【おんなの目】 匂い

 買い物に行こうとしたら、髪の間からしょっぱい小魚の干物のような臭いがしてきた。早朝、草取りをしてそのままシャワーにもかからず、さっと身体を拭いただけにしていたのだ。どうしよう。仕方がないので、手近にあった天花粉をはたいた。白い粉が散り、桜の花の匂いがしてきて、ちょっと安心した。買い物ついでに香水の売り場に行こう。そういえば、母が父にオーデコロンを吹きかけていたのを思い出した。

 父は八十八歳で亡くなるまでの十五年間、月一回通院した。足が悪かったので私が付き添った。玄関で帽子を被り靴を履く父に母はオーデコロンを吹きかけた。父からは太陽に干された藁の匂いがしていた。私はその匂いが好きだったので、母に「やめてよ」と抗議した。

 香水売り場で「太陽のような匂いはありませんか」と訊いた。店員さんは「向日葵の香りはいかが」と黄色の小瓶を差し出した。甘い香りだ。「今売れてます」と言った。

 皆が好んでいる香り。これにしよう。これからは、世間の人達と楽しく暮らしていきたい。自分の好みに固守することはない。父と同じ匂いは、太陽に照らされた道端の枯草からも香ってくる。いつでも会える。

 向日葵の匂いは私を陽気にさせた。とても気にいっている。

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