恒大集団デフォルト 習近平の眠れぬ夜|石平 成長と繁栄の神話が一気に崩れるという悪夢のような事態。長年の中国不動産バブルの崩壊を予兆する歴史的大事件の勃発か。一国の経済の地滑り的沈没カウントダウン!中国の「死期」が近づいている。

「不動産バブル」が信じられないレベルに

中国の不動産開発大手、恒大集団が33兆円にものぼる巨額な負債を抱えて、デフォルト(債務不履行)寸前の窮地に立たされている。

恒大集団は1996年に、創業者の許家印氏の下、社員数わずか十数名で設立された零細企業だった。創立から25年、従業員数は20万人、年間売上は7000億元(約12兆円)の超巨大企業に成長。驚異的な急成長の背後には、1990年代半ばから始まった中国の不動産市場の急成長と、それに伴う不動産バブルの膨らみがあった。

恒大集団創立前後、中国では国家による住宅配給制度の廃止を骨子とする住宅改革が実施され、十数億人の国民の多くが家を買い、「不動産」を保有するようになった。

この巨大な需要を背景に、国内の不動産開発業がゼロから興り、中国経済を支える一巨大産業に成長してきたのだ。それに伴い、「不動産バブル」が信じられないレベルにまで膨らんでいる。

34億人分の住宅が建設済み=超飽和状態

2019年、中国全土で行われた不動産投資の総額は、13・2兆元にも上った。現在の為替レートで日本円に換算すると226兆円、世界第三の経済大国日本の国内総生産(GDP)の4割以上に相当し、当年度の中国のGDPの13%以上を占めている。一国のGDPの十数%が不動産投資によって創出されているとは、世界の経済史上でも類を見ない。「不動産業は中国経済の支柱産業」と言われる所以はここにある。

2020年には中国全土の不動産投資総額はさらに増え、14・14兆元(約242兆円)にのぼった。 年々莫大な不動産投資を行えば、住宅を含めた国内の不動産の総量が、いずれ需要を超えて供給過剰に陥る。事実、建築済みの住宅は約34億人分の居住需要を満たす量にまで膨れ上がっている、という驚くべき数字が近年、中国国内で広く流布されている。

これは専門家やジャーナリストなどが中国経済を論じる際に用いる数字の一つであり、かなり実態に近い数字といえる。つまり、中国の不動産市場は、すでに国民の需要をはるかに超えた超飽和状態に陥っているとみて間違いない。

住宅平均価格は年収の59倍

すると、「住宅がそれほど余っているのに、依然としてなぜ不動産投資が伸びているのか」という疑問が生じる。だがその理由は簡単で、この二十数年間、富裕層はもちろん、一般の公務員やサラリーマン皆が、自分の住む家以外に、持ち家や分譲住宅を2軒、3軒と投資や投機目的で買ってきたからである。

実際、中国にいる筆者の親戚や友人たちも皆そうしている。いまの中国では、不動産の2軒、3軒を保有していない人は「人にあらず」という雰囲気すらある。 すなわち、中国の不動産市場は完全に、実際の需要とは無関係の投資や投機市場となっているのだ。

一方、投資や投機が盛んになっていることで、不動産価格は継続的に上昇する。投資・投機的な購買は、不動産価格を上昇させる大きな原動力となっている。その結果、中国の不動産価格はすでに凄まじいほど高騰している。たとえば、住宅平均価格が年収の何倍かを示す数値を見ると、東京やニューヨークは9~14倍であるのに対し、上海のそれは59倍、深センや北京でも50倍を超えている(金融シンクタンク「如是金融研究院」)。

「年収の50倍」は、日本のサラリーマンの感覚からすればおよそ数億円の大金になろうが、上海では一般人が普通の住宅をこのような異常な価格で買わざるを得ないのである。

投資と投機によって不動産価格がそれほどまでに高騰している状況は、不動産バブル以外の何ものでもない。いまの中国の不動産バブルの規模と「バブル度」は、1980年代の日本とリーマンショック以前のアメリカのそれをはるかに超えている。史上最大の不動産バブルが、いま中国で膨らんでいる真っ只中なのだ。

GDPの約半分に相当する額の借金

こうした中国の異常な不動産バブルは、金融機関からの借金で成り立っている面がある。2021年6月末時点で、中国の各金融機関が不動産向けに行った融資残高は50兆7800億元(約873兆円)に達しており、過去10年間で約5倍、中国のGDPの約半分に相当する規模にまで膨らんでいる。「中国の不動産バブルは金融バブルの上に成り立っている」ことに対して、中国の金融行政は大変な危機感を抱いている。過去の日本の事例からも明らかなように、金融機関からの融資を頼りにした不動産バブルが一旦崩壊すれば、金融機関と金融業全体が多大な打撃を被る。

「灰色のサイ」

2020年11月、中国金融行政のトップの口から、不動産バブルに対する警告が発せられた。中国人民銀行党委員会書記で、中国銀行と保険業管理監督委員会主席の郭樹清氏は経済関連フォーラムの席上、こう発言した。 「不動産バブルは、いまやわが国の金融安全を脅かす最大の“灰色のサイ”となっている」 「灰色のサイ」は中国では近年よく使われる言葉の一つだ。動物のサイは普段はおとなしく見えるが、ひとたび暴れたら何をするか分からない。郭氏がこの比喩的表現を用いて語ったことは、中国の不動産バブルがひとたび弾けたら恐ろしい破壊力を持って金融を襲うことを意味している。

郭氏はさらに2021年3月、「多くの人々が、住むためではなく投資・投機のために不動産を購入している。極めて危険だ」と発言し、バブルを作り出した投資・投機的な不動産購入に再度警告を発した。

だが、人々が彼の警告に耳を貸さなかったのか、6月10日、業を煮やした郭氏は、まるで恫喝ともとれるような強い言葉でこう述べる。「不動産価格が永遠に下がらないことに賭けている人々は大きな代価を払うこととなろう!」

不動産バブルの膨らみに対する中国政府の強い危機感の表れである。

三つのレッドラインー恒大集団転落の始まり

習近平政権は、さまざまな政策手段を用いて不動産バブルの抑制に躍起だ。2軒目の不動産購入に対する制限は全国各地で以前から実施されていたが、政府の制限措置はついに不動産開発業者にも向かった。

中国人民銀行(中央銀行)は2020年夏、大手不動産会社に対して、守るべき財務指針として「三つのレッドライン」を設けた。 ①総資産に対する負債(前受け金を除く)の比率が70%以下
②自己資本に対する負債比率が100%以下
③短期負債を上回る現金を保有していること。

これらの条件を満たさない開発業者に対しては融資の制限を行う――実はこれこそが、恒大集団の転落の始まりだった。

これまで恒大集団は一貫して、借金をして不動産を開発し事業拡大を図り、さらに借金して以前の負債を返済しながら事業拡大を行うという「負債経営」の路線を突っ走ってきた。このようなビジネスモデルが成り立つ前提は二つ。

一つは開発した不動産が常に高値で売れること、もう一つは金融機関からお金を常に借りられること、である。

ところが、2020年あたりから不動産バブルにも翳りが見え始める。分譲物件が売れなくなったり、価格が下落する事態が全国各地で見られ、恒大集団の不動産販売も以前の勢いを失っていた。 そこへ人民銀行による先の「三つのレッドライン」が追い打ちをかける。「三つのレッドライン」の①と③をまったく満たしていない恒大集団は、金融機関による融資制限の対象となり、窮地に立たされた。

以来、恒大集団の資金繰りは苦しくなり、いまや債務の不履行で生きるか死ぬかの岐路に立たされている。そして、この「恒大危機」は単なる恒大一社の問題に留まらず、長年の中国不動産バブルの崩壊を予兆する歴史的大事件となりうる。

「第二の恒大集団」が続々―「死期」が迫っている

中国不動産情報サービスの克而瑞研究中心(CRIC)によると、中国の不動産デベロッパーの債券を対象とした2020年のデフォルト(債務不履行)は、9月27日までに総額467億5000万元(約8087億円)となり、前年同期の約2・6倍だった。 つまり、恒大集団によるデフォルトの可能性が世間の注目を集める前から、中国の不動産開発業界では債務の不履行がすでに一般的な現象となりつつあったのである。

10月になると、「第二の恒大集団」と噂される別の不動産開発業者の債務不履行問題も浮上する。深センを本拠地にして、高級集合住宅を手掛ける不動産開発会社「花様年控股集団」は四日、計3億1500万ドル(約350億円)の債務の支払いができなかった。

米国の代表的な企業格付け機関S&Pとムーディーズは、花様年の信用格付けを直ちに「デフォルト」に引き下げ、両機関はさらに、今回の元本不払いにより、花様年の残りの社債についても不履行になる可能性が高いとの見方を示している。

中国不動産開発業全体に対する市場の不信感はますます高まり、10月1日から7日までの国慶節の連休中には、カイサ・グループ(佳兆業集団)、セントラル・チャイナ(建業地産)、緑地控股集団などの不動産大手の社債が、不透明感を理由に次々と売られた。

10月8日、大型連休明けの証券市場は、国内不動産会社の社債と株式が軒並み急落。恒大集団と同様、全国の不動産開発業者には今後、「死期」が迫っている。

悪夢のような事態

不動産市場の冷え込みも深刻な状況だ。2020年1~8月、中国国内各金融機関の不動産業者への融資は前年同期比で6・1%減、全国で不動産業者による土地購買面積は前年同期比で10・2%減、着工面積は3・2%減を記録、不動産業者に対する金融規制の強化や不動産市場の冷え込みは明らかである。

2020年8月には、全国住宅販売面積は前年同期比で17・6%減というショッキングな数字が出るなど、不動産市場の冷え込みはより一層加速している。9月下旬、「中秋節」(9月19日~21日)を挟んで3連休は例年不動産の売れ行きが好評だが、2020年の販売実績は関係者の背筋を凍らせる結果となった。

北京市内住宅販売面積は前年同期比でなんと64%減、上海69%減、深49%減、蘇州75%減、福州81%減と、全国大中都市で平均7割も激減した。9月が過ぎるとやってくるのは前述の国慶節7連休であるが、例年ではこの大型連休こそ、不動産がよく売れる文字どおりの黄金週間である。

ところが、2020年の全国各都市の不動産販売成績は悲惨なものとなった。全国60都市で新規住宅の販売面積は187万平米で、前年同期比では43%も減少したという。そのなかでも上海の減少幅はもっとも激しく、88%減という驚くべき下げ幅を記録している(10月9日「克而瑞研究中心」)。

これは明らかに、「恒大危機」からショックを受けて投資家たちが一斉に不動産市場から手を引いたことを表している。このような状況が今後も続けば、不動産市場の冷え込みは極限にまで進む。不動産が徹底的に売れなくなると、恒大集団も含めて大量の負債を抱える国内の不動産開発業者たちは資金繰りがますます苦しくなり、デフォルトの危機に晒される。彼らは生きていくために、手元にある不動産在庫を値下げして売り捌くしかない。それが、不動産価格の急速な下落を招くのは必至だ。

不動産全体の価格が下落傾向に向かえば、投資用に2軒目・3軒目の不動産を買っていた全国のサラリーマンや公務員たちは、日々自分たちの財産が減っていくことを座視するだろうか。そうなれば、これまで不動産バブルを支えてきた彼らが一斉に物件を売り逃げることは十分に考えられる。それは間違いなく不動産価格の暴落を招き、不動産バブルの崩壊へとがる。

その際、中国政府は、たとえば「不動産売買禁止令」を出すなど不動産市場を凍結することによって不動産価格の暴落を止めることもできよう。だが、不動産市場の凍結はすなわち不動産市場の死を意味する。不動産市場の死は、直ちに中国のGDPの十数%を占めている不動産開発業の休眠、崩壊を意味する。

その波及効果を計算に入れると、不動産開発業は中国のGDPの30%近くを創出しているとも見られている。この超巨大産業が休眠、崩壊すれば、中国経済は直ちにその全体規模の数割を失うことになる。

それはまさに、一国の経済の地滑り的沈没と言ってよい。成長と繁栄の神話が一気に崩れるという悪夢のような事態を招く。習近平政権にとって眠れぬ夜が続いている。(月刊『Hanada』2021年12月号)

石平

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