし回答企業のうち、この指導原則の内容まで把握しているのは65%にとどまり、35%は「知らない」と回答。さらに人権デューディリジェンスについても30%が「知らない」と回答した。

52%が人権デューディリジェンス実施 一方で「知らない」「必要性認識せず」も

現在行っている人権デューディリジェンスの実施対象は、 どこまでとしていますか。(複数回答可) 出典:経済産業省

一方、その人権デューディリジェンスについては、52%が「実施している」とし、その約25%が「国内・海外の間接仕入れ先まで」を対象としていた。さらに「販売先・顧客まで」を対象に実施しているのは国内が16%、海外が12%で、最終顧客まで実施しているのは国内14%、海外10%という結果だった。

また、人権デューディリジェンスを実施していない企業の32%が「実施方法が分からない」と回答。これに「十分な人員・予算を確保できない」(28%)、「対象範囲の選定が難しい」(27%)「実施を担当する部署が決まっていない」(26%)といった理由が続き、16%は「人権デューディリジェンスを知らない」と回答。中には「必要性を認識していない」(12%)、「実際に人権侵害が発生したら対応する」(11%)とするものもあった。

人権尊重 実践の課題は「十分な人員・予算を確保できない」

人権を尊重する経営を実践する上での課題は、「サプライチェーン上における人権尊重の対応状況を評価する手法が確立されていない」(43%)「サプライチェーン構造が複雑で、対象範囲の特定が難しい」(38%)といった取り組み方法に関するものと、「十分な人員・予算を確保できない」(41%)「人権対応のための各種の取り組みを自社で実施するには経済的負担が大きい」(20%)といった体制上のものとに大別され、「仮に問題があっても、取引先を簡単に変えることはできない」(21%)、「進出先・取引先国における政府・企業の人権意識の向上が必要」(15%)、「企業だけで解決できない複雑な問題がある」(15%)といった声も上がった。

また人権を尊重する経営を実践した結果、得られた成果や効果については、「自社内の人権リスクの低減」(54%)を筆頭に、「SDGsへの貢献」(37%)「サプライチェーンにおける人権リスクの低減」(34%)「ESG評価機関からの評価向上」(30%)などが挙げられた。

現在行っている人権デューディリジェンスの実施対象は、 どこまでとしていますか。(複数回答可) 出典:経済産業省

人権に関わる項目を実施している企業と、していない企業で、政府への要望分かれる傾向

一方、政府や公的機関に対する要望は、人権方針の策定や人権デューディリジェンスなどビジネスと人権に関わる基礎項目をすべて実施している企業では、全体平均と比べて「国際的な制度調和や他国の制度に関する支援」や「企業及び国民の意識向上」を求める傾向が強いのに対し、人権方針も未設定で人権デューディリジェンスも実施していない企業では、例えば「自主的な取り組みのための業種別ガイドラインの整備」を求める声も42%にとどまるなど(実施している企業では58%、全国平均は51%)傾向が分かれた。

また売り上げ規模が大きく、中でも海外での比率が大きい企業ほど、人権対応の基礎項目の実施率も高くなる傾向が表れた。もっとも、売上高に占める海外の比率が80〜90%の企業の実施率が必ずしも高いわけではない。

調査結果について、経済産業省の大臣官房ビジネス・人権政策調整室の担当者は、「人権方針の策定や人権デューディリジェンスを実施している企業と、人権に関する施策が何も進んでいない企業とでは人権に対する意識も違うことがはっきりした。今後は人権問題のさらなる周知啓発に努め、人員や予算の確保が課題とされていることなども踏まえて、関係省庁と連携し、必要な施策を打ち出していきたい」と話している。

政府は国連の「ビジネスと人権指導原則」に基づき、2020年10月に「ビジネスと人権」に関する行動計画(NAP)を策定。企業によるビジネスと人権の取り組みを政府として促進し、企業に対して人権デューディリジェンスの導入を期待することを表明しており、今回の調査もその取り組み状況をフォローアップする取り組みの一環として行われた。

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