音楽や動画はスマートフォンで再生
音楽や動画(映像作品)は20世紀と比較すれば、身近かつお手軽な存在になりましたが、戦後の高度経済成長期においては身近な存在ではなく、当時主流であったSP・LPレコードは高価なものでした。
そんな時代の1969年(昭和44年)に、倉敷公民館(旧:倉敷文化センター)内に「音楽図書室」が開設されます。
現在では、図書館にDVDなど視聴覚施設を持つことも珍しくありませんが、倉敷市の「音楽図書室」は設立の経緯や収蔵品が他の施設とはちょっと違うのです。
この記事では、倉敷公民館内にある「音楽図書室」に焦点をあてて紹介します。
「音楽図書室」とは
音楽図書室は、倉敷公民館(旧:倉敷文化センター)がオープンした、1969年(昭和44年)10月3日に開設されました。
きっかけは1953年(昭和28年)に大原總一郎(おおはら そういちろう)氏が、音楽図書室建設のため倉敷市に1,000万円の寄付をされたことと、市民の建設への熱い想いがあったためといわれています。
大原總一郎氏は、倉敷のまちとクラシック音楽をこよなく愛していました。
「もし生まれ変わったら、音楽家になりたい」という思いも持っていたほどの音楽好きで、この倉敷が芸術・音楽にあふれるまちになってほしい、という願いもあったのかもしれません。
現在では公立図書館の視聴覚設備として、CD・DVDなどが視聴できることは珍しくなくなってきています。
しかしながら、SP・LP・CD・LD・DVD・BDなどの音楽資料を保有する「地方自治体の付属施設」としては、全国的にも数少ない充実したものであり、ユニークな施設といえるでしょう。
大原コレクション
倉敷市の音楽図書室最大の特徴といえるのが、SP・LPレコードを多数収蔵していることです。
SP(Standard Play)レコード
初期のレコードのタイプで、直径12インチ(約30センチメートル)、収録時間は4~5分、78回転です。
LP(Long Play)レコード
現在主流のレコードのタイプで、直径12インチ(約30センチメートル)、収録時間30分、33回転です。
大原總一郎氏から、音楽図書室の設立にあたり「2,000枚」におよぶクラシックのSPレコードを寄贈されており、現在でも「大原コレクション」として大切に使われています。
収蔵品はSP・LPレコードを中心にLDなど映像作品も
また、株式会社クラレ(前:倉敷レイヨン)元社長の仙石襄(せんごく じょう)氏からも寄贈されており、その数はすべて合計すると4,000枚におよびます。
このなかには、19世紀末から20世紀前半にかけて活躍した演奏家たちの名盤も数多く含まれているそうです。
音楽図書室で保有している資料をまとめると、以下のとおり。
音楽図書のうち雑誌の「レコード芸術」、「音楽の友」は昭和44年開館当時からのバックナンバーがそろっています。
図書のみ貸出可能
音楽図書室で貸出を行なっているのは「図書のみ」で、レコード類・楽譜は貸出不可です。
倉敷市内の図書館・公民館での受取・返却はできません。貸出条件は以下のとおりです。
- 図書の貸出しは、一人2冊まで
- 期限は2週間
- 倉敷市に在住・在勤・在学のかたに限る
音楽図書室ではヘッドフォン・スピーカーから演奏を流し鑑賞できる
貸出を行わないのに、どのように利用するのかと疑問に思うかたもいるでしょう。
音楽図書室では、作曲者別・曲種別ファイルから聴きたい曲や楽譜を探し、リクエストカードに必要事項を記入してリクエストします。
カードを職員に渡すと、個人視聴卓のヘッドフォンから視聴できます。
グループで同一曲を鑑賞する場合、他の利用者がなければスピーカーから演奏を流してもらうこともできます。
大原總一郎氏が愛用した蓄音機でも音楽を聴くことができる
音楽図書室内で、一際目を引くのは「大きな蓄音機」です。
見るからに年代物という感じがしますが、 大原總一郎氏が愛用していた蓄音機で、音楽図書室の開設時に、開館記念として長男の謙一郎氏から寄贈されたものです。
なお、大原總一郎氏は音楽図書室の完成を見ることなく、完成の前年1968年(昭和43年)7月に亡くなっています。
蓄音機
- Victrola 8-60(ヴィクトローラ)
1926〜27年の1年間のみ生産されていたもので、約7,000〜8,000台製造されたそうです。 - Cheney 2P(チニー)
おそらく100年以上前のものではないかといわれています。現在の蓄音機界では、希少価値の高い蓄音機の1つといわれています。
このように貴重な蓄音機ですが、音楽図書室では実際に鑑賞することもできます。
筆者も取材時に鑑賞させてもらいました(蓄音機の操作は職員が行います)。
「CDやスマートフォンで聴く、今のデジタル音声とは違う味がありますよ」
正直音楽のことは詳しくないし、音質を語るほどの違いもわからないと思っていたのですが、CDにはない音のぬくもりのようなものを感じました。
文章での説明は難しいのですが「CDの音はきれいすぎる」と感じられ、CD・スマートフォンの音楽は蓄音機から流れてくる音楽のなかから「余分なものがすべてカットされた」というような印象です。
これは驚きの体験でした。
このような機会は今では「貴重な体験」と思いますが、そんな体験を提供する音楽図書室の仕事とはどんなものなのでしょうか。
記事の後半では、職員の笹岡和彦(ささおか かずひこ)さん・大倉仁美(おおくら ひとみ)さんに話を聞きました。
職員の笹岡和彦さん・大倉仁美さんインタビュー
職員の笹岡和彦(ささおか かずひこ)さん・大倉仁美(おおくら ひとみ)さんに話を聞きました。
音楽図書室の仕事はどんなもの?
──音楽図書室で働いている職員さんは、どのような仕事を行なっているのでしょうか。
笹岡(敬称略)──
倉敷公民館内の施設となりますが、音楽図書室の専属職員は現在2名です。
主な仕事は、レファレンス業務、図書・視聴覚資料の選定およびメンテナンス、書籍の貸出と倉敷公民館主催の音楽系の講座やイベントの企画・運営でしょうか。
──お二人はずっと音楽図書室で勤めているのでしょうか?これまでのお仕事は?
笹岡──
現在4年目ですが、以前は大学で音楽を教えていました。
音楽図書室の職員募集は大学によく来ていたんですが、学生で応募する人がいなくて……。
それで、軽い気持ちで「僕が行きましょうか?」といったら、そこからトントン拍子に進んで現在に至っています(笑)
大倉(敬称略)──
私は5年目です。
それ以前も、音楽に関する仕事にたずさわっていました。
音楽図書室の利用者には観光客も多い
──音楽図書室を利用するのは、どんなかたが多いのでしょうか。
笹岡──
開館当初は高校生が多かったそうです。
当時は1969年(昭和44年)なので、中高生がレコードを買うにはお金がかかるということもあったのでしょうね。
現在では、「学生時代よくに利用していた」、「懐かしい」と言って来るかたも多くおられます。
市民のかたに加えて、観光客のかたもたくさん来られます。
美観地区のガイドさんも、音楽図書室を紹介してくださっているようです。
──蓄音機でSPレコードを聴かせてもらいましたが、今の時代は逆に贅沢(ぜいたく)な体験とすら感じました。
笹岡──
今は、スマートフォンなどで音楽が気軽に聴けるようになりましたよね。
だからこそ、図書室の静かな空間の中で、レコードに針を落とすという行為がものすごく贅沢に感じます。
今は自宅でもスピーカーで大きな音が出しにくいですし。
大倉──
抽象的な表現ですけど、音楽を耳だけでなく、体全体で聴く感覚ってあると思うんですよね。
音楽図書室の仕事の「やりがい」
──話を聞いていると、お二人とも音楽図書室に強い愛着を持っているように感じます。仕事でのやりがいはどんなことでしょうか?
笹岡──
音楽図書室は、僕にとってはすごく居心地のいい空間なんです。
僕は大学教員を退職したら、家で本を読んで、レコードをかけて、ピアノを弾いて過ごせたらいいと思っていました。同じようなことを、仕事としてさせていただいているのは、とてもありがたいですね。
また、もともと教員なので教えることが仕事でした。講座をいくつか担当させてもらえるのもありがたいです。教えるということは、2度勉強するということなんですよ。
ここの講座に来る人は、僕よりも年配のかたが多いんですけど、皆さんこっちをみて真剣に聞いてくれるんです。これはうれしいですね。
やりがいを感じます。
ただ、1つだけつらいなって思うことはあります。
週5日勤務で、祝日も休みじゃないんですよ(笑)
倉敷公民館は祝日を除き、毎週月曜日が休館日
大倉──
私もこれまでの経験を生かして働けていることにとても感謝しています。
音楽図書室のおかげで、今まで知らなかった新しい知識も得られましたし、改めて音楽を学び直している感覚です。
利用者のみなさんへのメッセージ
──最後に、音楽図書室を利用するみなさんにメッセージをお願いします
笹岡──
基本的には市民の皆さんはもちろん、観光客のかたも気軽におこしいただければと思います。
ただあくまでも「図書室」なので、こちらから積極的にアプローチすることはありませんが、レファレンスはていねいにさせていただいています。
音楽を鑑賞する、探している曲があるなど声をかけてくださればていねいに対応しますので、どうぞお気軽に声をかけていただければと思います。
かなりの分量のレコードがありますので、ぜひ一度足を運んでみてください。
おわりに
「音楽図書室って知ってる?おもしろいからぜひ取材してみてよ」
筆者は生まれも育ちも倉敷で、美観地区に足を運ぶ機会も多いのですが、知人に声をかけられるまでまったく音楽図書室を知りませんでした。
音楽図書室があるのは、倉敷公民館の「3階」。
知らないと目にする機会もないですよね。
音楽図書室で聴く音楽は、ライブに足を運んだときのような「貴重な体験」と感じました。
- 蓄音機から流れるSPレコードの音
- 今では貴重な数々の音源をヘッドフォン、スピーカーで鑑賞する
- 知識の豊富な職員さんの話
ぜひ、足を運んで聴いてみてください。