中国が開発を進める深宇宙探査機 電気推進の電源に原子力の利用を想定

【▲ 中国が計画中の海王星探査機で使用される原子力を利用した電源システムの構造を示した図(Credit: SciEngine/Yu, Goubin et al. (2022))】

アメリカ航空宇宙局(NASA)は、いわゆる「深宇宙」でも天王星や海王星など遠くの惑星へと向かう探査計画として、天王星を探査する「ウラヌス・オービター・プローブ」ミッションを検討しています。そのいっぽう、中国では海王星の衛星「トリトン」に探査機を送るミッションが計画されています。

中国国家航天局(CNSA)、中国科学院(CAS)、中国国家原子能機構(CAEA)、中国空間技術研究院(CAST)から構成される研究グループは、Scientia Sinica Technologica誌にてトリトンの探査計画を公表しました。同論文によると、探査機の電源として原子力エネルギーが活用される予定だといいます。

天王星や海王星のような「アイス・ジャイアント(巨大氷惑星)」には、科学において重要な発見が含まれている可能性があるといいます。特に、海王星最大の衛星であるトリトンは海王星の自転に逆行して公転する逆行衛星であることや、その組成が冥王星と似ていることから、もともとは海王星の外側にある「エッジワース・カイパーベルト」で形成された準惑星であり、海王星の重力によってカイパーベルトから引き抜かれたと推測されています。

こうした背景から、海王星の軌道力学を研究することで、太陽系がどのように形成・進化し、生命の誕生に至ったのかについての解答が与えられうるといいます。

原子力エネルギーが活用される背景

【▲ 中国が計画中の海王星探査機の構造を示した図(Credit: SciEngine/Yu, Goubin et al. (2022))】

研究グループがトリトンへ送る探査機の電源として想定しているのが、原子力エネルギーです。研究グループによると、探査機の質量を3000kg以下、探査機の寿命を15年以上と仮定すると、電気推進に8kWe、ペイロードに2kWe、合計で10kWe以上もの電力供給が必要だといいます。ところが、太陽エネルギーの量は距離の2乗に反比例するため、木星付近の光の強さは地球の約4%しかありません。そのため、太陽からより離れた深宇宙での探査を可能にするのは原子力エネルギーだけだといいます。

これまでにはNASAの火星探査車「Curiosity(キュリオシティ)」「Perseverance(パーシビアランス)」や、惑星探査機「Voyager(ボイジャー)」などで電源として原子力電池が使用されてきましたが、研究グループは原子力エネルギーから変換した電気を探査機の電気推進システムで利用することを考えているといいます。ただし、エネルギー源として期待される「プルトニウム238」の場合、製造が難しく高価であるため、10kWe以上の電力需要を満たすだけのプルトニウムを用意するのが難しいようです。

そこで、研究グループはプルトニウム238に代わるエネルギー源として「ウラン235」を考えています。ウラン235を用いたシステムは質量が大きいために電力供給の効率では劣るものの、化学推進よりも比推力が大きい(効率が良い)電気推進に多くのエネルギーを供給できるといいます。探査機には推力160mNの電気推進エンジンを4基搭載することが計画されており、このうち2基が同時に使用されます(残る2基はバックアップ)。参考として、日本の小惑星探査機「はやぶさ2」には推力10mNのイオンスラスターが4基搭載されており、最大3基を同時に使用できます。

目下のところ、深宇宙への探査計画は中国だけではありません。NASAもトリトンに探査機を送る「トライデント(Trident)」ミッションを構想していましたが、Planetary Science and Astrobiology Decadal Survey 2023–2032で断念されたことを報告。代わりに、天王星とその衛星に探査機を送る「ウラヌス・オービター・プローブ」ミッションを構想している模様です。

【▲トリトンに探査機を送るミッションのスケジュール案(Credit: SciEngine/Yu, Goubin et al. (2022))】

中国の研究グループは、2030年頃に探査機の打ち上げを実施し、木星の重力を利用することで、2036年に海王星へ到達すると予想しています。打ち上げの予定時期は複数想定されており、遅くとも2040年までに海王星へたどり着く必要があるとしています。

Source

文/Misato Kadono

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