ヘルプマークを付けて「席を替わって」とお願いするのはアリ? 譲る人と譲られる人、両者に漂うもやもや感

 

ヘルプマーク

 赤地に白い+(プラス)とハートがデザインされた「ヘルプマーク」。都内では街中や電車で見掛ける機会が増えてきた。ストラップ付きのマークを身に付ければ「障害や病気があるので、配慮をお願いします」という意思表示になる。

 私は昨年、足の手術を受け約4カ月間、初めてヘルプマークを付けて外出した。当事者になって実感したのは「配慮を求める人」と「配慮できる人」を隔てる、もやもやした壁だった。(共同通信=山岡文子)

 ▽目立てば大丈夫?

 マークを身に付けている人を電車内で見掛ければ席を譲ってきた。友人の中にはマークを利用する人もいるので、使い方は理解しているつもりだった。

 それでも、自分が使う立場になると、どこに付ければいいのか迷った。リュックやショルダーバッグに付けている人を時々見掛けるが、正面からは見えにくい可能性もある。そこで、マークの位置を変えやすいから斜め掛けできるポーチに付けることに決めた。

 外出するときは、手術した部位に負担をかけないよう、ややがに股で体重を両足のかかとに載せて歩いた。マークは、おなかの前。周囲の人は私をかわし、すれ違っていった。

 ▽優先席に座る

 手術直後は階段の上り下りも難しかったので、あらゆる場所でエスカレーターやエレベーターを探した。駅のエレベーターでは、つえを使う人、動作がゆっくりのお年寄り、車いすに乗った人、ベビーカーを押す人、ヘルプマークを付けた人などと乗り合わせた。 

ヘルプマークを付けていた当時は、どこに行ってもエスカレーターを探した=2021年12月、東京・JR大崎駅

 電車では迷わず優先席を目指した。席が埋まっていても誰かがさっと立ち上がってくれた。私よりも明らかに年上の人や、荷物をたくさん抱えた人が「ここに座って」と言ってくれたこともある。

 誰も譲ってくれなければ「もしよろしければ席を替わっていただけませんか」とお願いした。断られたら仕方がないのだが、そんなことは一度もなかった。

ヘルプマークを付けてエレベーターを利用していたころは、さまざまな配慮を必要としている人と乗り合わせた=2021年12月、東京・JR大崎駅

 ▽席を譲ってもらえなくなる 

 こんな経験が続いたため「ヘルプマークの効果はなかなかのものだ」と思っていた。しかし考え直さざるを得ない日がやってきた。スニーカーを履いて外出するようになったとたん、席を譲ってくれる人が激減したのだ。

 みんなヘルプマークに気付いて席を替わってくれたのではなかったの?

 実は当初、私は素足にばんそうこうを貼り、スポーツサンダルを履いていた。足の状態が周囲に見えやすかったようだ。スニーカーで私の足が見えなくなったのが、席を譲ってもらえない理由としか考えられなかった。

JR東日本の電車の優先席近くの窓に貼られているステッカー=2021年12月、JR大崎駅

 この体験が自分だけではない可能性を示すアンケートが昨年11月、明らかになった。実施したのは「障がい者」の就職や転職を支援する企業「ゼネラルパートナーズ」(東京)が運営する「障がい者総合研究所」。

 「ヘルプマークを知っていますか」という質問に答えた身体障害や精神障害、知的障害がある人164人のうち80%の131人が「はい」と回答した。「ヘルプマークはあなたが想定した通り、役立っていますか」という問いに答えた142人中「どちらかというと役立っていない」「役立っていない」と答えた人の合計は106人に上り74%を占めた。

ヘルプマークに関するアンケート結果

 役に立っていないと感じる利用者が、なぜ多いのか。調査をまとめた戸田重央所長は「マークを利用できる障害の対象が広過ぎて、どんな配慮をすればいいのか周囲に分かりにくいせいではないでしょうか」と分析する。「電車内で座っているときにマークを付けた人が前に立っても、席を譲ったほうがいいのか、その他の配慮を必要としているのかが外見で分からなければ、言い出しにくい可能性があります」

 こうした配慮する側の迷いを示唆する調査もある。東京都が2019年に行った障害者差別に関するアンケートによると「障害のある人と接したことはあるが、支援をしたことはない」と回答した人に、その理由を尋ねると「特に支援を必要としているようには見えなかった」「自分に手伝えるかどうか分からなかった」が多かった。

 国土交通省が同年に行った「心のバリアフリー」に関するアンケートでは、優先席を譲らなかった理由で多かったのは「自分が体調不良・けがをしていたから」と併せて「譲るべき相手かどうか判断がつかなかったから」だった。

 いずれのアンケートも母数が少ないため断言できないが「どんなことに困っているか分からない人には手を差し伸べにくい」と考える人の存在が浮かぶ。

 ▽線引きできない

 しかしヘルプマークは本来、見えない障害がある人が配慮を受けやすくするのが目的だ。

 10年前、全国で初めてヘルプマークを導入したのは東京都。12年10月26日、都営大江戸線の駅でマークの配布を始めた。都のホームページには、こう明記されている。「義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、または妊娠初期の方など、外見からは分からなくても援助や配慮を必要としている方々が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせることで、援助を得やすくなるよう、作成したマークです」

 都の篠和子・共生社会参加推進担当課長は「あくまでも例として挙げましたが障害は多岐にわたるため、行政として線引きをするべきではないと考えています」と話す。「なんらかの障害があり、配慮を必要とする人はマークを利用してください。身に付けている人を見掛けたら席を譲ったり、声を掛けたりしてください」と呼び掛ける。

 私のように自分から「席を替わってほしい」とお願いしてもいいのだろうか。篠課長は「もちろんです」。障がい者総合研究所の戸田所長は「それも、ありでしょう。ただ毎回、自分から言い出すことがストレスになる人もいます。やはりマークを付けている人には周囲の人が声を掛けてほしいですね」。

優先席に座るときは、ヘルプマークが必ず周囲に見えるように気を付けた=2021年12月、JR大崎駅

 ▽疑いの目

 「ちょっと納得できない」と私の友人は言う。どこも悪くない人がマークを悪用する可能性が気になるのだ。私は入院前に都営線の駅でもらったが駅員は何も尋ねず、笑顔で渡してくれた。

 戸田所長は「詐病ではないかという疑いの目を向ける人は確かにいるでしょう。ヘルプマークが浸透しにくい理由のひとつになっているかもしれません」とした上で「ただ全ての人に配慮を求めるのは現実的ではありません。手を差し伸べたいと思っている人に、必要としている配慮がうまく伝わればいいのですが」。

 ▽さりげない行動

 そこでヘルプマーク初心者なりに考え、いくつか浮かんだアイデアを行動経済学が専門の大竹文雄・大阪大学特任教授にぶつけてみた。大竹教授は、人がよりよい選択をするよう誘導する行動理論「ナッジ」の研究者。ナッジは英語で「肘でつつく」「背中をそっと押す」という意味で、本人の選択の自由を確保しながら行動変容を促す考え方。強制しないことが特徴だ。

 大竹教授が効果的だと判断したのは「私は○○の障害があります。座れると助かります」と書いた文書をマークと一緒に見えるように付けること。「どんなデザインや言葉がいいかは検証しないと分かりませんが、シンプルなメッセージであることが大切です」

大竹文雄・大阪大特任教授(提供写真)

 障害の内容を知られたくない人もいるので、文言は人それぞれだろうが、席を譲っていいと考えている人がぱっと理解できれば、ためらわず「どうぞ」と言えそうだ。私がもらったマークに、こうした説明を書き込める紙も付いていたが、小さい文字でしか記入できないため少し読みづらい。

 マークの利用者からは「知らんぷりされた」「スマホをのぞき込んで気付かないふりをされた」という声も上がる。大竹教授は「それは認知度がまだまだ低いから」と考える。

 いいナッジの条件は「簡単」「魅力的」「社会規範に沿っている」「タイミングがいい」の四つがそろっていることだという。大竹教授は「マークを見せられても、意味を知らなければ席も替われません。そういう意味で『簡単』とは言えないでしょう」と話す。「だからこそマークに分かりやすいメッセージを付けて、そっと見せれば配慮を求めていることが明確になり、見た人は、さりげなく席を替われるのではないでしょうか」

 「席を替わってください」と声を掛けるのはどうでしょう?

 「席を替わったのは『人に言われたから』と周囲には見えますよね。その人に恥ずかしい思いをさせるので、いい方法ではないと思います」とばっさり。声を掛けるにしても、まずメッセージを見せれば、相手も理由を理解できるので行動に移しやすくなるという。

 「絶対に席を替わってもらえる魔法の方法」は、恐らく存在しない。メッセージを見せたのに席を替わってもらえなかったり、嫌がらせを受けたりした人もいるかもしれない。

 それでも「席を替わるってかっこいいよね」とひそかに実感した人が増えれば、変化は起きるのではないだろうか。大前提は席を譲る人、譲られる人の立場は対等だということ。また、障害のある人がヘルプマークを付けずに優先席に座る選択もあるだろう。

 私がヘルプマークを付けていた間、「席を替わって」とお願いして譲ってくれたみなさまにはこの場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。

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