大学発ベンチャーの「起源」(66) KAICO

初めての一般消費者向け製品となった「カイコ新型コロナ“抗体”測定サービス」キット(同社発表資料より)

KAICO(福岡市)は、九州大学発のバイオベンチャー。同大院農学研究院資源生物科学部門昆虫ゲノム科学研究室の日下部宜宏教授が手がけた昆虫のカイコのバイオリソース(生物遺伝資源)によるタンパク質の効率的な生産技術の実用化を目指し、2018年4月に設立された。

カイコを利用してワクチン生産を効率化

同社が力を入れているのは、カイコを利用して発現させた組み換えタンパク質を利用する医薬品の開発・製造支援事業。ヒトおよび動物用ワクチンの原料となる難発現タンパク質の受託発現や開発、生産などに取り組んでいる。

これがワクチンの大量生産に貢献している。同社が活用するカイコは、一般的なカイコと比較して3~10倍の高発現率・高生産率で目的タンパク質を発現・生産できるため、カイコ1匹で豚500頭分に相当する動物用ワクチンの原料生産が可能だ。

2021年4月には、経口摂取で効果が期待できる動物向けの「食べるワクチン」の原料候補となるタンパク質を発見。獣医師の不足が深刻化しており、1頭1頭に注射するのではなく、エサにワクチンを混ぜて摂取させることで作業者の負担を軽減できるという。


九州大のアイデンティティー技術が花開く

カイコを使えば同時並行で少量多品種開発が可能なため、最短2か月で目的タンパク質を生産できる。同社は新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の開発に成功し、これを利用して同9月にはワクチン接種後のヒト向け抗体測定キットの実用化にこぎつけた。

創薬業界ではバイオ医薬品と呼ばれるタンパク質製剤の登場で、これまで治療薬がなかった疾病にも効果をあげている。それでも求められるタンパク質全てが生産できるわけではない。なかなか合成できない難発現性タンパク質を大量生産できるカイコという生産プラットフォームの実用化で、バイオ医薬品での新たなビジネスチャンスが拓ける。

九州大によるカイコ研究の歴史は長い。1910年に田中義麿教授がカイコの遺伝学的記録を取り始め、遺伝形質や形態などの目録を作成した。その流れを受けて1922年には農学部と養蚕学講座が設立されている。まさに九州大のアイデンティティーとも言える研究が、大学発ベンチャーとして花開いた。応用範囲も広く、今後の展開にも期待が集まっている。

同社の技術力を高く評価した双日<2768>や東京センチュリー<8439>、ユーグレナ<2931>などが2021年12月、KAICOの第三者割当増資を引き受け、2億6000万円の調達に成功した。2022年9月には「大学発ベンチャー表彰2022」で、科学技術振興機構(JST)理事長賞を受賞している。

文:M&A Online編集部

M&A Online編集部

M&Aをもっと身近に。

これが、M&A(企業の合併・買収)とM&Aにまつわる身近な情報をM&Aの専門家だけでなく、広く一般の方々にも提供するメディア、M&A Onlineのメッセージです。私たちに大切なことは、M&Aに対する正しい知識と判断基準を持つことだと考えています。M&A Onlineは、広くM&Aの情報を収集・発信しながら、日本の産業がM&Aによって力強さを増していく姿を、読者の皆様と一緒にしっかりと見届けていきたいと考えています。

© 株式会社ストライク