プロ2年目を迎える大物スラッガー、阪神・佐藤輝明の変身が注目を集めている。
沖縄・宜野座キャンプで取り組んだのは、強さに加えて柔軟性も兼ね備えたバッティングだ。もちろん、そこには昨年の苦い経験が生かされている。
キャンプ序盤に行われた初の紅白戦で、いきなり藤浪晋太郎から左翼ポール際に本塁打を放った。その内容も、フルカウントから4球ファウルで粘った末の流し打ち。
打たれた藤浪が「去年はすごく振り回していた感じだが、今年はそんな印象がない」と変化に驚いている。
フリー打撃でも好調だった。12本の柵越えを記録したが、打球方向はさまざまで、力任せに引っ張っていたプルヒッターは、全方向を意識する技巧も兼ね備えた打者になりつつある。
衝撃のデビューから奈落の底へ突き落とされるほどのスランプを味わった。佐藤のルーキーイヤーはまるで、ジェットコースターのようだった。
3月27日、開幕2戦目の初安打がバックスクリーン越えの本塁打だった。その後も新人とは思えぬハイペースでホームランを量産。8月中旬には23号を記録し、田淵幸一の持つ球団新人最多本塁打記録を塗り替えた。
この時点でチームの消化試合は90。最終的にどこまで本数を伸ばすのかと、阪神ファンならずとも期待した。
だが、シーズン終盤に入ると極度の打撃不振に陥り快音は消えていく。
終わってみれば、打率は2割3分8厘で本塁打も24本止まり。逆にセ・リーグワーストとなる59打席無安打や、日本人歴代2位タイの173三振など不名誉な記録が残った。
佐藤の打撃不振と歩調を合わせるように、チームもヤクルトに競り負けて優勝を逃した。
プロの世界は厳しい。佐藤の大スランプは相手球団の徹底したデータ分析と無縁ではない。内角高めに弱点を見つけると徹底した攻めで打棒を封じられた。
上半身の強さに頼った打撃だから、配球で揺さぶりをかけられるともろさを露呈する。確かに素材は超一級品だが、改善点が明確になった。
そんな佐藤の打撃改造に一役買ったのは、オリックスの吉田正尚と行った年末、年始の自主トレーニングだ。
吉田といえば、2年連続でパ・リーグの首位打者を獲得した強打者である。打撃の特徴は全身を使って強い打球を放つ一方で、左方向へ鮮やかな流し打ちもできること。
だから本塁打も打率も残せる。フルスイングと同時に柔軟性の大切さを佐藤は学んだ。
かつてのホームラン打者といえば、王貞治や松井秀喜ら左打者なら右翼スタンドめがけて一発を量産してきた。
しかし、投手が多彩な変化球を駆使する近年の野球では、岡本和真(巨人)、村上宗隆(ヤクルト)や柳田悠岐(ソフトバンク)をはじめ、長距離砲でも左右に打ち分けられるのが特徴だ。中でも阪神の本拠地である甲子園球場は、風の影響受けると言われている。
阪神のレジェンドOB掛布雅之氏も「甲子園は右から左に吹く“浜風”が特徴。(阪神で活躍した)バースも私も意識して左方向に狙い打ちした」と語っている。
ちなみに佐藤の昨年の24本塁打を打球方向で見ると左には3本だけで、左中間を含めても6ホーマーだから、改善の余地はある。
阪神の矢野燿大監督が、キャンプイン前日のミーティングの席上、今季限りの退任を表明したのは記憶に新しい。
監督自ら退路を断って臨む今季は、過去2年連続でセーブ王に輝いたロベルト・スアレスの退団もあり、昨年以上に厳しい。
指揮官はこのキャンプで佐藤に二つの使命を与えている。一つは4番争い、もう一つは三塁コンバートだ。ともに主砲・大山悠輔との競争になる。
昨年まではジェフリー・マルテが起用されることの多かった4番だが、理想は日本人を置きたいという監督の「置き土産」構想でもある。
1年目は右翼手として活躍した佐藤だが、本来は三塁手。ここは大山との守備力の勝負となりそうだ。
開幕まで1カ月を切ったプロ野球は、オープン戦で最終的な調整へと入る。キャンプで試してきた新打法が実戦でも通用するのか、去年の反省点をどう克服していくのか。
チームは2月23日の練習前にベテランの糸井嘉男、西勇輝の発案で、一足早い矢野監督の胴上げを行うサプライズ演出があった。翌日の紅白戦では紅組の4番に座った佐藤が豪快な一発を放っている。
半年後に、再び指揮官が宙に舞うことができるかどうかは、やはり佐藤の成長にかかっている。
荒川 和夫(あらかわ・かずお)プロフィル
スポーツニッポン新聞社入社以来、巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)などの担当を歴任。編集局長、執行役員などを経て、現在はスポーツジャーナリストとして活躍中。