虐待防止にどう生かす「子どもの死亡検証制度」 藤田香織弁護士に聞く こども家庭庁とCDR【2】

不慮の事故など、防ぎうる子どもの死をなくそうとする取り組み「チャイルド・デス・レビュー」(予防のための子どもの死亡検証、CDR)は、大きな目的の1つに虐待防止を掲げる。縦割りを廃し、教育や福祉、警察、医療などの各機関が同じ情報を共有し、二度と同じことが起きないように対策を講じる。これがCDRの仕組みだ。

厚生労働省主管で2020年度に始まったモデル事業(現在は9道府県)はまもなく2年目を終える。当初の予定だった2022年度の制度化は先送りされたが、この間、どのような課題が浮かび上がったのだろうか。CDRは虐待防止のために何ができるのだろうか。日本でも始まろうとしているCDRの課題について短期集中でお届けする。第2回は虐待問題に詳しい藤田香織弁護士にCDRの展望を聞いた。

藤田香織弁護士(撮影::穐吉洋子)

藤田香織さん(41)は、横浜市の中心部に法律事務所を構える。弁護士として、数多くの児童虐待事件や少年事件を手がけてきた。現在、日本弁護士連合会子どもの権利委員会事務局次長や、神奈川県児童相談所の非常勤弁護士を務め、CDRとの関わりも深い。

そもそもCDRは、子どもの虐待死を見逃さないようにするために1970年代にアメリカで発祥した歴史がある。日本にこの制度を取り入れようと努めてきた小児科医の中には、藤田さんと同じく虐待問題の専門家も少なくない。CDRは、医療、警察、教育、福祉など多機関が関わるのが特徴だ。そこで情報を共有し、死に至った経緯を明らかにし、予防策を考える。乳児から18歳未満の子どもの死のすべてを扱う。対象も、窒息や転落など不慮の事故死、交通事故、自死と幅広い。検証には、人口動態調査に用いられる「死亡小票」を利用し、追加情報が必要な場合は、警察や死亡を確認した医療機関に問い合わせる。

ところが、厚労省作成のモデル事業の手引きは、2年目に新たな条件を付け加えた。

CDRを進める際には①遺族の同意が必要、②警察の捜査情報は共有しない、③司法解剖の結果は対象としない、という3点を明示したのである。

検証の質と量を左右する「手引き」。2年度目の変更については、モデル事業に関わった人々から失望の声が上がった。これで、はたして効果的な予防策を打ち出せるのだろうかといぶかしく思うような改訂だ。遺族に目的を理解してもらおうとしても、悲嘆にくれるそばから医師は同意を取りつけなくてはならない。警察の捜査情報にアクセスできないと、事件なのか、事故なのか、事故ならばどういう状況だったのか、死に至った経緯がわからない。これでは、“本丸”の1つである虐待事例を検証できなくなる。

これに関して、藤田さんはこう語った。

「必ずしもCDRは虐待防止のためだけじゃないですよね? 予測しうる子どもの死を防止する。自死、事故死、医療過誤も含まれます。子どもの死亡すべてをくまなく洗っていく全件調査がCDRではいちばん大事です。だから、虐待をなくすためにCDRというのはミスリードになると思います」

警察の捜査情報を共有せずに、CDRは成り立つのか。

「そこは、CDRの組み立て方によると思うんです。捜査情報を使わない制度設定をしたなら、虐待死は少なくともCDRから除かれるでしょう。刑事事件になるような死亡も除かれます。だけど、CDRでは虐待だけを知りたいわけではない。死亡する原因はほかにもいっぱいある。(警察情報の共有を省くなどした2年度目の)現行運用のままでもCDRを残しておくというのもありうる話だと思います」

実際、虐待による死亡や重篤な被害は、CDRの導入が検討される以前から「重大事例検証制度」で検証のレールに乗っていた。都道府県の児童福祉審議会の下に検証委員会が設置され、検証結果や提言は国に報告されている。児童福祉審議会は、ある程度強力な情報収集権限を持つ。集まる情報は膨大だ。

◆最初から虐待探しを目的にしているわけではない

ではCDRで虐待を扱う利点は何か。重大事例検証と何が違うのだろうか。

「どっちの方向から死亡を見ていくかだと思います。明らかに虐待だとわかっている場合、過去から現在に至るまで、どの時点で虐待だとわかったのかを見ていくのが重大事例検証です。逆に死亡からさかのぼって、『これ、虐待だったかも』と原因を究明していくのがCDR。双方からやっていくことで、より多くの虐待事例が発見されるかもしれません」

藤田さんは、CDR先進地のアメリカ・カリフォルニア州に視察に行ったことがある。そのとき、現地の検証委員会が最も注力していた対象は、自死と同一病院で相次いだ児童の死だった。

「委員会は最初から虐待を探してやろうと思って検証しているわけではありません」

虐待事案は適切なタイミングで第三者が介入していれば、命を救えたかもしれない。防ぎうる死であることは確かだが、藤田さんは、CDRの中で虐待を特別視すべきではないという。CDRはすべての子どもの死を網羅するからこそ、見落とされていたさまざまな気づきがある。

イメージ(撮影:穐吉洋子)

もちろん、虐待の可能性を探るには、捜査情報があるに越したことはない。ただし、CDRは予防のための策を講じることが目的であり、責任追及の場ではない。刑事責任を追及する警察とは目的が大きく異なる。

藤田さんは、AHT(乳幼児の虐待による頭部外傷)を例に挙げた。AHTのケースでは、警察が知りたいことは、誰がいつ何をして死に至らしめたのかという点だ。子どもは後ろ向きに倒れて頭をぶつけたのか、あるいは、誰かに激しく揺さぶられたのか。

「私たちが知りたいのは、どれくらい子どもを揺さぶったら重篤な事態になるのか、子どもが後ろ向きに倒れるときにはどういう要因があるのか、そういったことなんです。もし、兄弟が突き飛ばしたとしたら、ひょっとして『お兄ちゃんばっかり』『弟ばっかり』って思っている子かもしれない。その心のケアも大事だねという話になるし、周りに固い物を置かないほうがいいという話になるかもしれない。警察が知りたいことと違う」

そして、こう付け加えた。

「使い道が違うからこそ捜査情報がほしいんです」

◆「個人情報」の高いハードル

捜査情報の共有を妨げているのは、刑事訴訟法47条だと多くの関係者は指摘する。捜査情報の書類は、公判前に公表してはならないという規定だ。ただ、藤田さんはそれ以上に法や条例で守られている「個人情報」のハードルの高さを感じているという。個人情報保護法は「公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進」目的を例外事由としているが、情報提供を義務付けているわけではない。

例えば、事件性は認められなかったが異状死などの死因究明のために行う行政解剖。CDRが、この行政解剖の結果を求めた場合、医療機関や遺族の同意がなければ情報は出てこない。行政解剖は司法解剖ではないため、捜査情報に当たらないにもかかわらずだ。藤田さんの指摘は、CDRにおいて個人情報保護の制度が厚い壁となって立ちはだかり、捜査情報以外にも収集できない情報が多すぎるという点にある。

「自分が(子どもを)死なせたと思っている人から情報を取れずに、『(死の原因が)わかりませんでした』は、CDRの目的と離れています。『私はこの情報を渡したくない』と思っている人からこそ、情報を取れなくてはいけない。だから、CDRのために立法で情報収集の規定を作っていく必要がある。CDRの検証委員会から、情報を求める依頼が来た場合は、努力義務でもいいので出すように努めなくてはならないという条文があるといいと思います」

わが子の死の真相を知りたいが、情報を提供すれば自分の責任を問われかねないとなれば、進んで情報提供に同意する遺族は限られるだろう。医療機関や教育機関も同じだろう。だからこそ、法改正や新規立法が早急に望まれている。

では、刑事訴訟法47条はどうだろうか。その改正はないだろうと藤田さんは考えている。捜査情報が表に出ることの弊害があまりにも大きいからだ。被疑者が逃亡するような事態にでもなれば、刑事訴追はおろか、原因究明もできなくなる。では、判決が出たり、不起訴が確定したりして、捜査が終わった案件はどうだろうか。

「捜査が終わった事案について、CDRの検証ができているか。刑事訴追が終わった、あるいは検察が起訴しないことが確定したものについては、なんとなく、薄らぼんやり終わるんです。そうすると、CDRの検証リストには絶対載らない。捜査が終わったら(刑事訴訟法47条の縛りを外れるので)CDRに載せてもいい。仕組みとしては、捜査終了の段階で捜査情報を使ってCDRで検証はできるはずです。(検証のタイミングは後ろに)ずれ込むことになりますが。それに、捜査を諦めて、原因がわからなくなっている子どもの死について、CDRが手を付けられないとなると、どの機関によっても検証されないものが出てきてしまう」

取りこぼしのない全件調査の実施こそが大事だと藤田さんは考えている。今年度と次年度、あるいは、起訴と不起訴、そうした隙間に入り込み、検証から漏れる事案がないようにしたい。その点にもCDRの存在意義はあるという。

藤田香織弁護士(撮影::穐吉洋子)

◆司法と福祉で死因をめぐる見解が違う?

どの機関からも調査されず、マスメディアが報じることもない。なんの注意喚起もされずに不幸な事故として片付けられる。そのような事案は存外多い。原因不明の子どもの死亡の筆頭に上げられる乳幼児突然死症候群(SIDS)がまさにそれだ。

「死亡原因が窒息死だった場合、SIDSによるものか、口を塞がれたのか、あるいは誤飲なのか、そこを調べていく。誤飲だった場合は、ネグレクトの結果の誤飲なのか、本当に事故で誤飲しちゃったのか」

その見極めには解剖が欠かせない。しかし、解剖率は施設や法医の数などが原因となって都道府県にばらつきがある。全国平均はおよそ11%。CDRが進んでいる諸外国、例えば英国の約40%と比べると相当に低い。

「SIDSと言われている事例が全部そうなのか? 毒殺、高カリウム、はたまた遺伝子疾患かもしれない。『これ、怪しい』と調べても、結論が出ないままのこともあります。児童相談所が関わった中にも、SIDSで亡くなっているお子さんがいます。警察も捜査し、結局立件されなかったということもありました」

今年2月、神奈川県大和市で3年前に7歳の男児を死亡させたとして母親が逮捕される事件があった。この母親のもとでは、過去に3人の子どもが不慮の死を遂げていたこともわかった。中には、死因がSIDSだったとされていた乳児もいた。担当地域の児童相談所は、男児の施設入所を家庭裁判所に申し入れたが認められなかったという。

司法(警察)と福祉(児童相談所)、医療といった異なる土壌で、死をめぐる見解が異なっていく。それは、無罪判決が続く乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)にも当てはまる。

「児童相談所としては、おうちの中で子どもが死ぬのはとても嫌なこと。裁判で無罪になり、『SBSではなかったでしょ』とお父さんに言われたとします。『でも、おうちで亡くなってますよね、その理由はわかりますか』と聞くと、『ちょっとよくわからない』と。どうして子どもが亡くなったのか、それがわからないまま、その家にもう一度、子ども(兄弟)を戻すということを考えなくちゃいけない。これは危険です。だけど、無罪は無罪。判断がすごく難しい」

その難しさを克服するためにも、多職種のプロが集まって、それぞれの考え方を理解していくCDRには意義がある。「子どもの命を守る」という共通の目標のもとにCDRの席に着けば、互いの職種や組織の垣根を超えて、子どもにとって最善なものが見えてくるからだ。

イメージ(撮影:穐吉洋子)

◆CDRはグリーフケアの側面があるべき

虐待に限らず、不慮の死を防ぐには、保護者への支援が欠かせない。藤田さんは弁護士を志す以前から、子どもの養育環境に関心を持ち続けていた。司法修習生のときには、児童相談所職員の家庭訪問に同行。虐待の現場に初めて立ち、衝撃を受けたと振り返る。

5階建ての団地。階段は薄暗く、エレベーターはない。トラック運転手の父親は不在が多く、母親は体調不良で外で働けない。家の中は、やたら壁がベトベトしていたことを覚えている。

「子どもが4、5人いる家庭で。虐待事案だったので、どんな悪い奴が現れるんだろうと思って行ったら……」

現れたのは、困りはて、途方にくれた母親だった。「やんなきゃいけないことが多いのに、できなくて……。もう、いっぱいいっぱいになって、(子どもを)叩いちゃうんです」。私はダメな親なんですと、小さくなってわびる母親に、「虐待はいけない」と正攻法で簡単に言える話ではないことを思い知ったという。

「CDRは本来、グリーフケア(死別などによる深い悲しみや悲痛に対するケア)の側面があるべきだと言われています。自分の子どもが亡くなったのはどうしてか。そこを専門家に調べてもらって、『こういうことだったんだよ、あなたのせいじゃないんだよ』『これを気をつければよかったんだね』と言ってもらって、自分の子が亡くなったことについてもう一度見つめ直すためのきっかけになるのがいい。でも、そこは難しいところで、虐待をしていたら、グリーフケアもあったもんじゃない。死因を究明して、たとえ、加害者であったとしても、どういうふうにグリーフケアをしていくか考えなくてはいけないと思います」

(初出:東洋経済オンライン 2022年4月5日 『米国発「子どもの死の予防制度」日本導入への課題 虐待の防止にも効果、米国は1970年代に導入』 )

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