「あの高い塔のある赤い建物はなに?」
『倉敷市役所だよ』
「え〜!あんな建物が市役所なんて珍しい!」
県外からきた友人などを案内しているときに、こんなやりとりをした経験のある倉敷市民は、多いのではないでしょうか。
- 巨大な塔
- レンガタイル張りを含む「赤」が印象的な建物
ヨーロッパの伝統的な建築物のような雰囲気もあり、一目見て市役所とわかるかたは少ないでしょう。
倉敷市本庁舎の竣工は1980年。
「ぜいたく」などとメディアには批判され、竣工直後の評判はよくなかったそうです。
しかし、当時から40年経過した今では「倉敷市のシンボル」になっていると筆者は感じています。
外観が印象的ですが、内部にもこだわりが詰まっている市庁舎は、今では作れないと思うからです。
倉敷市本庁舎最大の特徴と感じるのは「シビックプライドを表現した市民ホール」。
正直なところ筆者も存在すら知らなかったのですが、それもそのはず「限られたときしか使われない特別な空間」だからです。
この記事では、建築物としての「倉敷市役所 本庁舎」に着目して考察します。今回倉敷市の協力で、「市民ホール」の取材も実現しました。
倉敷市役所 本庁舎とは
倉敷市役所 本庁舎は、1980年(昭和55年)に竣工しました。
1967年に倉敷市・児島市・玉島市が合併したことで、新しい庁舎建設の機運が高まったことを受けて建設されたそうです。
旧庁舎は1960年に竣工しており、20年という短い時間で役割を終えましたが、現在も「倉敷市立美術館」として利用されています。
当初は旧庁舎の南東、現在倉敷市芸文館が立っている場所を予定していたそうです。
その後、現在の敷地に変更され地上10階建て、西側に高さ66メートルもの塔を備えた市庁舎となりました。
設計はふるさと倉敷の市庁舎設計を夢見て実現させた「浦辺鎮太郎」
設計を行なったのは、倉敷出身の建築家「浦辺鎮太郎(うらべ しずたろう)」。
大原美術館分館・倉敷国際ホテル・倉敷公民館・倉敷アイビースクエアなど倉敷で数々の建築物の設計を手がけましたが、竣工の際「一生の念願としていた仕事であった」と話したそうです。
浦辺鎮太郎の庁舎建設への熱い想いは、竣工から50年前にさかのぼります。
1930年代当時学生だった浦辺鎮太郎は、雑誌でスウェーデンのストックホルム市庁舎、オランダのヒルヴェルスム市庁舎を目にしました。
とくにヒルヴェルスム市庁舎は、オランダ出身の建築家「ウィレム・デュドック」による設計であることから、以来「倉敷のデュドックになりたい」と思い、故郷倉敷で市庁舎を設計したいと考えるようになります。
倉敷市本庁舎の設計を担当したことは、積年の夢が叶った瞬間でもあったのです。
しかし、市庁舎の設計にいくつかチャレンジしたものの、実現したのは倉敷市のみ。
浦辺鎮太郎の考える「市庁舎のあり方」を感じられる唯一の建物が、「倉敷市役所 本庁舎」となります。
倉敷市役所 本庁舎の特徴
建築家としての夢が詰まった建物ですが、市庁舎は公共建築であるため、公共施設としてのあり方が求められます。
公共建築は経済性・合理性を求められる傾向が強く、今から市庁舎を建て替えることになった場合、おそらくこの点が最重要視されるでしょう。
倉敷市本庁舎の竣工当時、「ぜいたく」「東洋一の無駄遣い庁舎」などと、新聞では批判されたそうです。
その理由は、以下のような特徴を有していたためと思われます。
- 高さ66メートルの塔
- シビックプライドを表現した市民ホール
これらの特徴は、ストックホルム市庁舎、ヒルヴェルスム市庁舎と同じです。
では、これらの庁舎に共通している「思想」はなんなのか?
それは、ヨーロッパの伝統に基づいた象徴性です。市庁舎を開放的な市民の憩いの場とするだけではなく、厳格に市民精神を感じさせる儀式的な空間としての機能を持たせました。
このような機能を持たせた理由として、「浦辺鎮太郎の強いこだわり」で終わらせるのは早計でしょう。
当時の時代背景として、玉島市・児島市が合併して新たな倉敷市となり、「新しい倉敷」として歩んでいくために象徴的なものが求められ、それが市庁舎に反映されたのだろうと想像します。
実際、内部にも細かい「こだわり」が詰まっているのです(詳しくは後述)。
高さ66メートルの塔
倉敷市役所 本庁舎の建物としてもっとも印象的なものは、「高さ66メートルの塔」でしょう。
地上10階建ての建物最上部にあります。
倉敷市内ではかなり背の高い建物ですが、近隣にある足高神社より高くならないように調整され、50センチ低くなっているそうです。
また、この塔を近くから見る機会はあまりないと思うのですが、実は塔の四隅には金と銀の玉があります。
これは、古事記・日本書紀で伝えられている「山幸彦と海幸彦(やまさちひことうみさちひこ)」という日本神話に登場する、塩満珠(シオミツタマ)と塩乾珠(シオフルタマ)を表しているそうです。
- 山を作った神様(倉敷)
- 海を作った神様(玉島・児島)
合併する3市の拠り所になり、市民のシンボルとなる願いが込められたのかもしれません。
倉敷市庁舎完成時に、浦辺鎮太郎本人が残した「新しい倉敷市庁舎」というメモに記載されています。
記事の最後にメモの写真を掲載しているので、よろしければ見てください。
シビックプライドを表現した「市民ホール」
倉敷市役所 本庁舎の市民ホールは、浦辺鎮太郎の考える庁舎建築としてもっとも象徴的な空間でしょう。
- 高い天井と、倉敷市の市花「藤」をモチーフにした照明
- 大理石の床
- 歴代名誉市民の肖像画 など
華美な豪華さはありませんが、厳格な雰囲気は見るだけでも感じられます。
「市民ホール」は倉敷市本庁舎1階にありますが、普段は利用することができません。
市役所の職員でも、日常的に利用することはなく、市長が出席するようなセレモニーなど、年間数回しか利用されない特別な空間。
「このような空間は無駄である」という意見はあるでしょう。
しかし、浦辺鎮太郎は「厳格に市民精神を感じさせる儀式的な空間」を作ることにこだわりました。
当時(倉敷・玉島・児島の3市合併)と40年ほど経過した今では、市庁舎に求める考え方は変わったかもしれません。
しかし、「市民ホール」に初めて入って、この空間に込められた想いを筆者は強く感じました。
建物の外部をチェック
それでは、倉敷市本庁舎の外観を見て行きましょう。
レンガタイル張り・アーチ形状の開口部を持つ建物は「駐車場」。
倉敷市民でも「駐車場が一番いい」という人は多く、街路樹を含めて筆者も一番好きな景色です。
建物の内部をチェック
続いて、建物の内部を見てみましょう。
1階(主に住民サービスエリア)
1階は各種届け出など、主に住民サービスが提供されているエリアです。
前述の市民ホールも1階にあります。
3階(主に市長の執務スペース・議場)
2階以降は基本的に執務スペースとなっており、だいたい同じような作りになっています。
しかし、3階だけは雰囲気が異なります。3階は市長の執務スペースや議場があるためです。
3階に屋上庭園
議場のすぐ近くには、屋上庭園があります。
屋上庭園があることは、視察に来たかたも驚くことが多いそうです。
竣工から40年以上経過した「倉敷本庁舎の今」
このように、市民の窓口、職場としての機能はもちろん、「倉敷市のシンボル」的な意味合いも持っている倉敷市本庁舎。
現在は、倉敷市総務課が庁舎管理を行なっています。
記事の後半では、庁舎管理の仕事、倉敷市本庁舎について知ってほしいことなどをインタビューしました。
倉敷市総務課の庁舎管理担当者にインタビュー
総務課の庁舎管理担当として、倉敷市本庁舎の管理を行なっている、逸見達也(へんみ たつや)さん・味野匡敏(みの まさとし)さんに話を聞きました。
庁舎管理の仕事について
──庁舎管理の仕事について教えてください
逸見(敬称略)──
大まかにいうと、2つあります。
1つ目が庁舎内の会議室管理です。
会議・研修・セミナーなど庁舎内ではさまざまな用途で会議室が利用されますが、どの部署がどの時期に会議室を使うのかなど、スケジュールの管理を行なっています。
2つ目が庁舎内の落とし物の管理です。
落とし物が届いたら、庁舎内の放送でお呼出しをしたり、取りに来るかたがおられない場合は警察に届けたりします。
味野(敬称略)──
私は設備管理という感じで、庁舎の空調設備・換気設備が適切に機能するよう、管理する仕事をしています。
──この仕事をするようになって、普段一市民としては目にしないところへ足を運ぶこともあるかと思うのですが、驚いたことなどはありますか
逸見──
「市民ホール」でしょうか。
1階にありますが、一般公開しているわけではなく、式典など特別な時に使っています。この仕事でなかったら、立ち入ることはできなかっただろうなと思いますね。
味野──
私も「市民ホール」は驚きましたが、もう1つは「議場」ですね。
この部署に来て初めて入ったんですけど、内装的なこだわりはもちろん、設備的にも細かい配慮を感じたので、印象に残っています。
──市民ホールは、普通に「使わせてほしい」とお願いしても使えるものではないと思っていますが、ルールなどあるのでしょうか?
逸見──
会議室ではないということもあり、「市民ホールを使う条件」というものを定めています。
たとえば、市長が出席するような特別な式典では使えることになっていますね。
通常の会議室とは用途が異なっていることもあり、ほぼ利用される事はありません。「特別な場所」として扱われています。
──倉敷市本庁舎も、竣工からは40年以上経過し、老朽化を含めて課題はありますか
味野──
空調設備が課題になっています。
1980年当時は最先端の技術を取り入れ、いわゆるセントラル方式で「蓄熱槽」などを使っており、省エネなどに寄与する設備という事で表彰を受けたこともあります。
しかし、今はコロナ禍という時代です。小回りの利かない部分が多く、とくに換気が問題で、今の時代にあわせてどう改修するかが課題になっていますね。
蓄熱槽とは、プールのように大きな水槽のことで、夜間の安い電力を使い温水・冷水にして、利用することでエネルギー効率を上げる効果があります
あとは、いわゆる「バリアフリー対応」。
当時としてはそれでよかった部分を、時代にあわせてバリアフリー化していくかが課題です。
2022年に入り、総合受付の配置も変えました。一つひとつ今の時代に合わせることをしていかなければならないと感じています。
倉敷市役所 本庁舎について市民に知ってほしいこと
──最後に、倉敷市本庁舎の建物について、市民に知ってほしいこと、見てほしいことなどメッセージがあればお願いします
逸見──
倉敷市で働くようになって3年ほど経ちますが、倉敷市本庁舎の建物そのものが「ランドマーク」だと思っています。
やはり特別な見た目をしていますし、そういうところを誇らしく思ってもらえたらうれしいです。
味野──
外観のところでいうと、たとえば耐震補強工事をする時でも、意匠にこだわってそのなかでも今の時代に必要な整備をしながら、外観を保つことをしています。
「この庁舎をみたら倉敷市」
と感じられるランドマークのように思っているので、愛着をもってもらえることが、維持管理をする身としてもうれしいですね。
おわりに
あの市役所は倉敷市が当時お金持ちだったから建てられた。
そんな話を、筆者が子どもの頃に母親から何度か聞いた覚えがあります。
どちらかといえば悪い印象を持っていたように感じますが、1979年生まれの筆者とほぼ同じ頃に竣工した建物です。
つまり、生まれた頃から現在の倉敷市庁舎だったわけで、悪い印象はなく、逆にいえばよい印象もありませんでした。
倉敷市以外の地域もいくつか住みましたが、印象に残る市庁舎はありません。そういう意味で、倉敷市役所 本庁舎の建物が特別なものだということは、県外に出たときに初めて知りました。
情報通信技術が発達し、地域などとの帰属意識をもたなくても、自宅からでも仕事ができる時代になったことをコロナ禍になって実感します。
「あえてそこに暮らす理由」
それを考えたとき、シンボルといえる市庁舎があるのは倉敷の強みかもしれません。
竣工から40年経った倉敷市本庁舎には、そんな魅力があるのではないかと感じました。
取材協力
- 記事監修:株式会社浦辺設計
- 撮影:佐々木敏行
浦辺鎮太郎「新しい倉敷市庁舎」
倉敷市庁舎の完成時に、浦辺鎮太郎が残した文章を掲載します。