新型コロナウイルスに感染した長崎県内の1人暮らしの男性(52)が1月、療養解除の3日後に自宅で死亡しているのが見つかった。死因は感染を原因とする急性膵炎(すいえん)の疑い。「発症から10日間」の療養後も、周囲に体調不良を訴えていた。
感染者が急増した「第6波」の最中、なぜ男性は“コロナ死”に至ったのか。長崎新聞の情報窓口ナガサキポストのLINE(ライン)へ寄せられた情報を端緒に、遺族や関係者に経緯を取材した。
「水飲んでも吐く」療養解除後も
男性が「喉のイガイガ」を自覚したのは1月14日だった。同じ頃、勤め先で陽性者が判明。男性は病院で検査を受け、19日に陽性と診断された。この日から、無症状や軽症の患者が対象の「自宅療養」となった。厚生労働省の通知に基づき、発症から丸10日が過ぎ、最後の3日間に症状が軽快していると保健所が判断すれば療養は解除されることになっている。
男性は、離れて暮らす親族にも感染したことをしばらく伝えなかったが、療養最終日の24日、県外の長兄に初めて連絡した。「やる気が出ず、ご飯も食べられない」。男性は電話口で力なくこう語った。
2日後、長兄は男性から「水を飲んでも吐いてしまう」と再び相談を受け、県内に住む次兄に連絡。次兄はこの日の夕方、ゼリーやスポーツ飲料などを買い、男性宅の玄関のドアノブに掛けた。感染防止のため直接会えなかったが、電話で話すことはできたという。
膵炎の原因欄に「コロナ感染症」
しかし翌27日から連絡が取れなくなった。長兄は男性が2日間電話に出なかったため、保健所に相談。近くにいる家族が様子を確認するよう求められ、次兄が仕事終わりに男性宅を訪ねた。28日午後5時過ぎ、次兄が合鍵でドアを開け、玄関近くにあおむけで倒れている男性を発見した。
遺族によると、男性はワクチンを昨年7、8月に接種。高血圧の薬を服用していた他に、持病があるとは聞いていないという。
男性の遺体発見から数日後、遺族は警察から死体検案書を受け取った。それによると、死亡推定日は27日ごろ。死後の抗原検査でも「陽性」反応が出ていたことが判明。急性膵炎の原因欄には「コロナ感染症」と記されていた。
療養解除の判断に不明点
男性は生前、自宅療養が解除されることへの「懸念」を、保健所に伝えていた。
後に遺族が保健所に経緯を確認したところ、保健所には1月24、26日の2回、男性から「せきやたん、喉の痛みが残っている。本当に解除でいいか」と相談があったという。
これに対し保健所は10日間で解除すると伝え「気になることがあれば(陽性診断を受けた)最初の病院やかかりつけ医に相談してほしい」と回答した。
療養解除の要件の一つに「症状軽快後3日間経過」がある。男性は兄らに対し解除後も「呼吸が苦しい」と訴え、保健所にも伝えたと話したが、保健所は把握していないという。この保健所は長崎新聞の取材に「個別のケースには答えられない」としており、男性が継続して訴えた喉の痛みなどをどのように判断したのかは不明だ。
「迷わず病院に受診を」
一方、療養解除を巡る保健所の判断について、長崎大学病院の森内浩幸教授は「男性が亡くなったことは悔やまれるが、保健所に問題があったとは考えにくい」とする。
自宅療養は「本人の健康のためというより周りに感染を広げないための措置」と指摘し、「むしろ早く隔離を解除された方が、気になる症状がある時に病院を受診しやすくなるため、本人の健康にとってプラスだ」と話す。
森内教授によるとオミクロン株のまん延で、コロナ肺炎などよりも、もともと持っていた他の病気が悪化し死亡したとみられるケースが増えているという。療養中や解除後の体調管理について「コロナ禍前なら普通に『病院に行こうかな』と思っていたような症状があれば、迷わず相談や受診をすることが大切だ」と強調した。
「感染死」公表の在り方に疑問
一方、男性の直接死因である急性膵炎(すいえん)の引き金となったのは「コロナ感染症」だが、「感染者の死亡事例」としては公表されていない。公表の在り方には疑問も残る。
県医療政策課によると、保健所は一般的に、医療機関が提出する「発生届」でコロナ感染者を把握する。死後の検査で陽性が確認されたケースでも、死体検案をした医師からの発生届を受けて認知。これらが自治体が日々公表する感染者や死亡者の情報の基になる。
一方、感染者は自宅療養の解除時に「保健所の管理下から外れる」ため、原則としては再び発生届が出なければ、感染者として把握されない。
関係者の話を総合すると、今回の男性は療養解除直後に亡くなり、死後の検査でも陽性だったが、保健所が何らかの理由で発生届を受け取らずに「死亡した感染者」として公表されなかった可能性が高い。
矛盾感じる遺族「保健所もう一歩踏み込んで」
「公」には新型コロナが治ったとされた男性の死。遺族は割り切れない思いを抱く。男性の遺体は防護服を着た葬斎場職員によって火葬され、遺族は最後に男性の顔を見ることも、収骨すらもできなかった。「どこか矛盾している」
遺族の心中には今も、疑問と後悔が残る。
男性はなぜ病院を受診しなかったのか。
「病院に迷惑をかけると思った?」
「保健所が相手にしてくれないと思って投げやりになった?」
なぜもっと早く家族に相談してくれなかったのか。
「近くに住むからこそ言いにくかった?」
「(親族の)仕事への影響を思った?」
保健所の対応は正しかったのか。
「症状も人それぞれなのに10日間でひとくくりにしていいの?」
「途中で入院に移すなど、もう一歩踏み込めなかったの?」
長崎県に適用されていた「まん延防止等重点措置」は6日までで解除されたが、県内の新規感染者数は今も1日当たり数百人台が続いている。
「オミクロン株は重症化しにくいと簡単に考えている人にも、亡くなる人がいる現状を伝えたい。保健所が大変なのは分かるし、私たち家族も何もしてあげられなかった。誰が感染するかも分からない中、今後の保健行政や医療に生かし、死を無駄にしないでほしい」。
遺族は取材に応じた理由を、そう語った。
(三代直矢)