成長の鍵はDX。医薬品業界の未来はデジタル活用にあり

一口に製造業といっても、千差万別。このコラムでは、製造業界の基礎情報やトレンドを紹介します。第五回目の今回は「医薬品業界」を解説します。

毎年の薬価改定が業界のイノベーションの障害に

国内の医薬品市場は、ここ数年、10兆円規模で推移している。2020年は、薬価改定や新型コロナウイルスの感染拡大が影響して前年割れとなったが、2021年は、前年比2.2%増の10兆5990億円となった。しかし、長期的な見通しは明るくない。日本の医薬品市場は、米国、中国に次ぐ世界三位の規模だが、2026年にはドイツに抜かれる見通しだ。毎年の薬価改定がイノベーションを阻害し、2022~2026年の年平均成長率は、先進10ヵ国の中で唯一のマイナス成長が予想されている。

海外に活路を見出す大手製薬企業

医薬品業界では、新薬開発の難易度が年々高くなっており、一つの新薬を生み出すのに、10年以上の研究開発期間と、1000億円を超える膨大な開発費を要することもある。このような状況で、医薬品業界では、特許切れの薬剤事業や中核以外の事業の売却などによるコスト削減や、企業規模の拡大により生き残りを図る動きが活発化している。

また、国内市場の成長が見込めない中で、大手企業は海外展開を積極的に進める。今では、主要医薬品製造業12社全体の海外売上比率は6割を超え、研究開発や製造拠点も世界各地に分散するようになった。

今後の成長にはDXが不可欠

新薬開発による事業成長には、研究開発とイノベーション創出を中心としたビジネスモデルへの転換が欠かせない。医薬品各社は、DXを成長戦略の鍵と位置付け、デジタル活用に本腰を入れる。武田薬品工業は、山口県の光工場における医薬品包装工程にAIを導入し、医薬品製造での業務自動化に成功した。業界の製造管理・品質管理基準であるGMP(Good Manufacturing Practice)では、医薬品の異種混入を防ぐため、包装する薬を切り替える際には、包装ライン工程をすべてチェックし、資材や残留物の混入防止を徹底することが求められている。光工場では、360°カメラとレーザーセンサーを組み合わせてラインを隈なくモニターし、収集した画像データをAIで解析する仕組みを導入することで、ラインクリアランスを自動化した。この取組みにより、光工場は、国際製薬技術協会による2021年の年間優秀施設賞を受賞した。

中外製薬では、「デジタル基盤の強化」、「すべてのバリューチェーン効率化」、「デジタルを活用した革新的な新薬創出」の3つを基本戦略を掲げ、工場のデジタル化(スマートプラント)や、AIを活用した創薬(AI創薬)、また、リアルワールドデータ(RWD)の活用などを推進する。RWDとは、臨床試験以外で得られた患者や医療行為の情報のことで、このような医療ビッグデータの活用で、カスタマイズした医療を実現する狙いだ。

IT企業も製薬業界に参入。AI活用で進化する創薬の未来

新薬の開発では、まず薬の標的となる身体のタンパク質を見つけ、新薬候補となるリード化合物を見つける必要があるが、膨大な組み合わせの中から、最適な候補を見つけるには時間がかかる。ここにAIを活用することで、開発時間の大幅な短縮や、より優れた性質をもつ探索困難な分子の設計が可能になると期待されている。未来の創薬は、AI がデザインした化合物をロボットが合成、評価し、そこから得られた実験データをAI が再学習し、さらに進化するというプロセスで進む。AI創薬の実現に向け、アステラス製薬では、研究者と AI、ロボットが共生するデータ駆動型創薬プラットフォームを構築している。

医療分野のAI市場は、2020年の82.3億ドルから2030年には1,944億ドルに急成長すると予想されている。スイスの製薬大手ノバルティスは、AIによる機械学習を活用した新薬開発の速度と精度向上を目指し、米マイクロソフトと提携した。また、米Googleの親会社であるAlphabetは、2021年11月にAI創薬事業を行う新会社Isomorphic Labsを設立するなど、巨大テック企業の先進医療業界への参入も進む。

スマートフォンのアプリを活用したデジタル薬も登場

食生活や運動不足などが原因の生活習慣病の治療には、日常生活の過ごし方を改善する必要があるが、飲酒や喫煙は、やめようと思ってもなかなか止められない。このような時に、スマートフォンやウェアラブル機器を使い、治療計画に従って行動するよう促したり、VRを使った仮想体験を通して治療を行う「デジタル薬」が注目されている。

日本で最初に保険適用となったデジタル薬とは。CureAppが開発したニコチン依存症治療アプリ「CureApp SC」と一酸化炭素を計測するCOチェッカーだ。COチェッカーを使って一酸化炭素の濃度を計測し、アプリに転送する。グラフで推移を確認することで、禁煙への意欲を高める効果がある。また、どうしてもタバコが吸いたくなってしまった時には、アプリの「タバコを吸いたい!」ボタンを押すと、チャット画面に切り替わり、バーチャル看護師が会話に付き合い、禁煙を続けるためのアドバイスを送ってくれる。この他、VRでポジティブな感情を引きだす体験をさせることで、うつ病を治療しようという研究や、遊びながら脳の前頭前野を活性化することによってADHD(注意欠陥・多動性障害)の治療を行うデジタル薬の研究開発などが行われている。

デジタル化で大きく変貌する世界の医薬品業界。国内の医薬品市場が予測通りにマイナス成長となってしまうのか、あるいは、先進技術を活用してイノベーションによって成長を遂げるのか。医薬品企業のDXへの取組みに注目だ。

関連する業界団体

日本製薬工業協会:https://www.jpma.or.jp/

日本製薬団体連合会:http://www.fpmaj.gr.jp/

日本OTC医薬品協会:https://www.jsmi.jp/index.html

日本ジェネリック製薬協会:https://www.jga.gr.jp/

(製造DXチャンネル 2022年5月20日掲載)

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