若者の“孤独”に向き合うNPO 「死にたい、消えたい」という相談から見えるもの

消えたい、死にたい……。若い世代のそんな声が消えない。1990年代後半から2000年代生まれの若者「Z世代」からは相談が途切れない。NPO法人「あなたのいばしょ」理事長の大空幸星さん(23)は、その実態を誰よりも知る1人だ。インターネットを利用した無料・匿名のチャット相談を設けて2年。彼らは何を訴えているのか。大空さんに聞いた。

「あなたの居場所」のHP

◆24時間・365日、無料・匿名のチャット相談 件数は既に28万件

NPO法人「あなたのいばしょ」は2020年3月の発足と同時に、「あなたのいばしょチャット相談」を始めた。365日・24時間の対応で、相談する側は名乗る必要もない。相談員は2022年3月末時点で約600人。20代から60代まで幅広く、全員がボランティアとして協力をしている。24時間の対応を可能にするため、海外在住者の協力も得ているほか、医師や臨床心理士などの専門家も参加している。開設からの2年あまりで相談件数は28万件近くに達した。

日本社会での「孤独」の現状は深刻だ。心の病気で病院に通ったり入院したりしている人は約419万人。児童虐待の通報は年間約19万件。性暴力被害者のうち警察に相談できていない人は96%。さらに、一時よりは減ったといえ、自殺者も年間約2万人に達している。とくに10~39歳では死因の1位が自殺。先進7カ国(G7)の中で、15~34歳の死因1位が自殺なのは日本だけだ。

「あなたのいばしょ」はそうした背景に“望まない孤独”があると考えている。誰かに話したいのに話せない、頼りたいのに頼れない。相談相手との出会いは奇跡か偶然しかない――。それを根本から変えるのが、自らに課した大空さんのミッションだという。

◆社会に積極的に声を上げられる若者は一部

――Z世代はいま分断が起きている、と大空さんは話しています。いま、若者の現場で何が起きているのでしょうか。

「命を絶ちたい」「オンライン授業を聞いているとき、何もしていないのに勝手に涙がでてくる」「オフラインで学校になかなか通えていないので、学校に頼れる人がいない」「実家にも帰れない」……。

自殺や虐待に関する声が、ひっきりなしに相談窓口に届いています。コロナ禍でアルバイト収入が減り、学校の授業やイベント行事などにも十分に参加できない。そんな現状が彼らを苦しめています。これまで頼れる人がいなかった若者が、コロナ禍でさらに誰にも頼れなくなっているのです。

10~20代の中には、同世代の政治参画を促したり、気候変動の問題について一緒に取り組もうと誘ったり、社会に対して積極的に声を上げられる人もいます。けれども、そんな余裕がある人って一部なんですよ。よく、若者は活発だね、と一括りにされますが、声を上げられる人と上げられない人との溝が深まり、若者の間に分断が起きているのです。気候変動のデモで高校生が「これ以上の豊かさはいらない」と話していました。ただ、彼らは、経済的に豊かな家庭出身で、高水準の教育を受けているケースが多い。豊かなのはほんの一部です。

日々生きることに精一杯で明日に食べるものを心配したり、お金をやりくりするのに体を売らなければならないと追い込まれていたり。そんな若者もたくさんいるんです。そんな彼らの苦しい現状を今こそ、知ってもらいたいと”分断”という言葉を使い、発言しています。

――「あなたのいばしょ」にはどんな人から相談がきていますか。

相談は1日に700件以上あります。10~20代からが最も多く、29歳以下の人が8割を占めています。男女比では女性が7割。その中でも特に、女性の非正規雇用者からの相談が多いです。コロナ禍によって、格差のしわ寄せがきたからでしょう。

相談件数が増えているため、つねに人手不足です。けれども、捉え方を変えると、多くの人たちに使ってもらっている証拠。僕たちは完全チャット形式なので、素性がバレずに相談ができるという利点がありますから。匿名式の相談こそ、現代社会において意味があると考えています。”頼ることが恥”という意識が、今の社会に根付いているからです。それでも、社会は少しずつ変わっていると思います。政府は2021年2月に、孤独・孤立問題に取り組む官僚級ポストを世界で初めて設置し、本腰を入れての問題解決に乗り出しています。

同じ年の12月28日に策定した重点計画では、「孤独・孤立は人生のあらゆる場面で誰にでも起こり得るもの」としたうえで、「社会全体で対応しなければならない」と述べています。官民連携で電話やSNSを使った相談体制を整備するほか、地域の居場所づくりに力を入れることも盛り込まれました。

◆ネグレクトされた自身の10代がベースに

NPO法人「あなたのいばしょ」の立ち上げ背景には、大空さん自身の過去が深く関わっている。自身は育児放棄(ネグレクト)の家庭環境で育ったという。

小学5年のある日、学校から家に帰ると母親の姿がなかった。離婚してしまったのだ。地域柄、離婚について敏感な雰囲気が漂っていたせいか、友人らに家庭事情の話をすることはなかった。母親が家を出たあと、もともと折り合いが悪かった父親との仲はさらに険悪になった。小学生なのに大の大人である父親と殴り合いのケンカに発展したこともあった。

6年生になると、心身の不調が極まり不登校に。食事を取れなくなり、中学1年生の春には、入院することになった。そこから自殺を考えるようになったという。退院後は、父の元を離れ、母とその再婚相手と暮らしたものの、母たちは多忙のため中学卒業まで、1人で晩御飯を食べていたという。もちろん、学校に通わないことのほうが多かった。

入院時の医師の勧めで、留学制度がある高校に進学した。母親のネグレクトは続き、留学時の大切な面談にも来なかった。担任の支援もあり、ニュージーランドに無事留学した。費用は父親の祖母の遺産を使った。

大空幸星さん(提供写真)

1年間の留学から帰国すると、母の2度目の離婚と離職によって家庭の経済環境が一気に悪化した。大空さんは高校生にもかかわらず、夜勤のアルバイトをせざるを得なかった。そして、帰国から2カ月後、大空さんは深夜に担任の先生にメールを出し、「学校をやめます。死にたいと思っています」と告げた。

翌朝、担任の先生が大空さんのアパート前に立っていた。これが大空さんの転機だった。

アパートに来てくれた先生に自らのことを語り、聞いてもらい、高校へも通い始める。その後も幾度となく、担任の先生と話し込んだ。身近に頼れる人ができた。近くに相談できる人、頼れる人がいることの大切さ。それを心から実感しているのが、大空さん自身だ。

「誰であっても頼れる人に相談できる環境が必要。それを作りたい」

NPO法人の原点はそこにある。

◆「誰かとつながりを持ちたい」という感情は生理現象

――「孤独」とは、どんな状況、どのような意味を指すのでしょうか。

実は、「孤立」と「孤独」はまったく異なる意味を持ちます。「孤立」は自分の選択肢で、1人になることです。

例えば家族やコミュニティと接触がほとんどないことを指します。一方、「孤独」とは自分で意図せず、1人になることです。自分は他人と結びつきを持ちたいのに、現実はそうならない。そのギャップから孤独が生じてしまうから、孤独は苦痛を伴うのです。

「あの人はいつも笑顔で楽しそうだ」と他人から見えている場合でも、実際は家庭内暴力など何かに苦しめられていて、相談できる人がいないというケースもあります。「弱みを見せてはいけないと育てられてきたから」というケースもあるでしょう。家族や友だちがいても、誰にも頼れないため、孤独となっているケースがコロナ禍で多くなっているのです。

「孤独を愛せ」「孤独が人を強くする」。こんな文言を耳にしたことも多いのではないでしょうか。歌詞などによく使われがちですね。この文言は、孤独を押しつけているにすぎません。誰かとつながりを持ちたいという感情は生理的な現象です。

そもそも誰かに頼らないと生活はできません。そんな当たり前のことなのに、なぜそれを否定するのでしょうか。お腹が空いている人に、「飢餓を愛せ、飢餓が人を強くするから」と説得しているようなものです。

「孤独は自分で対処しろ」という社会が、(本来は個人の責任とは言い切れないものを)自己責任論に落とし込んでいるわけです。自己責任とは、もともと大人の世界で使われていたもので、自分の選んだことを自分の責任として担い、自尊心を高めるものだったはずです。

(イメージ)

◆「誰かに頼ることは恥」という考えにとらわれている

――コロナ禍で大勢の若者が苦しんでいます。それに対する自己責任論の高まりは、社会がどのように変化した結果なのでしょうか。

コロナ禍というより、社会が豊かになっていく過程で、人々は「個々の能力を高めればもっとよりよい社会が訪れる」と考え始めました。必然的に競争社会が訪れ、当人には変えることのできない生育環境や家庭環境にまで、自己責任論の対象は広がりました。自分を苦しめるだけの、懲罰的な自己責任論にすぎませんが、それが10~20代の若者にも広がりました。

「死にたい」「消えたい」とわれわれに相談してくる人の話を聴き続けてみると、「自分1人で乗り越えなくてはいけないと思ったから」「家族や友人に心配をかけられないから」という背景が浮かんできます。誰かに頼ってはいけない、相談してもいけない、それは恥だという考えにとらわれている。まさに「孤独」です。

そうした状況を考えると、若者の気持ちをまずは素直に受け止められる傾聴姿勢が求められていると言えるでしょう。その人の気持ちに寄り添うことから始まり、共感する。そして、存在を肯定した後で、アドバイスなどするべきです。親子との会話も同じ。まずは子どもの話に口を挟んではならないのです。

新型コロナの感染拡大により、自粛を余儀なくされ、自分の思ったように行動ができない。誰もがストレスを抱えているため、社会全体の余裕がなくなっているのも現実ですが、「声を上げられない」若者たちのことに社会がもっと関心を向けてほしい。

政策面では、孤独・孤立対策の官僚や大臣などのポストが設置されましたので、あとは十分な予算が早急に組み込まれ、法律が施行され、行政による支援が全体に行き渡ることを望んでいます。

(初出:東洋経済オンライン 2022年4月15日 『多くの現代若者が苦しむ「望まぬ孤独」悲痛な実態』)

■参考記事
NPO法人「あなたのいばしょ」(公式サイト)
『“声なき声”を拾い、集め、現代の貧困を活写したNNNドキュメントの秀作「ネットカフェ難民」』(調査報道アーカイブス No.46 2021年11月20日)
『自腹買取り、突然の賠償請求、欠勤への罰金―コンビニバイトが訴える実態』(フロントラインプレス・藤田和恵 2018年10月11日)

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