フリーアナ枡田絵理奈さんの「広島愛」 東京から移住8年、充実の子育てライフ

 フリーアナウンサーとして活躍する枡田絵理奈さん(36)は広島市在住。広島東洋カープの堂林翔太選手との結婚を機に、8年前に移住しました。全く縁のなかった土地にすっかりなじみ、3人の子育てに奮闘しながらの広島暮らしに「感動」しているそう。どこがそんなにいいの? 枡田さんに「広島愛」の理由を尋ねました。

 ―TBSアナウンサーという多くの人が憧れる仕事を辞めて、地方に拠点を移すことに戸惑いはなかったのですか。

 東京にも、キー局の女子アナという肩書にも不思議と未練はありませんでした。入社して8年間、朝や昼の帯番組などの仕事に恵まれました。興味があったスポーツ報道でも、五輪やサッカーW杯という大舞台の中継に携われたことで目標がかなったな、全力で駆け抜けたなという達成感があったんです。

 夫と出会って「次はこの人を支える仕事をしたい」という気持ちが自然と湧きました。アナウンサーから野球選手の妻に「転職」したみたいな感覚ですね。

 夫との交際中から広島にはちょくちょく遊びに来ていて、住みやすそうと感じていました。ほどよく都会で自然も多い。横浜出身の私は東京と横浜の生活しか知らなかったから、首都圏を離れて暮らすのも楽しみだったんです。

 ―実際、生活してみてどうですか。

 感動したのは、とにかく食べ物がおいしいこと。海の幸も山の幸も。朝採れ野菜だってすぐ手に入る。しかもお手頃。わが家はみんなよく食べるので助かります。広島市内のディスカウントスーパーにもよく行きます。いろんなものが安くてつい買い過ぎちゃう。テンション上がりまくりです。

 TBS時代は本社がある赤坂の近くに住んでいて、いつも「高いなー」と思いながら食材を買っていました。量も少ないし、鮮度もイマイチ。それに、東京で暮らした当時は私も背伸びしたり、「よろい」をまとったりしていたけど、広島では肩の力を抜けるから心地いいんです。穏やかな街の雰囲気や人の温かさに包まれているからでしょうね。皆さんフレンドリーでおおらか。「よろい」は東京に置いてきました。

 ―知り合いもたくさん増えたそうですね。

 ご近所や公園、産婦人科の母親学級で仲良くなったママ友たちです。知人がいない土地だからこそ、勇気を出して自分から「友達になってください」と話し掛けるようにしていて、皆さんも受け入れてくれる。広島の人は一度心を開いてくれたら、親しくなりやすい気がします。

 ママ友とは助け合いながら一緒に子育てをしている感じです。調味料のストックがなくなったり、食材の買い忘れがあったりして慌てたときも「おしょうゆ貸して」「天ぷら粉持ってる?」と気軽にお願いできる。6歳、4歳、2歳の子がいると、また買い物に行くのも大変なので本当に助かります。

 以前、私が体調を崩した時も、おかずを差し入れてくれました。自転車で土瓶蒸しを届けてくれた方や、子どもが好きなミートソースや煮込みハンバーグを用意してくれる方もいて、一気に食卓が豪華になって。涙が出るほどありがたかった。「みんなの優しさ便」と勝手に呼んでいます。

 夫が活躍した翌日は、中国新聞の記事の写真をメールで送ってくれる友人も多いんですよ。釣った魚を届けてくれる方もいて、いつもは台所に立たない夫も魚のうろこを取ってくれる。 鈴木誠也選手が大リーグに行く前までは家族ぐるみの付き合いをしていて、白ご飯が足りなくなった時に妻の畠山愛理ちゃんに分けてもらったこともあります。私がうっかり屋なので、皆さんの親切に甘えさせてもらっています。

 ―買い物先でも交流が生まれているとか。

 対面販売のお店が大好きなんです。会話しているだけでも楽しいし、レシピに困った時は「こうやって食べたらおいしいよ」とアドバイスをくれます。

 お肉屋さんに行くと「堂林、昨日はいいヒットだったね」と声を掛けてくれたり、「もっとパワーつけんさい!」とおまけしてくれたり。カープファンが多いのもあると思うのですが、周囲の方が見守ってくれていると感じます。いい意味でおせっかいというか距離感の近さがいいですよね。

枡田絵理奈さん

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