ピチカート・ファイヴ「ボサ・ノヴァ2001」にみた “ほんの少し先の未来”  時代が追いついた? 懐かしさと新しさが同居する「ボサ・ノヴァ2001」

新世紀を名乗るにふさわしいピチカート・ファイヴ「ボサ・ノヴァ2001」

自分が大学に入学したのは1992年の春。そう所謂「失われた20年」と呼ばれる時代のはじまりだとされている頃だ。だが当時は、バブルの名残はまだなんとなく残っていたし、日本中で新しいランドマークの誕生もあったりして、世紀末の厭世観よりも、どちらかというと、あと10年を切った21世紀の訪れを待ち焦がれるような、そんな雰囲気に包まれた大学生活だったように思う。

ピチカート・ファイヴのアルバム『ボサ・ノヴァ2001』がリリースされたのは、そんな新世紀への期待感が高まりつつあった1993年6月1日だ。

大学2回生だった自分がこのアルバムに出会ったのは、たしか飲み会帰りに同じサークルの友人の部屋で泊まった時だ。彼は電気グルーヴやスチャダラパー、そして渋谷系が好きで、ロック系が好きな自分とは正直趣味が合わなかったけれど、たまたま目に入ったジャケットに惹かれて、借りて帰ったのだ。

近未来のバーレスクダンサーを思わせるような野宮真貴の写真とデジタル感あふれるタイポグラディで構成された、信藤三雄がアートディレクションを手掛けたジャケットは、“2001” という新世紀を名乗るにふさわしいものだった。

“キャッチー” な小西康陽ワールド全開!想像を超える世界観

カネボウのCMタイアップ曲だった「スウィート・ソウル・レヴュー」は耳にしたことはあったが、ピチカートは名前は知れどもほとんど聴いたことがなかった。なので、その未来感あふれるジャケットと、友人が電グルが好きだということもあり、勝手にエレクトロポップ的なものを想像していたのだが、プレーヤーに入れた途端に、その期待は大きく、そして良い意味で裏切られた。

 長いヴァカンスが 本当にとれたら
 さあ すぐに出掛けましょ
 たったひとりで
 とにかく何処かへ
 車を飛ばして
 おんぼろラジオの
 ロックンロールみたいに

『ボサ・ノヴァ2001』というアルバムの中で唯一のボサノヴァでありながら、曲名が「ロックン・ロール」というエスプリの効いた1曲目。

 TVで観た旧い映画
 ミュージカルのレヴューみたいね
 ベイビー 街はいつもパレード
 ベイビー ほらね聴こえるでしょ

野宮真貴のキラキラした歌声に思わず心がパレードする前述の「スウィート・ソウル・レヴュー」

 でも いつまでも ふたり
 遊んで暮らせるなら
 同じベッドで 抱きあって 死ねるならね

ドキッとさせる歌詞にアラビアンなアレンジが心地よい「マジック・カーペット・ライド」

この冒頭からの3曲で、自分はすっかり心をわし掴みにされ、さらに「我が名はグルーヴィー」から「ソフィスティケイテッド・キャッチー」へ畳みかける、まさに “キャッチー” な小西康陽ワールド全開の流れで、自分は完全にその世界観に引きずりこまれたのだった。

ヴォーカリスト野宮真貴の魅力を引き出す高浪敬太郎の曲

そして次の曲「ピース・ミュージック」以降は一転、スロー&ミドルテンポのポップス、バラードが続いていく。珠玉のポップスが並ぶ中、個人的には高浪敬太郎(当時。現在は慶太郎)が作詞&作曲をした「皆既日食」と「愛の神話」がお気に入りだ。

自分が思う第三期ピチカート・ファイヴのヴォーカリスト野宮真貴の魅力は、クセの強いビジュアルとは裏腹に、すごくピュアでプレーンでキュートな歌声にあると思う。高浪の書く曲は、その魅力を最大限に発揮させる力があると思う。

 カメラがちょっとぶれた もう一度
 あなたが少し揺れた もう一度
 世界が少し欠けた そのままで動かずに
 ほらね 少しさかさま

美しいアルペジオの伴奏に合わせて歌う「皆既日食」での野宮の歌声は、優しくて儚い。

 奇跡と出会いましょう
 闇に光る星座の何処かで
 予言を確かめましょう
 時を越え
 昇り続ける 星のきざはし

「愛の神話」で丁寧に歌い紡がれる歌詞は、まるでアイドルソングのようにプリティーキュートに伝わってくる。

懐かしさと新しさが同居する「ボサ・ノヴァ2001」

“野宮真貴“ という存在を、アートとしてのピチカート・ファイヴの、いわばアイコンとして活かそうとしているかのような小西に対して、高浪はシンプルにヴォーカリストとしての魅力を引き出そうとしているような気がする。結果、高浪はこのアルバムの後にピチカート・ファイヴを脱退するのだが、そこにはそんなアプローチの違いが原因としてあったのかな? などと思わずにいられない。

自分はこのアルバムを聴いて、ピチカート・ファイヴが、彼らが持つ60年代テイストを単なる懐古ではなく、“ほんの少しの先の未来” の感覚で再構築して表現しているのでは… と感じていた。最先端の未来ではなく、ちょうど90年代前半当時からみた2001年のように、今あるものがほんの少しバージョンアップするような… そんな感覚だ。

だからこそ『ボサ・ノヴァ2001』は懐かしさと新しさが同居しており、時代感はほとんど感じさせないといえる。実際、2022年の今聴いても古臭さを感じないのは、きっとそういう理由ではないだろうか。『ボサ・ノヴァ2001』は時代に左右されない “普遍” を身に着けた、そんなアルバムなのである。

カタリベ: タナカマサノリ

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