人生いろいろ? ポリス「ゼニヤッタ・モンダッタ」は光り輝くキャリアの中の汚点なのか  ポリスの音は新しく、とんでもなくカッコよかった!

__リ・リ・リリッスン・エイティーズ〜80年代を聴き返す〜 Vol.29
The Police / Zenyatta Mondatta__

ザ・ポリス節目のサードアルバム

アーティストにとって3つ目の作品って、3rdアルバムとかってことですが、何かしら節目な感じがします。たとえば、“The Doobie Brothers”や“10cc”は3rdアルバム(順に『The Captain and Me』(1973)、『The Original Soundtrack』(1975))で売上が飛躍して、ブレイクしました。“Eagles”は3rdアルバム『On the Border』(1974)でカントリーロックからロックへの移行を明らかにし、“Steely Dan”は3rdアルバム『Pretzel Logic』(1974)のあと、ライブから撤退し、バンド形態をやめました。

“The Police”の場合、全部で5枚しかアルバムをつくっていませんが、やはり3rd『Zenyatta Mondatta』と4th『Ghost in the Machine』の間には大きなギャップがあります。より具体的に言うと、『Zenyatta Mondatta』はそれまでと同じ流れで、

①ギター、ベース、ドラマというロック最小単位のアンサンブルにこだわり、キーボードなど他の楽器を極力使わない音づくり
②エンジニアはナイジェル・グレイ(Nigel Gray)
③独特の造語によるタイトル

といった点が共通しています。

それが、『Ghost in the Machine』では真逆。シンセを多用し、エンジニアをヒュー・パジャム(Hugh Padgham)に代え、英語のタイトルになりました。

『Zenyatta Mondatta』は、ランキング的には過去2作を上回っているのですが、実はそれは時の勢い、ハッキリ言って内容は、ポリスの中ではいちばんの駄作でした。本人たちも自覚していたようで、一度解散したあとの1986年、「Don't Stand So Close to Me(高校教師)」と「De Do Do Do, De Da Da Da(ドゥドゥドゥ・デ・ダダダ)」をリメイクしたくらいです。ただ不幸にもその時、スチュアート・コープランド(Stewart Copeland)が落馬事故で鎖骨を骨折してしまい、ドラムは打ち込みとなり、これもポリスのよさがまったくないものになってしまいました。

「ゼニヤッタ・モンダッタ」の制作事情

「時間がなかったんだ」、と『Zenyatta Mondatta』についてコープランドは振り返っています。ワールドツアーの合間で、4週間しかスタジオに入れなかったそうです。と言っても、前作『Reggatta de Blanc(白いレガッタ)』もスタジオ時間は4週間程度、1stの『Outlandos d'Amour』はたぶんもっと少なかった(お金がないのでスタジオの隙間時間を使わせてもらった)。ただ、数ヶ月に渡って少しずつというやり方だったので、考える時間は十分あったところが違うんでしょうね。

バンドの人気が急騰して、ツアーや取材、放送メディアへの出演などで休む間もなかっただろうに、売上が期待されるニューアルバムのリリーススケジュールは延ばせないという状況でした。

「駄作」と言っても演奏がよくないわけではありません。ポリス独特のロックなグルーヴは健在ですが、曲とアレンジのクオリティが低い。それでも、シングルカットした「Don't Stand So Close to Me」と「De Do Do Do, De Da Da Da」は悪くないし、A面1~4曲目の流れはテンションも高く、がんばっているのですが、やはり、『Reggatta de Blanc』A面の「Message in a Bottle(孤独のメッセージ)」から「Bring on the Night」への怒涛の流れとかに比べてしまうと、明らかに見劣りがします。そして、コープランド作曲の2曲(「Bombs Away」「The Other Way of Stopping(もう一つの終止符)」)はほんとにつまらないし、アンディ・サマーズ(Andy Summers)作曲の「Behind My Camel」に至っては「ひどい」としか言いようがありません。

スティング(Sting)はこの「Behind My Camel」が嫌いで、演奏に参加するのも断ったので、サマーズが自分でベースも弾いているそうです。それどころか、ある日スタジオでこの曲のテープを見つけると、裏庭を掘ってそれを埋めた!という話もあります。そんなに嫌いなら、アルバムに入れるのを拒否すればいいのに、それはできなかったんですね。人間関係なのか、そういうルールがあったのかは分かりませんが。

ザ・ポリスに必要だったものとは、なんだったのか?

結局、曲を考える時間、練り上げる時間が足らなかったということでしょうが、ギター+ベース+ドラムだけのアンサンブルを基本にした音づくりは、2枚のアルバムで出し尽くしてしまったんじゃないでしょうか。

彼らの初期の合言葉は「More Is Less, Less Is More」だったそうです。より少ない音数であるほうが、より大きな表現をできるというような意味です。ただそのためには、ひとつひとつの音が研ぎ澄まされていなければなりません。たしかなスキルとセンスがあったからこその戦略ですが、たしかにポリスの音は新しかったし、とんでもなくカッコよかった。

だけどシンプルなだけに、バリエーションは稼ぎにくい。一聴してポリスだとわかるサウンドは実現できたけど、逆に多少趣を変えても、同じように聴こえてしまう。すごいアルバムは2枚できたけど、次は、根本的に戦略を変えるか、もしこの路線でいくなら、さらに深く、突き詰める必要がありました。

ところが、時間がなかった。

「ゴースト・イン・ザ・マシーン」からの立て直し

その反省をもとに挑んだのが次の『Ghost in the Machine』です。ロンドンのAIRスタジオが運営するカリブ海モンセラット島にあるスタジオに、今度は6週間こもった彼らは、戦略を変えるほうに進みました。結果、サウンドも曲も幅が広がり、より広い層にアピールできて、売上も一段と大きくなりました。

ただ、サマーズはその新しい方向性に違和感を感じていたらしく、のちに「シンセとホーンセクションのせいで、生の3人の感覚が消えてしまった。それがすごく創造的でダイナミックでよかったのに。ポップソングを歌うソロシンガーのバッキングを努めているような感じだったよ」などと語っています。そんなメンバー間の不協和音が大きくなっていったのか、5th『Synchronicity』(1983)はバンド初の全米ナンバーワンを獲得し、最大の成功を手に入れたのに、その翌年1984年1月には、早々と解散を宣言することになるのです。

私は、サマーズの意見に半分は同意で、最初の2作の、「ダイナミックな生の3人の感覚」はほんと大好きですが、でも、後の2作が「ソロシンガーのバッキング」だとはまったく思いません。よりポップにはなっているけど、意識の低い層に迎合しているわけじゃない。最大のヒット曲「Every Breath You Take(見つめていたい)」も、ものすごく聴きやすいけど、ヤワじゃなく、いつ聴いても心に沁みる名曲だと思います。

そして真ん中にある問題の『Zenyatta Mondatta』。ポリスの光り輝く、太く短いキャリアの中の「汚点」ではありますが、「ああしときゃよかったな」とかあとでは思えても、その時はどうしようもなく、そうならざるをえなかった、なんてことはモノづくりには付き物。私自身、音楽プロデューサーとして関わった中に、そういう、聞き返すたびに後悔の念が湧いてきてしまう作品…… たくさんあります。そんな私にとっては、ポリスのこのアルバムも、「まあ、人生いろいろあるよね」と肩でもポンと叩きたくなるような、親しみすら感じる一枚なのであります。

カタリベ: ふくおかとも彦

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