大滝詠一はグルーヴ感あふれる優れたロックンロールのヴォーカリストなのだ!  合掌 12月30日は大瀧詠一の命日です(2013年没・享年65)

大滝詠一が放つ、アーティストとしての大きな存在感

大滝詠一が2013年12月30日に亡くなってから8年が過ぎる。しかし、名盤『A LONG VACATION』(1981年)に収録されていた「君は天然色」「カナリア諸島にて」「恋するカレン」などの収録曲が、最近でも多くのシンガーにカバーされたりCMや番組で使用されるなどで若い世代にも耳馴染みのある曲として親しまれていたり、2021年3月には『A LONG VACATION』の発売40周年記念として『A LONG VACATION VOX』(CD、Blu-Ray、アナログレコード、カセットの各メディアによって音源を収録したマルチタイプボックス)という極めてマニアックなアイテムがリリースされるなど、彼のアーティストとしての存在感はいまだに大きなものがある。

『A LONG VACATION』という傑作アルバムをつくったということだけでも大滝詠一の名は後世に語り継がれるに十分だと思う。けれど、同時に彼が、日本のポップシーンではきわめて特異なタイプのアーティストであったということも、少しだけ触れておきたい。

たとえば、冒頭で触れたように、大滝詠一の楽曲は世代を越えて多くの人に愛されている。それも「君は天然色」などのように大滝自身が歌っている曲だけでなく、吉田美奈子らの「夢で逢えたら」(1976年)、松田聖子の「風立ちぬ」(1981年)、森進一の「冬のリヴィエラ」(1982年)、薬師丸ひろ子の「探偵物語 / すこしだけやさしく」(1983年)、小林アキラの「熱き心に」(1985年)、小泉今日子の「怪盗ルビイ」(1988年)など、多くのヒット曲を手掛けている。まさに、その作品は誰もが知っていると言ってもいいだろう。

「A LONG VACATION」は音楽性で勝負、作品にすべてを語らせるアーティスト

けれど、動いている大滝詠一を見たことがあるという人は非常に少ないのではないかと思う。それというのも大滝詠一はラジオには出てもテレビには出ない人だったから。1970年代には何回か出たことはあるけれど、1980年代以降はまったくテレビには姿を見せていないハズだ。

ライブの回数も多くはなかった。それでもはっぴいえんど時代にはある程度のステージはこなしていたし、僕自身もはっぴいえんどが出るライブはけっこう観に行っていた。しかし、ソロになってからはコンサート自体がきわめて少なくなっていく。1980年代になっても伝説の『ヘッドフォン・コンサート』(1981年12月3日 ※客席の位置によって聴こえ方が変わらないように、観客がつけたヘッドフォンにミキシングされた音が発信された)や、サザンオールスターズ、ラッツ&スターと共演した西武球場の『ALL NIGHT NIPPON SUPER FES ’83 / ASAHI BEER LIVE JAM』(1983年7月24日)などの記憶に残るライブもあったし、1985年6月15日に国立競技場で行われたチャリティイベント『国際青年年記念 ALL TOGETHER NOW』では、一時的に再結成されたはっぴいえんどで出演したりしているが、パフォーマンスをする大滝詠一を目にする機会はきわめて限られていた。

だから、あの時代でさえ “動く大滝詠一” はかなりレアだったし、レコードジャケットにも大々的に彼の写真が載ることはあまり無かった。だから、その作品の知名度に対してキャラクターとしての彼自身は圧倒的に知られていなかった。

逆に言えば、キャラクターとしての存在感をアピールしてこなかったからこそ、『A LONG VACATION』は純粋に音楽性だけで勝負することができたし、彼自身も “作品にすべてを語らせるアーティスト” という姿勢を貫くことができたのではないかとも思う。

幅広い唱法をもつ優れたヴォーカリスト

そして、もうひとつだけ言っておきたいと思うのは、大滝詠一は優れたヴォーカリストだということだ。彼のライブが少なかったのは、けっしてライブパフォーマーとして力量が無かったのではなく、彼の価値観が一回のライブの盛り上がりよりも、作品としての完成度に重きを置いていたからだと思う。そうでなければ『ヘッドフォン・コンサート』なんていう企画は思いつかなかっただろう。

『A LONG VACATION』や『EACH TIME』などでは、クルーナータイプ(1930年代からスタンダードだった声を張らないなめらかな唱法)の歌い方をメインにして、あまりシャウトはしない印象がある。けれど、実は彼はかなり幅広い唱法をもつ歌い手なのだ。彼がはっぴいえんどのヴォーカリストだったのは伊達ではない。

実際にライブでも、彼は気が向くと、たまにエルヴィス・プレスリーなどのオールディーズロックを歌ってみせることがあったが、それは圧倒的にホンモノだった。彼は、グルーヴ感あふれるロックンロールを聴かせられるヴォーカリストなのだ。

細心の注意を払い時間をかけたヴォーカルレコーディング

大滝詠一のレコードを聴いて、ヴォーカルにあまり力をいれていないのではないか、と感じる人もいるかもしれないとも思う。トリッキーなフェイクやシャウトを多用せず、なめらかで心地よいその歌い方は、一見、誰でもできそうに感じられるのではないか。けれど、こんなふうにスムーズに声をコントロールするのは至難の業なのだ。どこまでも気持ちよく耳に流れ込んでくる大滝詠一のヴォイスコントロールは見事という他ないと思う。

だから、大滝詠一はヴォーカルレコーディングにも細心の注意を払い、可能な限りの時間をかけた。有名なエピソードだけれど、大滝詠一は歌を録音する時にはスタジオ内に誰も入れず、一人きりでミキシングをしながら歌入れを行った。だから、実際に彼がどのようにヴォーカルを録音していたのかを見た人はいないという。

一度、彼に「声のコンディションはその日によって少しずつ違ったりするのではないかと思うけれど、ヴォーカルのダビングには関係しないのか」と尋ねたことがある。答えは「同じコンディションになるまで待てばいいんだよ」だった。まさに、彼の完璧主義者ぶりを再確認させられた思いがした。

大滝詠一が語られる時には、サウンドクリエイター、ソングライター、プロデューサーとしての側面が主に語られることが多いとのではないか、という気がする。しかし、そうした音楽性を、彼のヴォーカリストとしての魅力が最終的に完成させているのではないかと思う。

カタリベ: 前田祥丈

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