山梨県知事がCDRを「重要政策」に据える理由 こども家庭庁とCDR【3】

1つでも多くの小さな命を救うために、不慮の事故など子どもの死亡事例を徹底的に検証し、予防策を導き出そうという試みがある。市町村、病院、警察、学校など多機関で情報を共有し対策を考える「チャイルド・デス・レビュー(予防のための子どもの死亡検証、CDR)」だ。

厚生労働省は、2020年から制度化に向けたモデル事業を実施し、2021年は全国から9道府県がモデル事業に参加した。ただ、縦割りを廃した多機関の連携は、順調に進んだのか。フロントラインプレスの取材では、比較的うまくいった道府県の1つが山梨県だった。日本でも始まろうとしているCDRの課題に迫る集中連載。その第3回は山梨県の長崎幸太郎知事(53)に、どのようにCDRの推進役を果たしたのかを聞いた。

長崎幸太郎(ながさき・こうたろう)/1968年東京都生まれ。1991年東京大学法学部卒業後、大蔵省入省。在ロサンゼルス総領事館領事、山梨県企画部総合政策室政策参事、衆院議員を経て、2019年から現職(写真:穐吉洋子)

山梨県では、モデル事業1年目の2020年度に死亡事例13件を検証した。CDRはまだ法制化されていないが、CDRのポイントである「予防策の提案」を少しでも形に残そうと、いくつもの施策も実施。乳幼児に対する心肺蘇生法の講習会を実施したほか、自殺対策や解剖の推進など強化すべき課題を広報誌などで公表した。2年目は、子どもの死に至る経緯をケースごとに調べる「個別検証会議」が12回開かれている。警察の捜査情報の共有が難しい中、山梨県では警察や担当医が毎回出席しているという。

CDRの実務は、県子育て支援局子育て政策課が担っている。専従の専門員として保健師を再雇用し、コロナ禍においても途切れることなくモデル事業を進めてきた。この子育て支援局こそ、2019年に就任した長崎知事の肝いりで発足した部署だ。

山梨県は東京都に隣接しながらも、人口は全国で42番目の約80万人。同局では、自然環境や地の利を生かし、子育てしながら安心して働くことができる環境の整備を目指している。出会い、結婚、妊娠出産、子育てまでを、それぞれの段階で支援しながら、ワンストップで対応していることが特色だ。そうした中、県はCDRを「県の重要政策」と位置づけている。

◆衆院議員時代に二階派で取り組もうと提案

――CDRを知った経緯を教えてください。

衆議院議員をしていた頃に、新聞記者から聞いたのが最初です。チャイルド・デス・レビューと言って、子どもの死亡事故を、責任追及ではなく再発防止の観点で検証するんだと。いろんな分野の関係者が集まるので、日本で進めるのは難しいという話を聞きました。当時、僕は、自由民主党の二階派の政策担当をしていました。自分も子育ての真っ最中だったので、『派閥で取り組みませんか』と提案して、同じく二階派だった金子恵美さん(元衆議院議員)らにお声をかけて勉強会をやりました。2016年前後でしょうか。そこに講師に来ていただいたのが、神奈川県の小児科医で、NPO法人「Safe Kids Japan」理事長の山中龍宏先生です。

山中先生は子どもの傷害予防のための活動をしています。その後、選挙だなんだとあって、さたやみになりましたが、2019年に山梨県知事に就任して、いよいよCDRをやる立場になったというわけです。

――「日本で最初にCDRをやりたい」と、知事に就任してすぐに山中先生に電話をかけ、CDRの体制作りを県職員に指示しましたね。

子育て支援は公約に掲げていました。CDRも、その中のやるべきメニューの1つです。法制度がないならないなりに、その範囲内でやろうと思えばできますよね?(CDRにおける検証は)専門家の間で分析するために情報が必要なのであって、プライバシーを侵害するものではない。県という横断的な組織こそ、CDRをやりやすいと思ったんです。

国会議員では無理ですね。当時は、議員立法でやったら面白いと話し合っていましたが、大変な世界です。今みたいにこども家庭庁などの話があれば別ですが。国会議員より県知事のほうが範囲は狭いけど、やろうと思えば比較的すぐに取りかかれます。警察だって、県の組織ですから協力をお願いできる。県下の産業関係にも、安全な製品作りを提案だってできる。県こそCDRをやりやすい立場です。やらない理由はないじゃないですか。

現場の実務は大変だと思います。だけど、この件に関しては反対論って起こりえないと思うんですよ。お医者さん、学校の先生、保護者のお父さんお母さん、多くの人が、こんな制度があったらいいよねと思いながらも、社会のセグメントの中で、なかなかできなかったことの代表例だと思うんですよ、CDRは。

◆強い意思表示が必要だと思った

――国のモデル事業に手を挙げる以前に、2019年8月の山梨県第1回検討会に出席されていますね。

言い出しっぺだし、CDRには多くの関係者が絡んでくるので、強い意思表示が必要だと思いました。『CDRは選挙で選ばれた知事としてやるべき政策だと認識しています。県の大方針ですから皆さん協力してください』と。総論は賛成でも、各論で問題は起こりうるわけじゃないですか。そこは総論を目指して知恵を出し合いましょうと呼びかけたかったんです。

――モデル事業1年目では13件の死亡例が検証されました。報告書の感想を教えてください。

もっとガツンとやってもいいんじゃないのという思いもありましたが、県内だけの事例ですし、しっかりした内容だったと思います。やっぱり、現場は慎重というか、おっかなびっくりなところはあったと思います。(検証は)個人情報の塊ですから。

それに、子どもの死亡に関する話なので、親御さんからすると、本当は『触れてくれるな』という世界なのかもしれません。心の半分では、再発防止と言えたとしても、残りの半分は『そっとしておいてほしい』と思っているかもしれない。そういう意味では、もっとパイを大きくして実施するべきです。全国的にいろんな事例を集約して、国レベルで検証をしっかりしてフィードバックするような形が取れたら本当はいいですよね。あるいは、各県で検証したものを情報交換できればいいと思います。

他県の検証結果のすべてが本県の参考になるかはわかりませんけども、そこから、ケーススタディとして、「こういう対策があるよね」と知ることができます。その対策を具体的に実行する際は、各県でベストな対応をすればいいと思うんです。全国でやるべきもの、各地域でやるべきもの、それを意識しながら取り組むのが効果的ではないでしょうか。

山梨県庁(撮影:穐吉洋子)

――県単位の方がCDRを進めやすいが、検証結果のフィードバックは全国的に行ったほうがよいということですね。モデル事業参加の他県との交流はありますか。

知事に就任した2019年の6月に滋賀県で「日本創生のための将来世代応援知事同盟サミット」が開かれました。まさに子育てについて議論する場だったので、「CDRをやりませんか」と提案しました。主催者の三日月大造・滋賀県知事も賛同されて「これ、いいですね」と言っていただけました。滋賀県もCDRモデル事業をやってますよね。(モデル事業に参加している)滋賀、三重、高知などは、将来世代応援知事同盟の仲間です。

◆CDRは国の事業として全国展開すべき

――CDRは本来なら2022年度に国が制度化する予定でした。今は2023年度に創設の「こども家庭庁」に組み込まれる予定です。どのように期待していますか。

CDRは、やはり、国の事業として全国展開すべきだと思います。その中で、国と、現場である県、市町村で役割分担していくのがいいと思います。例えば、洗濯機の中に入った子どもが亡くなるという事故が過去にありましたが、製品のデザインだとか、食べ物が喉に詰まらない大きさにするとか、メーカーに対するフィードバックは国にやっていただきたいことです。

他方で、個別の研修会などはわれわれが実施する。より効果的にするために国と都道府県が連携してやれば、こども家庭庁の目玉の一つになると思います。こういう取り組みこそ、“横割り”の省庁ですよね。さまざまな省庁をまたぐ横割りの組織であるこども家庭庁がふさわしい。オールジャパンですべきことです。

(撮影:穐吉洋子)

――子どもの命を守るには、親への支援も重要ですが、CDRのほかに子どもに関わることで取り組んでいることは何がありますか。

これはもう、全国でトップクラスを走っていると思います。知事になって、子育て支援局という独立部隊を作ったのは本当に大正解だったと思います。特色のあることをいくつかやっていますが、待機児童ゼロのセカンドステージというチャレンジをやっています。待機児童ゼロとは総数でゼロということですが、それだけじゃ意味がない。

例えば、甲府に勤めるお父さんお母さんが、県境の上野原市の保育園が空いているからといっても、そこに通園するのは無理じゃないですか。希望の園に入れないことで、潜在的な待機児童がいるんです。少なくとも自分のうちから近く、なおかつ、好きなタイミングで預けられるというのが望ましいです。

何年か前に話題になった「保育園落ちた、日本死ね」って、気持ちがよくわかりますよ。うちの家内も、保育園に子どもを入れられず、「私、仕事を辞めなくちゃいけないでしょうか」って泣いてましたもんね。衆議院議員をしていて東京にいたころです。

その後、たまたま保育園に入れましたが、区立ではなかったので、私立を渡り歩いたりして。もう、保活は大変でしたもん。そういう意味で、子育てや保育のあり方の改善が必要です。介護離職と同じように保育離職というのが起こって、貧困状態になることだってありえます。夫婦共働きでようやく家計が維持できているという家庭は相当数ありますから。

◆CDRの出番は本当はないほうがいい

最近では、レスパイト(休憩)ケアというのを始めました。子育てをしてるお母さんの負担を一時だけ軽減しましょうというものです。4時間おきにミルクをあげないといけないような乳幼児がいると、お母さんヘトヘトになるんですよ。一晩ホテルに行ってもらって、そこでは、お子さんを保育士が夜通しみてくれる。そして、お母さんはぐっすり寝てくださいというものです。

きっかけは、シャーリーズ・セロンっていうアメリカの女優が主演する映画『タリーと私の秘密の時間』です。夜間のベビーシッターが出てくるんです。主人公のママは子育てにエネルギーを取られて眠れない。すると、人格の分裂を起こしちゃうんです。日中は子育てに苦労するママなんだけど、夜は、別の人格として家事を完璧にやるけど、最終的には……というストーリーです。

「こういうことありうるよね。お母さんたちが休めるサービスを提供できたら役に立つに違いないね」と周囲と話をして、県としてどういうことができるか検討してもらいました。今はモデル事業の段階ですが、好評らしいです。

――親の負担軽減や息抜きは、子どもが安心して暮らせる環境作り、CDRが目指す子どもの死の予防にもつながりますね。

CDRの出番は、本当はないほうがいい。ネタがなくて困っていますというのが一番理想的な状態です。CDRからレスパイトまで効果的に取り組めるのは、子育て支援局という独立部隊を作ったからです。だから、こども家庭庁には期待しています。こういうこと言ったら怒られるかもしれませんけど、山梨県の子育て支援局ぐらいのパフォーマンスをこども家庭庁が示すことができれば、多分、日本の子育て環境はよくなると思うんです。

長崎幸太郎知事。書は座右の銘「不惜身命」(撮影:穐吉洋子)

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フロントラインプレス取材班による連載『チャイルド・デス・レビュー 救えたはずの小さな命』(SlowNews)

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