「アベ政治」を振り返る3…「加計学園問題」愛媛県今治市の負担は132憶円

安倍元首相が参院選の街頭演説中に銃撃され、死亡したことを受け、メディアの礼賛報道が続く。死者に鞭打つつもりはないが、「新聞うずみ火」の過去の記事から「アベ政治」の一端を振り返る。第3弾は「加計学園問題」。2017年6月にキャンパス建設が進む愛媛県今治市を訪ねた。(新聞うずみ火編集部)

今治市は愛媛県の北東部、瀬戸内海のほぼ中央部に位置する。加計学園が開学を目指す岡山理科大学獣医学部の建設予定地は、市街地から車で西へ10分ほど走った小高い丘陵地にある。建設を請け負っているのは、自民党の逢沢一郎元外務副大臣のいとこが経営するアイサワ工業と大本組。いずれも岡山の建設会社である。

岡山理科大学獣医学部の建設を請け負っていたのは自民党衆議院議員の親族企業だった=2017年6月、愛媛県今治市

「都市再生機構」と愛媛県と今治市の3者が本四架橋の受け皿として丘陵地を切り拓き、170ヘクタールの都市機能用地を開発。総事業費は686億円で2002年に着工した。

第1地区は産業用地と商業用地、スポーツパークで、第2地区は住宅用地と高等教育用地。広島・尾道市と今治市を結ぶ西瀬戸自動車道(しまなみ海道)の今治インターチェンジに接し、国道196号線も近いため、交通の便はいい。

第2地区のうち、宅地の造成・分譲などは順調に進んだが、大学誘致は難航。当初、県内の大学が新学部設置を検討していたが、03年に大学側の経営判断で中止となった。それ以後、県外の私立大学や専門学校の誘致を進める中で、獣医学部新設を目指す加計学園が手を上げたのだ。

今治市の人口は約16万人。県内2番目の人口を誇り、四国でも四つの県庁所在地に次ぐ5番目の自治体であり、製造品出荷額が四国で唯一、1兆円を超えた製造業の街でもある(14年調査)。特産のタオルは国内シェアの6割弱を占め、造船も国内建造の3分の1を占めている。それでも人口流出が続き、人口減に苦しんでいる。

城下町でもある今治市は人口減少に悩んでいた=2017年6月

今治市は瀬戸内の中核都市として人口20万都市を目指しているが、1975年をピークに減少。将来推計人口(2013年3月)によると、2040年には28・5%減少し、約11万3000人になる見込みだという。

「衝撃だったのが、今治が『消滅可能性都市』に入ったこと」というのは、今治市と新居浜市でフリーペーパーを発行する「マイタウン今治新聞社」社長の井出千尋さん。

「日本創成会議・人口減少問題検討分科会」の推計によると、少子高齢化に加え、大都市への人口流出が重なり、40年頃には若い女性の人口が半分以下になる市町村が896にも及ぶという。今治市もその一つに数えられていた。

「今治市にすれば、大学に来てほしい。加計学園による獣医学部の新設計画には、人口減少に歯止めをかけたい今治市にとっては『渡りに船』だった」という井出さん。すでに、学生や教員向けのマンションを建てている人もいるという。

加計学園は、岡山理科大学など26の大学・高校・中学などを運営する学校法人。理事長の加計孝太郎氏は安倍首相と米留学中に知り合い、首相自ら「腹心の友」と呼ぶ間柄だ。

大学を誘致したい今治市と、獣医学部を新設したい加計学園。両者にとっての壁が、獣医学部の「定員規制」。所管の文部科学省は「全国的に獣医師の数は足りている」として、1984年以降、既存の16大学以外に新設することを規制してきた。

今治市は「特区として規制緩和を」狙って2007年から計15回にわたって申請したが認められなかった。ところが、安倍政権でそれまでの構造改革特区から国家戦略特区に変わり、16年11月の国家戦略特区諮問会議で獣医学部の新設申請が認められ、加計学園が獣医学部新設計画の事業者に決まったのは17年1月のこと。

市は加計学園と「岡山理科大学今治キャンパスに関する基本協定書」を交わし、建設費192億円のうち最大96億円の建設補助金の支給を明示。その一方で両者の間で「土地無償提供契約書」が締結され、36億7500万円相当の市有地(16・8ヘクタール)を無償で譲渡することが決められた。

市が市民説明会を初めて開いたのは17年4月11日。すでに建設が始まっていた。

2017年6月に訪ねた時はキャンパス建設が進められていた=愛媛県今治市

事態が急展開したのは5月17日。文科省が作成した「総理のご意向」文書が見つかったと朝日新聞が報じた。昨年9~10月に内閣府と文科省がやり取りを記録した複数の文書で、前文科事務次官の前川喜平氏が「文書は存在した」「行政がゆがめられた」と記者会見。再調査を命じた文科相が文書の存在を確認したのは15日、通常国会の事実上の会期末の前日のことだった。

加計学園獣医学部の設立について、市民はどう思っているのか。

「国がお金を出して獣医学部をつくってくれると勘違いしている今治市民もいます。でも、国は1円も出してくれない。国家戦略特区で大学をつくるのに、なぜ、自治体が全額負担しなければならないのか」と疑問を投げかけるのは、「今治加計獣医学部問題を考える会」共同代表の黒川敦彦さんだ。

考える会では、市内の電話帳記載の世帯に対してコンピュータを用いてランダムに抽出した世帯への電話調査を行い、5月末にまとめた。調査の結果、「市民の多くはお金出してまで、大学誘致することは反対で、市の財政状況や今後住民サービスが十分に行われるか、について不安に思っている」と分析している。

さらに、黒川さんは、「土地まで無償譲渡する必要はあるのか」「建設費などにかかる費用は県も負担することになっているが、決まった数字はなく、ゼロかもしれない。そうなると、市の負担は計り知れない」と警鐘を鳴らす。

2017年6月に訪ねるとキャンパス建設が進んでいた=愛媛県今治市

参考記事:「アベ政治」を振り返る2…「共謀罪」戦前の治安維持法にならないか

加計学園は2004年、千葉県銚子市に千葉科学大学を開校。その際、市は92億円の補助金を提供し、市有地(9・8ヘクタール)も無償貸与している。しかも、補助金の大部分が市の借金だったことが判明。現地調査した黒川さんはこう語る。

「千葉科学大学建設による銚子市の税収増は、水道利用料などの財政効果が年間2億6000万円ほど。一方で、建設費支払いのための地方債負担は年間4億6000万円なのです。結局、銚子市は大学のために77億5000万円を投じたにもかかわらず、40億円も赤字を増やして財政破綻寸前まで追い詰められました。卒業生の多くも市に留まらず、期待された人口増にもつながっていない。同じことが今治市でも起きない保証はありません」

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