伝統民踊「米大舟」始祖 亀田伊兵衛の墓移設 法要と記念輪踊り 潟町米大舟保存会

 上越市の大潟区や八千浦地区に江戸時代から伝わる民踊「米大舟」の始祖、亀田伊兵衛の墓が、かつてあった場所に移された。墓のある西念寺(大潟区潟町、徳山隆秀住職)で11日、魂を入れる法要と記念の輪踊りが行われた。

移設された墓の前で輪をつくり、米大舟を踊る。そろって踊るのは2年ぶりとなった

 亀田伊兵衛は山形県酒田出身の北前船(弁財船)の船乗り。享保8(1723)年に大潟などで凶作があった年に、地元酒田から義米を募って運び込んだ。感謝のうたげの際に伊兵衛が披露した酒田節が定着し、米大舟へと変化。潟町、土底浜、夷浜、黒井で保存継承され、上越市の文化財や「地域の宝」に認定されている。
 伊兵衛はその後、潟町に家を構え、同地で死去。近くにあった庵(いおり)「花光庵」の墓地に墓が建てられた。その後、無縁墓となり、存在が忘れられていたが、戦後に再発見され、昭和47年、隣接する西念寺の敷地内に墓が移設された。

移設された亀田伊兵衛の墓。一番上の部分が、埋葬当時から残っている部分だという
50年ぶりに元の場所のすぐ近くに移され、法要が営まれた

 昨年に西念寺がかつて庵があった土地を取得したことから、もともと墓があった場所のすぐ近くにあらためて移設した。これまでは一見分かりにくい場所にあったが、道路から見える場所になり、訪れやすくなった。
 移設した墓に魂を入れる故地還座奉賛法要と記念の踊りは地元の潟町米大舟保存会が実施。約30人が参加し、徳山住職が経を読んだ後、墓の前で輪をつくり、潟町米大舟を踊った。コロナ禍で各種イベントが中止となった影響で、そろって潟町米大舟を踊るのは2年ぶりとなった。
 保存会の内藤立三会長は「まちづくり大潟などが亀田伊兵衛を区外へPRしているところだったので、良いタイミング。何百年と受け継がれてきた伝統を、これからもつなげていくための良い機会となる」と語った。

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