新薬の未来を潰した、河野太郎の傲慢政治|小笠原理恵 「科学技術振興予算は今後、増えません」と断言し、画期的なオプジーボを叩いた河野太郎氏が、2021年1月にワクチン担当大臣となったことは悪い冗談のように思えた。一方で、「創薬力の強化は喫緊の課題であり、医薬品の研究開発費への大規模投資がいまこそ必要」と訴える政治家もいる。高市早苗政調会長である。国を守るとはどういうことか。日本の課題を徹底検証!

日本の創薬力は傷つき、ボロボロ

新型コロナ感染症の流行当初、アビガンをはじめ、創薬国・日本が世界を救う「薬」を開発するのではないか、という期待が膨らんだ。

だが、そうはならなかった。

オミクロン災禍と戦うワクチンや治療薬は外国産の輸入やライセンス製造に頼り、国産ワクチンはいまだに治験段階にある。2月15日時点で、承認治療薬は8種類あるが、国産新薬はまだない。塩野義製薬が開発中の経口治療薬に条件付き早期承認の声があがり、ようやく国産治療薬の開発が追いついた。ただし、国産既存治療薬のデキサメタゾンは、第5波で自宅療養感染者増加の重要に追いつかず供給調整になった。なぜか。

徹底的にコストカットを求められているジェネリックメーカーは、すぐに増産できる設備や人員をもっていない。公定価格である薬価が極限まで安く設定され、原価割れしているものもあるからだ。

ジェネリック医薬品の供給不安が続いている現状への対応について、2021年9月14日付で厚生労働省医薬・生活衛生局総務課長に就任した田中徹氏は、「できるならば地域内で融通し合ってほしい」と述べた。能天気としか言いようがない。

いま日本の創薬力は傷つき、ボロボロだ。新型コロナ感染症の緊急事態宣言下の医療逼迫の現場で病床数や医療スタッフ不足が問題視されたが、薬も同時に足らなかったのだ。

なぜ、日本の創薬が勝てなかったのか。

医療分野の研究助成金の規模で日本は米国の22分の1、政府の研究開発予算における医療分野の割合で日本は米国の6分の1に留まるなど、研究資金に圧倒的な差がある。

2025年までに、世界医薬品市場は1兆6千億ドル(約175兆円)の市場規模に達すると予想されている。米国、中国、ドイツなど主要国が軒並みプラス成長の予測が出るなか、日本だけがマイナス成長となっている。

「こんな厳しい自転車操業はない」

理由は主に3つ。
①2021年に薬価が毎年改定となり、薬価切り下げがさらに加速。
②政府主導によるジェネリック医薬品推進策(2020年度のジェネリック医薬品数量シェアは速報値で79・4%)。
③先発医薬品のシェア減少で開発に回す資金が減少。

日本の医薬品市場は世界3位だが、国による医療費削減、薬価切り下げ、ジェネリック推進策によって、薄利多売を強いられる製薬会社には研究開発をする力が乏しい。

医薬品は特許で保護されている期間だけ、独占販売での高い収益をあげることができる。特許が切れれば、同じ効果のジェネリック医薬品が安価で販売される。

新薬を創る製薬会社は、莫大な研究開発費を投入した新薬が特許切れになる前に利益を生み、次の新薬を開発し続けなければならない。

2021年10月7日、IFPW(国際医薬品卸連盟)東京総会で塩野義製薬の手代木功社長が「こんな厳しい自転車操業はない」と述べたが、まさにそのとおりだろう。

日本の医薬品メーカー大手が生き残りをかけて、外資との合併共同出資や資本提携の動きを活発化しているのも、日本ではもはや収益を見込めないからだ。

中外製薬はロシュの子会社となり、万有製薬はメルクの子会社となって売り上げを伸ばしている。ワクチン開発中の塩野義製薬も2020年8月、中国の保険最大手である「中国平安保険集団」と合弁会社「平安塩野義有限公司」を上海に設立。

このままでは日本の研究成果や技術が外国、特に中国に取り込まれていくことになる。

微生物研究や単純な化合物の組み合わせによる創薬の時代は終わりつつある。現在はバイオテクノロジーやゲノム情報をベースにしており、その分、研究開発費は高くつく。

これまでの低分子医薬品の開発費用ですら200億円前後かかったが、バイオ医薬品では500億円から1000億円もの研究開発投資が必要と言われている。その開発費の高額化が、さらに製薬会社へ重い負担となってのしかかる。十分な研究開発費を出してくれる国に行きたい、と研究者が考えるのは当然だろう。

国による手厚いバックアップがない日本から、お金に糸目をつけず高レベル技術を誘致する国に技術と頭脳が流出し続けている。

オプジーボは国を滅ぼしたのか?

2014年、京都大学名誉教授・本庶佑氏の研究で、画期的ながんの薬が開発された。がん細胞の持つ特殊なアンテナを無効化する薬「オプジーボ」だ。

オプジーボの製造販売元である小野薬品工業と本庶氏は特許使用料をめぐり争ってきたが、2021年11月12日、小野薬品が本庶氏に解決金として50億円、京都大学に設立される「小野薬品・本庶記念研究基金」に230億円を寄付することで和解が成立した。

がん細胞は表面に特殊なアンテナを伸ばす。そしてそのアンテナは、天敵であるはずの免疫細胞を逆に引きつけることで、免疫細胞を無力化する。本庶氏はこのアンテナを発見し、2018年、ノーベル医学・生理学賞を受賞した。

これまで作られた抗がん剤はがんを直接攻撃する薬だったが、オプジーボはがん細胞を体内の免疫機能で継続して攻撃し続けることを可能にした。がんに対してのこれまでの治療法は「手術」 「放射線療法」 「化学療法」の3つだったが、4番目の免疫療法が日本から生まれたのだ。

オプジーボは、発売当初は皮膚がん「悪性黒色腫」の治療薬として承認された。「悪性黒色腫」は患者数が少ない希少疾病だ。希少疾病治療薬は開発しても需要が少ないため、製薬会社にとっては利益が見込めない。

そのため、希少疾病治療薬は「オーファン(みなしご)ドラッグ」として特別の支援を受け、価格も高めに設定されることが多い。オプジーボは特別な「オーファンドラッグ」として、薬価の高い米国でまず承認された。

新薬は特許切れになるまでの限られた時間でその開発費を回収しなければ、メーカーは次の開発費が捻出できない。2014年の発売当初、オプジーボの価格が100ミリグラム約73万円と高額だったのは、新薬開発を厚労省が応援する意図もあったのだ。

しかし、2015年に肺がんにも保険適用が拡大されたことにより、「製薬企業ぼろもうけ」 「オプジーボが国を滅ぼす」などの批判が集まった。

日本共産党の小池晃と河野太郎

2016年4月、財政制度等審議会・財政制度分科会は、肺がんにこの薬を使うと年間1兆7500億円の支出となると公表。すぐに小野薬品は、オプジーボの2017年3月期の売上高の見通しは1260億円だと財務省審議会の試算に反論した。

小野薬品の主張は認めてもらえず、厚労省はオプジーボの薬価の25%の切り下げを検討。しかし、これに嚙みついたのが日本共産党の小池晃氏だった。

同年10月6日の予算委員会で、小池氏は「企業の言い値で大盤振る舞いだ」 「25%ではあまりに不十分。大幅に引き下げるべきだ」と政府を追及。「しんぶん赤旗」もこれを大きく報じた。

同年11月16日、厚労省はこの流れに屈し、2018年度の薬価改定を待たず、臨時措置として2017年2月にオプジーボの価格を50%引き下げることを決定した。

共産党はその後も集中的にオプジーボの価格引き下げを迫り、2018年にも2回価格が引き下げられた。2021年8月にも価格は引き下げられ、現在、オプジーボの価格は100ミリグラム約15万5000円。当初の価格の約5分の1に切り下げられている。

日本の医薬品メーカーのやる気を削いだのは日本共産党だけではない。2015年10月、第3次安倍改造内閣で国家公安委員長兼行政改革担当相として初入閣した河野太郎氏もそのひとりである。

河野氏は2016年、政策セミナーで「オプジーボの値下げは私の功績だ」と語っていた。

しかし、共産党の口車に乗せられて日本発の画期的新薬の未来をずたずたに切り裂いたことが、はたして功績と言えるのだろうか。

河野太郎に裏切られた研究者たち

医薬品の価格や研究資金を削減することに熱心だった河野氏は自身のブログ「ごまめの歯ぎしり」で、33回にもわたり研究者の皆様へという投稿を繰り返している。研究者の意見を大臣がブログで聞いてくれると期待されたやり取りだった。このなかで、大学の研究者たちは研究予算の充実を求めていた。しかし、対話への期待は見事に裏切られた。

大臣退任後の2017年1月(当時の肩書は自民党・行政改革推進本部長)、
「科学技術振興予算をもっと増やせるという幻想を抱いている方がいらっしゃったら、年明け早々にも現実を直視していただきたいと思います。科学技術振興予算は今後、増えません。だから現在の予算をいかに効率的に使うか、あるいは成果を生まない大型プロジェクトをつぶしてほかのことに振り替えるか、または成果を生まない研究者の予算をほかに振り替えるかしなければなりません」
と回答した。

2020年9月、行政改革担当大臣に再び就任した河野氏は、予算の無駄を検証する「秋の行政事業レビュー」で次のように述べている。

「薬価の決め方は、知的所有権を含めて難しい問題があることは理解するが、国民がある程度納得できる決め方はどうしたらいいか。海外の事例を調べるなど、いまのやり方について不断の検討をすることは必要だ」

「医療費がここまで大きくなり、高齢化に伴って医療費が大きくなるなかでどう適正化するかは、国民の大きな関心事だ」

河野氏も日本共産党も「国民のため」というが、本当に国民のことを考えているのだろうか。国家をどう守るのか、彼らにはマクロな視点が欠けている。

たしかに、世界中で必要とされる画期的なオプジーボは国民皆保険制度のなかでは医療費を圧迫するだろう。だが一方で、国を豊かにしてくれるファクターとしてとらえれば、他にも道はあったはずだ。日本の誇る新薬の未来を上手に使う議論もせず、簡単にその価値を切り下げてよかったのか。

科学技術振興予算を増やさないと断言し、画期的なオプジーボを叩いた河野氏が、2021年1月にワクチン担当大臣となったことは悪い冗談のように思えた。

ワクチン開発競争、日本と米国の差

新薬開発費支援は大きな経済効果をもたらす。米国はワクチン開発のワープスピード計画で、およそ1兆円の支援をワクチン製薬メーカーに出したが、ファイザーとモデルナ両社の新型コロナウイルスワクチン売上高は、2026年までの合計で約11兆円となる予想となった。新たなオミクロン株にも両社の技術は迅速に対応できる。

もちろん、その効果は経済だけでなく、国際的な影響力も増大する。

9・11、炭疽菌テロを経験した米国は、未知の感染症から国民を守る新薬開発技術の維持を国家安全保障の重要な課題と位置付けた。そして、未知の疾病に対抗するワクチンや治療薬の開発支援組織「BARDA」(アメリカ生物医学先端研究開発局)を設立させた。

米バイオ企業のモデルナは、13年に国防総省傘下の「DARPA」(国防高等研究計画局)から約27億円、16年には前述の「BARDA」から約135億円の支援を受け、まだ芽の出なかったmRNAワクチンの技術・開発を続けていた。

この支援はファイザー、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ノババックス、メルク等にも行われており、mRNAだけでなくウイルスベクター等の技術開発・治療薬開発も手厚い支援を受けている。米国関連の製薬会社が、新型コロナ感染症の蔓延から1年弱でワクチンの実用化にこぎつけた理由はここにある。

さらに、このワクチン開発には軍事ロボット開発やインターネットの源となるサイバーネットワークを作った「DARPA」が、新型コロナウイルス抗体を90日以内で見つけ出したことも知っておきたい。

米国が未知のウイルスとの闘いを「国家安全保障上の問題」と考えていたことが、この点でも明らかである。この米国の医療安全保障組織が、全世界に重要な医薬品を提供した。

トランプ前大統領は自動車大手のGM(ゼネラル・モーターズ)に対して、人工呼吸器の製造を命じた。また、バイデン大統領はジョンソン・エンド・ジョンソンの新型コロナウイルスのワクチンの増産のために、ライバル会社である米大手メルクに製造協力を命じた。

治療薬でも同様だ。米メルクが新型コロナ感染症に特化した経口薬、モルヌピラビルを開発。11月、同社公表データによると、この薬はオミクロン株に対しても入院や死亡を30%減少させる効果がある。

1950年の朝鮮戦争時にできた国防生産法により、大統領令で迅速に生産体制強化を行い、国民の命を救ったのだ。

治験寸前で日本政府は支援を打ち切った!

翻って、日本はどうだったか。

実は、国内でも東京大学がmRNAワクチンの研究開発を細々とはいえ行っていたのだ。2018年、そのmRNAワクチンが治験段階まできていた。だが、治験寸前で政府は支援を打ち切ったのだ。ファイザーやモデルナに先駆けて、日本がmRNAワクチン技術を手に入れるチャンスだったのに、残念である。

2021年4月5日の東京新聞に「当時、治験に進みたいと何度も訴えたが、予算を出してもらえなかった」と、東京大学医科学研究所・石井健教授の悲痛なコメントが掲載されている。研究開発費打ち切りで失った国益は計り知れない。

元自衛官で生物化学兵器テロの対処にかかわった医師は、次のように述べている。

「ある事象が起きたときの日本人の猛烈な頑張りは、世界一だと感じています。戦後の復興や3・11後の復興もそうでした。でも、なぜか喉元過ぎれば熱さを忘れてしまうのです。地下鉄サリン事件のときは、たまたま自衛隊医官が早期に『サリン』だと気がついて、被害を最小限に抑えることができました。

今回のコロナ禍では、たまたま海外のワクチンが短期間で開発されたので収まったのです。危機管理の世界では、『結果オーライ』は成功ではなくて大失敗とイコールです。そろそろ『備えあれば憂いなし』の国にしていかなければ、取り返しのつかないことになりそうな予感がしています。

現段階ではまだ、お金で解決できると思っていますが、残された時間は多くありません」

「創薬力の強化」を訴える高市政調会長

(写真提供/時事)

経済安全保障の観点からも、創薬力の強化は必須である。だが、その重要性に気付いている政治家は少ない。自民党総裁選で創薬の重要性に言及したのは、高市早苗氏だけだ。

高市氏は筆者の取材に対して、次のように述べている。

「国内のワクチン接種は、菅政権が驚異的なスピードで推進した結果、いまや接種率で米国を追い抜き、7割近くの国民が接種を完了するに至りました。

しかし、当初の出遅れは外国産のワクチンに頼らざるを得ない状況から生じたものであり、十分な供給量が確保できるのかという大きな不安が国民の間に広がったことは記憶に新しい。

日本の創薬パフォーマンスが低い要因のひとつは、薬価制度の抜本的な改革により、製薬企業の『稼ぐ力』が減少し、革新的な薬剤に対して『見返り』が少ないこと。創薬力の強化は喫緊の課題であり、医薬品の研究開発費への大規模投資がいまこそ必要です。

寝食を忘れ、実質5日間で政権公約を作成しましたが、私が特にこだわったのは『常に最悪の事態を想定した危機管理』と『どのような事態になっても、必要な物資を国内で調達できる体制の確立』。

国民の命と健康を、必ずや守り抜く。そして、どのような事態に対しても強靱な国家を創造する。国政に携わる者として当然の、しかし崇高な使命を果たすべく、今後、創薬力の強化に向け、党を挙げた取組を行っていく決意です」

前述したが、河野太郎氏は「科学技術振興予算は今後、増えません」と断言した。また、自身が担ったワクチン行政に対しても、「自分で言うのもなんですけど、言っちゃいますけど、やはり河野太郎でなかったらここまで来なかっただろうと正直、思っています」とフジテレビの番組で自画自賛。
「河野太郎には国家観がない」 「傲慢だ」と言われる所以はこういうところではないだろうか。

高市早苗氏が強く訴える「創薬力の強化」は、現在の厚労省の「不作為」、財務省の「緊縮財政」の意識をどこまで変えてくれるのだろう。

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小笠原理恵

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