40周年「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」14歳で心ざわつかせた音楽は永遠! 

ジャケ買いで手に入れた「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」

ネットなき時代、MUSIC LOVERの避けては通れない通過儀礼として “ジャケ買い” というのがあった。ジャケ買いとはすなわち、アーティストについても、収録曲についても何の予備知識もないままにジャケットの雰囲気だけで購入を決断するという大きなギャンブルだ。これでレコードに針を落とした瞬間、絶望感に見舞われることも多々あったのだが、今考えてみると、このジャケ買いでハズレを掴むことこそが、MUSIC LOVERとして一番大切なことじゃないかと思えるようになってきた。

ハズレを掴むことで自分が追い求める理想の音の輪郭が出来上がってくるし、「次は外さないぞ!」という勘も冴えてくる。もちろんジャケ買いで、「これだ!」という長い人生、今も自らに寄り添い心のなかで音が熟成を続けるアルバムもある。

今からちょうど40年前、『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』との出会いも全く持って “ジャケ買い” であった。

 佐野 “ライオン” 元春
 杉 “Baby Talk” 真理
 大滝詠一

大滝詠一だけは、ロングヒット中だったロンバケからその名前はなんとなく知っていたが、佐野元春、杉真理の名前は聞いたこともなかった。ただ、学校帰りに毎日立ち寄っていたレコード店、笹塚のラオックスで手にしたあのサーモンピンクのレコードジャケ、永井博の涼し気な滝のイラスト。確かに懐かしさのようなものを感じるのに、目の前に広がったのは未だ見ぬ未来だった。

そんなポップでドリーミーな世界に一瞬で吸い込まれる。翌日にはこのアルバムと、特典だったこのジャケと同じイラストの大判ポスターを抱え家路を急いだ。僕は14歳。人生初めてのジャケ買いだった。それにも増して人生で初めて自ら主体的にLPレコードを手に入れた瞬間だった。

突き刺さった“ロックンロールの初期衝動”

自室に籠り針を落とす。A面の1曲目、「A面で恋をして」。ゆったりしたストリングスと、ギターの旋律。カスタネットの音。このメロディがバディ・ホリーをリスペクトしたものであることを後に知る。夢心地のイメージが頭の中に広がる。そこにはキラキラとしたラメの入った緞帳が開き、ステージの真ん中にポツンと立つ自分にスポットライトが当たる…。それは、音楽に寄り添えばどんな辛いことがあっても自分の人生を輝かすことが出来るという確信が身体の中を駆け巡る。三番の歌詞を歌う佐野元春が「夜明けまでドライブ〜」と過剰なまでに唇を震わせる感じもよかった。

 シリアスな気持ち横に置いて
 夜明けまでドライブ
 今夜 君を帰さないさ…

ユニークとは少し違う。それはまさしく魔法だった。見たことも聴いたこともない世界。音楽の定型からはみ出した熱量、ロックンロールという未知の世界に吸い込まれていく序章がそこにあった。そして「A面で恋をして」の残響からの間髪を入れず2曲目、場面が変わり、空港の喧騒の中、あの独特のモノローグが入る。

 出発間際にヴェジタリアンの彼女は東京に残した恋人のことを思うわけだ。
 そう、空港ロビーのサンドウィッチスタンドで。
 でも、彼女はデリケートな女だから、コーヒーミルの湯気のせいで
 サンフランシスコに行くのをやめるかもしれないね…

そして、うなりをあげて飛び立つジェット機のような効果音、跳ねるようなビート。声を震わせるようにシャウトする元春の歌唱法は、それまでテレビから流れくるポップミュージックとは全く別次元だった。そんな今思っても訳が分からない衝動のままロックンロールのうねりに僕が飲み込まれていった瞬間だった。

大瀧詠一の後日談から知ったのだが、ボーカルトラックのみを後に差し替えたという本作のコーラスに参加したのは、レコーディングの最中、幸運にも隣のスタジオでレコーディングしていた “蒲田野次馬ブラザース”(大瀧詠一命名)ことシャネルズだった。

つまり、本物の不良のソウルを入れることで、理論では構築することの出来ない楽曲の持つ本質、魂をぶち込むというプロデューサー “大瀧詠一” の思惑だったことは言うまでもない。また、後半に入る「TWIST&SHOUT」のフレーズもたまらない。

このように綿密に張り廻られたギミックやアレンジには舌を巻くものがあるのだが、初めて聴いた当時はそういうディティールではなく、音の塊が僕の心に突き刺さった。それは、叫び、転げまわり、疾走し、前のめりに突っ込んで人生を切り拓いていくという、ロックンロールの初期衝動すべてだった。

佐野元春、杉真理、大滝詠一の世界

音楽の素晴らしさを二つ挙げるとしたら、ひとつは、無鉄砲なまでに前のめり突き進んでいいよ、という揺るぎない自信を与えてくれることと、退屈な日常、淀んだ空気の色を一瞬にして変えてくれることだ。

キラキラとしてドリーミーなアメリカンポップスの世界を1982年という時代に即して映し出した「A面で恋をして」そして、ロックンロールのうねりの中一気に吸い込まれた瞬間。部屋の空気の色はクルクルと変わっていく。

元春がアマチュア時代に作ったという「Bye Bye C-Boy」からは未来への漠然とした不安をゆっくりと拭い去さるような大らかさを感じた。それはまさに音楽からの福音だった。杉真理の楽曲には、切なさと希望が入り混じりっていた。暗闇を突き抜けるようなタフさと心の奥に潜む繊細さを同時に感じた「Nobody」、モノクロームの映画のような、叙情的なギターの旋律が心に沁みる「ガールフレンド」そして、これはシティポップの解釈だろう。背伸びをしたトロピカルな世界、真夏の西風の匂いが胸いっぱいに広がる「夢みる渚」… B面に集約された大滝詠一作品4曲に関しての素晴らしさは言うまでもないだろう。

夢が詰まった14歳の少年の狭い部屋、空気の色はめくるめく変わっていく。そしてB面の最後、

 テキーラの夢のあと
 ベッドに君がいた

と歌われる「♡じかけのオレンジ」。これは夢なのか? 素直に、単純にストレートに音楽って凄いな! と思わせる全13曲の色彩が溢れ、永遠の煌めきを僕の心に刻み込んだ世界が幕を閉じる。

1982年の春から夏にかけて、僕はこのレコードのA面とB面を何度ひっくり返したか分からない。いや、多感なティーンエイジャーの季節に何度ひっくり返したことだろうか。そして40年経った今もこのレコードは僕のターンテーブルに頻繁に乗り続けている。多少なりとも音楽の成り立ちを理解した今は、より深く違って聴こえる部分もあるが、当時の思いは今も心の中で熟成されている。

14歳の大きな決断。初のジャケ買いが『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』だった自分は間違っていなかった。14歳で心をざわつかせた音楽は永遠だ。

カタリベ: 本田隆

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