隠す厚労省、追う調査報道取材/「戦没者遺骨取り違え公表せず」スクープの裏側 NHK報道局社会部取材班(2018年〜) [ 調査報道アーカイブス No.68 ]

シベリアでの遺骨収集(厚生労働省のHPから)

◆「千鳥ヶ淵の戦没者墓苑には日本人ではない遺骨が眠っている」

行政が隠蔽する事実を調査報道で明らかにできたとしても、行政の姿勢を変えさせることは至難の業だ。いくつもの言い訳は持ち出すものの、根本的には非を認めず、現状変更を頑なに拒む。そんな実例が数え切れないほどある。

こうした対応をすべて想定したうえで、行政側がぐうの音も出ないほどのスクープを連発できたら、記者冥利に尽きるであろう。2020年の新聞協会賞を受賞したNHK報道局社会部の「戦没者遺骨の取り換え問題」取材は、それを見事にやり遂げ、政府の姿勢を転換させた。

第2次世界対戦で戦死した日本人の遺骨収集事業は1952年度に始まり、東京・千鳥ヶ淵の戦没者墓苑には約37万人の遺骨が納められている。NHKのスクープはその遺骨収集をめぐるものだった。

端緒は「ある霞が関周辺の人」から取材班代表・木村真也氏にもたらされたという。相手は「千鳥ヶ淵の戦没者墓苑には日本人ではない遺骨が眠っている」と言い、その事実は「厚生労働省にとってタブー」「開けてはならないパンドラの箱」なのだと表現した。

千鳥ヶ淵の戦没者墓苑(千鳥ヶ淵戦没者墓苑奉仕会のHPから)

◆隠す厚労省、追う調査報道取材

さまざまな資料に目を通した木村氏が、最初に手を付けたのは2010年に発覚したフィリピンでの遺骨収集にまつわる疑惑だった。それはどんな内容だったのか。

フィリピンでは、厚生労働省が09年度からNPO法人に遺骨収集を委託した。ところが、委託後に遺骨の数が激増し、フィリピン人の遺骨が混在している疑いが指摘された。このとき、厚労省は「現地で収集した遺骨には怪しいものが混じっていたが、日本に戻した遺骨はすべて問題ない」という説明に終始していた。

木村氏はその後の取材経緯を『新聞研究』(2020年11月号)で明かしている。

厚労省の説明を覆す材料はないか。私たちはさまざまな関係者への取材を続ける中で、遺骨のDNA鑑定は、厚労省が1人の専門家だけでなく、現地の遺骨を3つに分けて、3人の専門家に委託していたことを突き止めた。

専門家3人のうち2人は「日本人とみられる遺骨は一つもなかった」という鑑定結果をまとめたのに、厚労省が6年以上も公表を見送っていたことを把握したのである。隠す厚労省、追うNHKの調査報道。その戦いに最初に勝ったでのある。この事実は2018年8月16日、全国ニュースでスクープ報道された。「日本人の遺骨はない」という衝撃の事実が白日の下にさらされたのである。

それでも厚労省は姿勢を変えない。「鑑定書は隠す内容ではなく、隠していたわけではない」「日本に帰還した遺骨に(フィリピン人の遺骨が)混入した事実はない」という釈明を続けた挙句、フィリピンでの遺骨収集を再開しようとしていた。

厚生労働省

◆非公開の「DNA鑑定人会議」の存在をつかむ シベリアでも隠蔽

「スクープがうやむやにされてしまった」―。このままでは終われないと思った木村氏は新たに取材班を結成し、取材を続けた。関係者と接触する中で、「遺骨の取り違えはフィリピン以外でもある」という証言に加え、この問題のカギを握る「DNA鑑定人会議」という非公開会合の存在を知った。戦没者の身元を特定するため、2003年度から開催されている会議だ。しかも、その会議では「遺骨の取り違えがたびたび指摘されている」といった証言も得た。

取材班のメンバーは全国を回って関係者と会い、ついに非公開会議の議事録の一部を入手した。そこには2018年8月の会議の席上、厚労省がシベリアで収集した16人分の遺骨をめぐって専門家が「すべて日本人ではない」との鑑定結果を示していたという事実が明記されている。厚労省はこの事実を発表していないことも明らかになった。

取材班は2019年7月29日、シベリアでのルポを交えて全国ニュースで報道。8月5日には、2017年のDNA鑑定人会議でも「シベリアの別の埋葬地で収集した70人分の遺骨が日本人ではない疑いが指摘されていた」ことを報じた。

シベリアでの遺骨収集(厚生労働省のHPから)

◆「隠された事実はないか、説明に矛盾はないか」を繰り返す

そこに至っても厚労省の姿勢に大きな変化は見られない。報道を過小評価したり、「NHKはまだこの問題をやるのか」と探りを入れたりする程度だったという。ただ、一連の報道によって、新たに幾人もの関係者が取材に協力してくれるようになった。そして遂に、DNA鑑定人会議の全貌が分かる膨大な書類を入手した。2005年から2019年までの会議で、複数の専門家が計15回にわたって遺骨の取り違えを指摘していたという決定的な事実が文書に残っていたのである。

こうした内容を2019年9月12日のニュースで報じると、厚労省はようやく態度を一変させた。翌日、加藤勝信・厚労相(当時)は、遺骨収集事業の問題点を検証する考えを初めて表明。9月19日には「シベリアで収集した597人分の遺骨が日本人でない可能性がある」と言及し、このうち336人分の遺骨は千鳥ヶ淵戦没者墓苑に納められたままであることも明らかにした。翌2020年5月になると、遺骨の科学的に鑑定する組織の新設など、従来の収集や鑑定の方法を抜本的に見直す計画も発表になった。3年に及んだ取材の成果が、政府に誤りを認めさせ、その姿勢を変えさせたのである。

木村氏は新聞協会賞受賞に際し、日本新聞協会のサイト「ジャーナリズムの力」に「取材を振り返る」と題して寄稿し、最後をこう締めくくっている。

不都合な真実を隠し、論点をはぐらかし、真実から国民の目を遠ざけようとする。こうした行政の対応は、今回の問題に限ったことではない。現場を駆けずり回って物証を探し、説明の矛盾を突き、続報を重ねる。こうしたジャーナリズムの基本を地道に繰り返さなければ事態は動かないことを、今回の取材であらためて思い知らされた。隠された事実はないか。その説明に矛盾はないか。新聞協会賞の名に恥じぬよう、今後も取材を続けていきたい。

(フロントラインプレス・本間誠也

■参考URL
日本新聞協会「粘り強くタブーに迫る」(NHk木村真也氏の寄稿)

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