歌手活動40周年、薬師丸ひろ子の “これまで、現在、そしてこれから”   薬師丸ひろ子 歌手活動40周年

平凡な女の子が一躍スターに、薬師丸ひろ子のフォーマット

「顔をぶたないで!…… わたし、女優なんだから!」

―― 映画『Wの悲劇』で、薬師丸ひろ子演ずるヒロイン・静香が放つ名台詞である。平凡な劇団の研究生に過ぎなかった彼女が、ひょんなことから三田佳子演ずる看板女優のスキャンダルの身代わりで記者会見に臨み―― 迫真の “演技” で一躍、時の人に。その夜、彼女に思いを寄せる世良公則演ずる昭夫から平手打ちされ、その直後に放った言葉である。

同映画は、劇団の研究生が数奇な運命から舞台女優の役を得るストーリーと、劇中の舞台劇「Wの悲劇」で箱入り娘が母親の身代わりで殺人犯と偽り、一人の女性として覚醒する姿がシンクロする二重構造になっている。

そう、平凡な女の子が、ひょんなことから騒動に巻き込まれ、一躍スターに――。そのフォーマットは、同映画のヒロインのみならず、実は薬師丸ひろ子サン自身の人生にも当てはまるのではないか。

思えば、13歳の中学1年生の時、知人の送った写真が角川春樹社長の目に止まり、映画『野性の証明』のヒロインに抜擢されたのが、彼女の女優人生の始まりだった。同映画は1978年の日本映画の配給収入第1位となり、あか抜けない、小柄な少女は一躍、銀幕のニュースターに躍り出る。

「薬師丸ひろ子」という壮大な一大絵巻

だが、少女に女優業への執着はなかった。高校受験を控え、引退を考える彼女を角川は遺留し、時間を拘束しないCMの仕事を入れる。それが、実相寺昭雄監督の手による資生堂のロングCM「色」だった。同CMは1979年1月4日に1度だけ放送され、カンヌ国際広告祭で金賞を受賞する。

1980年、高校に進学した少女は、相米慎二監督のデビュー作となる映画『翔んだカップル』のヒロインに起用される。当初、彼女は気乗りせずにオファーを固辞するが、先の『野性の証明』で共演した高倉健の助言もあり、承諾。同映画はその年のキネマ旬報ベストテンで邦画11位と高い評価を得る。

更に翌1981年、少女はその相米監督からの再オファーで、映画『セーラー服と機関銃』に主演。加えて、監督から主題歌も歌うように提案され、戸惑いつつもレコーディング。その同名主題歌は映画と共に大ヒットして、年間シングルランキング2位に輝いた。

―― これらのエピソードからも分かる通り、薬師丸ひろ子という稀代のスターは、自ら積極的に運命を切り開くというよりは、ひょんなことから周囲に巻き込まれるカタチで、気がつけば期待値以上の結果を残す―― そんな印象を受ける。その意味では、映画『Wの悲劇』のヒロイン・静香と重なる。

いや、考えたら、彼女が主演した映画――『セーラー服と機関銃』にしろ、『探偵物語』にしろ、その役柄は平凡な女の子が、ひょんなことから大騒動に巻き込まれ、大きな仕事を成し遂げ、大人の女性へ成長するフォーマットが多い。ある意味、薬師丸ひろ子サンがスクリーンの中で、もう一人の自分を演じている、とも。

もしかしたら、僕らは『薬師丸ひろ子』という壮大な一大絵巻を、そのデビューから今日に至るまで、客席から観劇させてもらっているのかもしれない。映画『Wの悲劇』の二重構造じゃないが、彼女の個々の作品は、薬師丸ひろ子物語における、いわば “劇中劇” である。

近年のライブ映像を観て実感する、薬師丸ひろ子が課した “掟”

実際、彼女の歌手活動40周年を記念して、最近開設されたYouTube公式チャンネルで近年のライブ映像を見るにつれ―― その思いは深まる。彼女がステージで、かつて自ら主演を務めた映画主題歌を披露するたび、僕ら聴き手の脳裏には、“あのころ” の情景がコンマ数秒でよみがえるのだ。

さもありなん。そこにはちゃんと理由があった。過去のヒット曲を歌うことに対して、薬師丸サンは自ら、ある “掟” を課しているという。それは、原曲キーで歌うこと、そして節回しなどを変えずに、当時のアレンジのまま聴いてもらうこと――。特に映画主題歌の場合、映像と歌が一体化して観客の思い出の中にあり、それを壊したくはないから、と。

かつて、薬師丸サンのステージパフォーマンスは、“合唱団風” と揶揄されたように、癖のない真っすぐなハイトーンボイスと、直立不動の姿勢が持ち味だった。今も基本、そのスタイルは変わらない。それは、敢えて変えないように努力しているのだ。米国演劇畑仕込みの発声法で40年前と同じキーを保ち、過剰な節回しや振付けは極力抑えるという。

こんな話がある。以前、八代亜紀さんがあるトーク番組で「歌に感情を込めない」という趣旨の話をしていた。曰く「感情を込めると、歌は歌手自身のものになる。だが、感情を込めずに曲の世界観だけを伝えると、聴き手がそこに自分を投影する」と。実際、銀座のクラブ歌手時代、感情を込めないで歌ったところ、ホステスたちが急に泣き出したという。

―― 恐らく、薬師丸サンも同じお考えだろう。そう、素顔の薬師丸サンはファンや聴き手の心情に寄り添う、極めて “普通” の感覚をお持ちの方。普段からまるでスター然としておらず、いい意味でオーラを消せる人(褒めてます)。映画『セーラー服と機関銃』のラストに、セーラー服と赤いハイヒールで、人混みの新宿ホコ天を歩くゲリラ撮影(望遠カメラによる隠し撮り)のシーンがあるが、あの2分30秒の長回しの間、彼女の存在に気付いた歩行者はわずか3人だけだったという。

そう言えば、僕も一度だけ、映画『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』で薬師丸サンとお仕事をご一緒した際に、彼女にパンフレット用のインタビューをさせてもらったが、ホテルの部屋を訪ねると、なぜかこちらにペコペコして、「えーっと、お茶お茶……」と、部屋の中を走り回る、ちょっと天然な人だったのを覚えている。全然、スターっぽくないのだ(褒めてます)。

女優として、そして歌手として新たな境地へ

冒頭の話に戻る。映画『Wの悲劇』で薬師丸サンは数々の映画賞を受賞し、本格的に女優として開眼する。それは、同映画のヒロイン・静香が劇中劇で覚醒し、迫真の演技を見せるシーンと重なり、リアルとフィクションが入り組んだ不思議な感覚だった。やはり―― 僕らは一大絵巻 “薬師丸ひろ子物語” を見続ける観客であり、彼女の一つ一つの作品は、その劇中劇なのかもしれない。

角川春樹事務所から独立した1980年代後半以降、薬師丸サンは更に活動の幅を広げ、音楽面では竹内まりや、松本隆、中島みゆき、井上陽水、そして玉置浩二らとの交流から、新たな境地へと踏み出した。

そして2000年代に入ると、クドカンこと脚本家・宮藤官九郎との仕事が増え、ドラマ出演の機会も増大。その集大成とも言える2013年のNHK朝ドラ『あまちゃん』では、劇中歌の「潮騒のメモリー」を披露。これをキッカケに若い世代のファン層も増え、歌手・薬師丸ひろ子に改めてスポットライトが当たる――。

普段はまるでスター然としておらず、オーラを消してる薬師丸サン。しかし、不思議と各界の才能ある人々を惹きつける魅力があり、ひとたび巻き込まれた彼女は覚醒し、その都度、結果を残してきた。

さて、次に薬師丸サンが巻き込まれる相手は誰だろう。

カタリベ: 指南役

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