「誰一人残さない」パブリックコメントにするために 言語的マイノリティに対する合理的配慮を!

By 伊藤 芳浩

 パブリックコメント(以降、パブコメと略す)は「行政手続法」で定められている意見公募手続のことです。パブコメは、行政機関が政策を実施するために政令や法令を定めたり、制度の改廃を行ったりする際、事前に案を公表して意見を募り、集まった意見を考慮する仕組みのことで、以下を目的として行われます。

  • 行政運営の公正さの確保と透明性の向上を図る
  • 国民の権利利益の保護に役立てる

 目的の1つの「国民の権利利益の保護に役立てる」を達成するためには、パブコメ自体をステークホルダー(利害関係者)が理解できて、かつ、意見を提出できる仕組みが必要です。

今のパブコメが抱える2つの問題点

 しかし、政府が2021年12月10日から開始した「難聴児の早期発見・早期療育推進のための基本方針(案)」のパブコメは、下記の2点で言語対応に問題があります。日本語とは異なる言語を利用する者を排除する言語バリアが生じ、目的を十分に達成することができません。また、これは、国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)の理念「誰一人取り残さない(Leave No One Behind)」に反することになります。

  • パブコメの内容が日本語で説明されているため、日本語とは異なる言語である手話を第一言語とする者は、それらの内容の理解が困難である
  • 意見の提出手段が日本語のみであるため、手話を第一言語とする者は自らの意見を提出することができない

【問題1】 意見募集案件の多言語未対応

 パブコメの意見募集案件は日本語のみで記述されており、日本語以外の言語を利用して生活している者が内容を理解することは困難です

 例えば、日本には、手話を使用する者が5〜8万人いると言われています。こういった人たちが、パブコメのステークホルダーである場合、不利益を被る可能性があります

【問題2】 意見提出手段の多言語未対応

 現状の意見提出手段は「意見提出フォーム(Web)」「郵送」「FAX」のいずれかであり、日本語でしか提出ができず、ろう者が使用する言語(手話)では提出することができません

 意見募集要綱「『難聴児の早期発見・早期療育推進のための基本方針(案)』に関するご意見の募集について」の「4 意見の提出上の注意 」にも「提出していただく御意見は日本語に限ります」と記載があります(太字は筆者)。

 ステークホルダー抜きの政策決定は望ましいことではありません。ステークホルダーが一人残らず参加してもらうためには、パブコメの「情報アクセシビリティの確保」「言語バリアフリー化」が必要なのです。

【解決策】 パブコメの言語バリアフリー化を進める

 実はこのような聴覚障害者に関するパブコメは、過去に手話での情報発信及び提出手段が用意されているケースはいくつかあります。その1つが、神奈川県が2021年10月に実施した「『神奈川県手話推進計画(改定素案)』に関する意見募集」です。このパブコメでは、手話による案内動画があり、かつ、手話による動画の提出が可能になっていました。実際、DVDにより、47名の提出があったそうです。今はデジタル化が進んでいるため、インターネットでのファイル共有サービスや動画共有サービスを活用することも考えられるでしょう。

「神奈川県手話推進計画(改定素案)」に関する意見募集(神奈川県2021年10月実施済)

 なお、パブコメの「情報アクセシビリティの確保」と「言語バリアフリー化」を推し進めるためには、パブコメ実施主体が、全国の都道府県にある手話通訳派遣窓口などの協力を得る必要があります。

厚労省の短期間での迅速な対応により言語バリアフリー化を実現

 NPOインフォメーションギャップバスターは「当事者が政策に関与できないのは不公平だ」と訴えてインターネット上で署名活動を開始し、2021年12月23日に厚労省に署名を提出しました。

 厚労省は署名提出を受け、2021年12月24日に募集要項を修正し、「原則日本語に限る」としながらも「手話を撮影、録画し意見提出する場合には、動画を保存したDVDを郵送してください」との文言を加え、手話にも対象を広げました。

 厚労省など中央省庁の意見公募のほとんどは日本語での提出を前提にしているが、行政手続法は提出方法を日本語に限定しておらず、同法を所管する総務省の担当者は「日本語に限定するのは省庁独自の判断。法律上は手話を制限していない」としている。

 国連の障害者権利条約(2006年採択)で手話は正式に「言語」と明記され、日本では11年改正の障害者基本法に「言語(手話を含む)」と記されています。障害者差別解消法では、手話などを使って意思疎通をする「合理的配慮」の必要性を定めています。

 今後、厚労省以外の省庁や各自治体にてパブコメを募集する際にも、同様の対応をされることを期待します。

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