参院選広島の大規模買収、“司法取引”に落とし穴 河井元法務大臣から現金を受け取った地方議員ら100人の運命は

県議会議長への辞職届提出後、報道陣の取材に応じる岡崎哲夫氏=2月10日午後、広島市

 2019年7月の参院選広島選挙区は現金が飛び交った。河井克行元法相は妻の案里氏を当選させるため、地元の自民党県議や市議ら100人に計約2870万円を配ったとされる。案里氏は当選したものの、夫妻とも公選法違反罪で起訴。一方で100人は不起訴となった。

 夫妻は当初、無罪を主張したが、検察側は買収を認める証言を94人分積み重ねて屈服させた。ただ、取材に応じた議員の中には、事情聴取の際に検察から協力を依頼され「不起訴もほのめかされた」と話す人が複数いる。元法相の弁護側は「裏取引」があったと検察を激しく批判した。

 河井夫妻の有罪は確定したが、事件はそれで終わらない。検察審査会が100人中81人を「起訴相当」「不起訴不当」と議決したためだ。検察は再捜査し、近く一部を立件する見通しだ。3月3日には起訴相当とされた35人中、34人の事件を広島地検に移送した。議員らの地元で刑事手続きをするための措置とみられる。政治生命が揺らぎかねない事態に、地方議員らは今後どう振る舞うのか。(共同通信=平等正裕)

 ▽破格の選挙資金が投入された河井陣営

 事件の経緯を振り返る。元法相が現金を配ったのは、改選2人区で自民党現職と野党系現職に割って入り、新人の案里氏を当選させるたためだった。自民党広島県連は現職のベテラン、溝手顕正元国家公安委員長への一本化を求めたが、2議席独占を狙う党本部に押し切られた。無所属で出馬した野党系現職の森本真治氏を交えた三つどもえの激戦の末、森本氏と案里氏が当選を果たした。

2019年7月、参院選で河井案里氏(左)の応援演説に駆け付けた安倍首相(当時)=広島市

 自民党本部は選挙資金として1億5千万円を案里氏陣営に投入した。この額は溝手氏陣営の10倍。当時の安倍晋三首相、菅義偉官房長官も応援演説に駆け付けるなど全面的にバックアップし、破格の優遇を受けた。克行氏は案里氏当選後の9月、法務大臣に就任した。

 公選法違反疑惑が浮上したのは約1カ月後の19年10月末。週刊文春が案里氏陣営による車上運動員への違法報酬疑惑を報じ、克行氏は法相を辞任した。検察も捜査に着手し、20年1月には夫妻の地元事務所を家宅捜索。地元議員らへの現金配布疑惑が浮上し、東京地検特捜部は同6月、票取りまとめのため地元議員らを買収した公選法違反容疑で夫妻を逮捕した。

 ▽巨悪を追い詰めるための見逃し?

 当時、検察から参考人として繰り返し聴取を受けていたのが、金を受け取った地元議員や後援会員らだ。複数の議員が検察から「河井氏を有罪にするため」と協力を依頼されたと取材に証言した。その後の克行元法相の公判では、元法相の弁護側がこの点を問題視。参考人らが検察の意に沿う供述をすれば起訴しないという「裏取引」と指摘した。

河井案里氏の事務所を家宅捜索し、押収物を運び出す広島地検の係官ら=20年1月15日午後、広島市

 買収は第三者の目が届かない密室などで行われるため、一般的に証拠が乏しく立証が難しい。地元議員らの証言が事実とすれば、検察は大臣という巨悪を確実に追い詰めるため「小悪」を見逃したと推測できる。しかし、選挙で現金を渡した側だけが処罰され、受け取った側が罪に問われないのは、やはりおかしい。

 広島市の市民団体「河井疑惑をただす会」は、100人を被買収容疑で告発したが、東京地検は昨年7月、全員を不起訴とした。検察の“約束”が守られた形だ。

 しかし、市民団体側は納得しない。不起訴を受け、検察審査会に不服を申し立てた。市民から選ばれた東京第6検察審査会は今年1月、結論となる議決を公表。100人中35人を「起訴相当」、46人を「不起訴不当」、残る19人の不起訴は相当と、3段階に分けた。

2019年の参院選広島選挙区買収事件を巡り、検察審査会の議決書を張り出す関係者=1月28日午後、東京地裁

 検審の判断基準は(1)受領金額の多寡(2)公職に就いているかどうか(3)返金や寄付の有無―。35人は10万円以上を受け取り、県議や公選法に詳しい秘書などの立場にあり、受領直後に返金していなかった。

 ▽「辞職ドミノ」

 

 起訴相当は重い判断だ。検察がもう一度不起訴としても、検審が再び起訴相当と議決すれば強制起訴され、被告人となる。もし有罪となれば失職や公民権停止が現実的になる。

 捜査に翻弄(ほんろう)された地方議員らの対応は分かれた。「現金を受け取ったのは普通のこと」「違法性の認識はない」。3月2日、起訴相当の広島市議5人が共同で記者会見し、潔白を主張した。同席した代理人弁護士も現金授受について「(議員にとって)お歳暮やお中元を受け取る感覚で、やましいことはない」と理解を求めた。市議らは、元法相への捜査中の取り調べで「先生には何もするつもりはない」と伝えられ、捜査に協力したと話した。

 ほかにも「河井氏も検察も一緒。目的のためには手段を選ばない。河井氏には屈したが、検察には負けられない」「仮に略式起訴を提案されても正式裁判で徹底的に争う」と、裁判となっても闘う意思を示す議員がいる。

 一方で、議決を受けて議員を退く人も続出した。2月10日には3人の広島県議が相次いで議長に辞表を提出。うち岡崎哲夫氏(66)は「われわれも民意で選ばれている。(検審議決で)民意の結果が出た」と語った。平本英司氏(48)は「県政の信頼を失墜させ申し訳ない」と述べた。

 広島市議や呉市議を含めると、辞職者は2月末までに計7人に上った。

 辞職が「ドミノ」のように連鎖する背景には、失職の可能性が現実味を帯び始めたことや、議会への影響を避ける狙いがある。議会開会前に辞職した議員の1人は「失職するかもしれない身で来年度予算の審議に関わるのは難しい」と打ち明けた。

 ▽公民権停止と政治生命

 中でも懸念されるのが、有罪となった際の「公民権停止」だ。停止期間は原則として最長5年。期間中は立候補も投票もできない。

 広島県議や広島市議、呉市議、尾道市議などは1年後、春の統一地方選で改選を迎える。出馬準備をしようにも、万が一公民権停止となれば無駄になる。このため再起をうかがう議員は、次々回の27年春の選挙を見据えている。

4人の辞職後に開会した広島県議会の2月定例会。辞職による空席が目立った=2月15日午前

 公民権停止の期間も重要だ。公選法は「裁判所が情状により短縮できる」(252条)と定めており、元裁判官の水野智幸法政大法科大学院教授(刑事法)によると、この情状が指しているのは「受け取った金額、返金したかどうか、議員辞職の有無」などだという。停止期間は「基本は3年間が多い」と指摘。公民権停止には「次の選挙には出させない」というペナルティーの意味合いがあるためだ。

 県議の1人は「反省を示すという意味で辞職を選ぶ人もいる」と明かした。ある市議は「検察の処分結果を受けてから進退を判断するが、公民権を5年停止するなら早く処分してほしい」と漏らした。一方、別の市議は「5年後に当選できるとは思っていない」と諦め顔。議員の胸中はさまざまだ。

 ▽迫る処分、ドミノ再加速も

 広島の自民党には重い空気が立ちこめている。中本隆志県議会議長(自民)は、県議会開会冒頭のあいさつで検審の議決に言及。「議員一人一人が襟を正し、議会全体で県民の信頼回復に全力で取り組みたい」と語った。

 被買収の公訴時効は3年で、早い人では3月下旬に時効を迎える。検察が議員らを立件すれば、辞職ドミノが再度加速する可能性もある。収束は見通せないままだ。

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