<南風>眼鏡を忘れました

 友人の両親は若いころ、韓国から横浜に移住してきました。慣れない日本で、父はいろいろな仕事を引き受け、母は洋裁や衣服を売る仕事で、4人の子どもを育て上げました。 ある日、就職した子どもたちとテレビを見ていた母は、夜間中学があることを知りました。画面では、幅広い年代の人たちが学んでいる様子が紹介されています。そこで母は突然、「私は子どもをみんな大学まで行かせたのに、誰も私に勉強することをすすめなかった。私は字が書けないのが恥ずかしい」と嘆きました。子どもたちは驚きました。文字は書けないけれど、ある程度のことは理解できるから、不自由はないと思っていたのです。

 翌日、娘は仕事を休み、東京都内の夜間中学校で母の入学手続きをしました。60歳を超えた中学生。文字が書けて、読めるようになり、新しい知識を得るたびに、その学んだことを家族に報告するのだそうです。

 以前は、役所に出掛けても文字が書けないことを隠して、担当者に「すみません、目が悪いので代わりに書いていただけませんか」と小さな声でお願いしていたそうです。でも今は違います。周囲にも聞こえる声で、「今日は眼鏡を忘れたので、ちょっと手伝っていただけませんか」。その時はとても誇らしいようです。「私は字が書けるんですよ」と、思わず背筋が伸びると言います。

 さまざまな事情で学ぶ機会を逃した人や、日本で生活を始めることになった外国籍の人たちが学ぶ場として、公立や私立・自主塾、NPO法人などが夜間の中学校を運営しています。すべての人が先生や生徒との交流を通し、新たな人生を拓(ひら)いていくようです。

 沖縄でも学校NPO法人珊瑚舎スコーレが活動しています。多くの方々が決意し、チャレンジしている姿は、私たちを勇気づけます。

(青山喜佐子、オフィスあるふぁ代表)

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