【おんなの目】 冬の猫

 日暮れてお隣に回覧板を持って行った。道の向うから茶色い一匹の猫が身を低く斜めにして、私を警戒しながらやってくる。低温注意報が出ていた日で、ときおり雪が舞っていた。夕方になって一段と冷えて、私はすぐお隣なのに帽子を深くかぶっている。

 茶色の猫に「寒いね」と話しかける。フーと歯を剥いて威嚇する。「挨拶しているだけじゃないの」。「ウー、フウー。私は忙しいのよ。気軽に話しかけないで」と言っているようだ。「早くお家にお帰り。寒いから」。首の鈴が軽くチリリンと音を立てる。

 早朝四時、ラジオをつけたら、歌人穂村弘氏の声がして、自作の短歌が詠じられた。優しい声で。

 猫はなぜ巣を作らないこんなにも凍りついてる道をとことこ

 人間に飼われて、その家が巣なのだろうが、野良になってしまった猫の居場所はどこだろう。凍りつく夜は、巣となるような居場所を見つけてしのいでいるだろう。猫は賢い。

 月下の猫ひらりと明日は寒からん

 藤田湘子(奥坂まや著・{鳥獣の一句}から)。 “明日の朝は一層、寒さが増すに違いない。あの猫が寒気をつれてくるのだ”と解説にある。猫が凍りつく夜をつれてくるのだ。猫には魔力がある。

 もうすぐ猫が春を連れて来る。

© 株式会社サンデー山口