エルヴィス・コステロの静かなる反戦歌、僕たちが決して忘れてはいけないこと  時代の波に翻弄される人を歌った「シップビルディング」 に込めたコステロの思いとは…

フォークランド紛争を懸念したエルヴィス・コステロ

時代の波に翻弄される人はいつだっている。エルヴィス・コステロの「シップビルディング」は、そんな人達のことを歌った曲だ。

1980年代はじめ、イギリスの首相であったマーガレット・サッチャーが推進した経済の自由化は、結果的に多くの失業者を生み出した。失業率は第2次世界大戦以降最悪となり、特に製造業に与えた影響は大きく、多くの炭坑や造船所が廃業に追い込まれた。

エルヴィス・コステロの故郷であるリヴァプールもまた、造船業で栄えた港町だった。

そうした背景の中、フォークランド紛争が勃発する。サッチャーはすぐさまイギリス軍をフォークランド諸島へ派遣し、アルゼンチンと戦争状態になった。すると、この戦いで急遽多くの軍艦を必要としたイギリス政府が、かつての造船業者に軍艦を製造させるのではないかという噂が、真しやかに流れたという。

実際にそんなことがあったのかどうかは、正直なところわからない。しかし、コステロがそうした状況を懸念してこの歌を書いたことは、本人も認めるところである。

選択肢などない―― 人生を守るために。家族を守るために

 やる価値はあるのだろうか?
 妻には冬用のコートと靴を
 子供の誕生日には自転車を
 それは女性や子供たちが町中に広めた噂
 もうすぐ造船が始まるという

舞台は造船業の町。既に多くの会社が廃業に追い込まれ、町は失業者で溢れている。しかし、今また消えたはずの火が灯ろうとしている。再び造船が始まるというのだ。これで生活は楽になるかもしれない。でも、本当にそれでいいのだろうか?

 町中に広まったただの噂
 造船のせいで人が殺されると言った誰かが
 叩きのめされたという話も聞いたよ

生活が本当に厳しくなると、まともな意見さえ暴力によって消されることもあるのだろうか。「シップビルディング」にはフォークランドという地名も、戦争という単語も出てこないが、何について歌っているのかは明白だ。

それは、自分たちが作った船に乗り込んだ若者が、遠い海原で命を落とすかもしれないということだった。

 届くのは電報か絵葉書か
 数週間後には造船が再開されるだろう
 そして、家族には通知が届くようになるのだろう
 かつてのように

電報は戦死報告。絵葉書は戦地にいる息子からの手紙だ。造船が始まれば、家族にはそのどちらかが届くようになる。でも、彼らはやるしかないのだ。なぜなら…

 俺たちができるのはこれだけ
 また船を造ることになるだろう

つまり、選択肢などないということだ。人生を守るために。家族を守るために。それによって誰かが命を落とすことになるとしても。

時代の波に翻弄される人を歌ったエルヴィス・コステロ「シップビルディング」

「シップビルディング」は、元々はクライヴ・ランガーがロバート・ワイアットのために作曲し、コステロがこの印象的な歌詞を書いている。ワイアットの感情を抑えたヴォーカルが素晴らしいシングルレコードが発売されたのは、1982年8月20日。フォークランド紛争が始まったのが、1982年3月。ちょうどその時期に作られた曲なのだろう。

コステロによるセルフカヴァーは、その約1年後、1983年8月5日にリリースされたアルバム『パンチ・ザ・クロック』に収められている。時間を置いたせいか、ワイアットのヴァージョンよりはノスタルジックな仕上がりだ。ここではチェット・ベイカーの秀逸なソロを聴くことができる。   この曲が聴く者に訴えかけてくるのは、なにも造船業に限ったことではない。同じような構造の中で、現実的な選択肢を与えられないまま、時代に翻弄されるしかないすべての人達のことを歌っている。その無力さを。諦観を。どうすることもできない矛盾を。

僕らの日常もまた、そうした構造の上に成り立っていることを、忘れてはいけないと思う。

※2018年8月6日に掲載された記事のタイトルと見出しを変更

カタリベ: 宮井章裕

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